表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『記憶の海、沈まぬ君へ』  作者: 梅犬丸
第六章『記憶の海、沈まぬ君へ』
36/39

第三十三話「君を語る声は、誰かを生かす」

焚き火の火が消えた朝。

 カイは再び歩き出した。

 向かう先はない。ただ、声を届けるために進むだけだった。



 立ち寄った村で、ひとりの少女に出会う。

 彼女は記憶を喪い、名前も、家族も、自分の言葉すら持っていなかった。



 誰も彼女の正体を知らなかった。

 村人たちは“記録のない子供”として距離を置き、

 彼女はただ黙って空を見ていた。



 カイは、少女の隣に座り、語りはじめる。


「――君によく似た人がいたよ。

その人も、名前を持たなかった。

けれど、心の中に誰かの言葉を持っていた。

だから、最後にはちゃんと、自分の道を歩いたんだ」



 少女は何も言わなかった。

 けれど、次の日、彼女はカイのあとを静かに歩いていた。



 日が昇る。風が吹く。

 カイは、少女に聞く。



「名前、まだ思い出せないか?」



 少女は首を振る。


「……でも、あの話の“その人”みたいに、

 誰かの声を覚えている気がする。」



 カイは静かに微笑む。


「じゃあ、そいつのことを語っていこう。

 君がその声を思い出せるまで、何度でも話すよ」



 その日から、二人の旅が始まった。


 少女はまだ、自分の言葉をうまく話せない。

 けれどカイの語る“誰か”の話に、時折小さく頷くようになった。



 やがて少女は、カイの書く本の隣に、

 自分なりの“言葉の絵”を描きはじめた。



 それはまだ言葉ではなかったけれど、

 “伝えたい想い”がそこには確かに存在していた。



「君を語る声は、誰かを生かす」

「そして、君を思い出す誰かが、また別の誰かを生かしていく」



 語るということは、つなぐということ。


 それが“記憶”を超えた、

 “想いの継承”なのだと、カイはようやく理解していた。



 少女は名を持たなかった。

 けれど、語られるたびに、“何か”を取り戻していた。



 そしてある夜、少女がカイに問いかけた。



「カイ……君の話の中の“彼女”って……誰だったの?」



 カイはしばらく黙っていた。

 そして、遠くを見つめてこう答えた。



「……俺も、もう名前を思い出せないんだ。

 けど、声は覚えてる。笑い方も、泣き方も、背中の温もりも」



 少女が、少しだけ笑った。


「――じゃあ、それでいい。

 “名前のない私”でも、生きてていいって気がする」



 夜空の下、少女は小さく呟いた。


「私も、いつか“誰かの物語”になりたいな」

「名前がなくても……私を語ってくれる人がいれば、それでいい」



 その瞬間、カイの中に、確かに何かが灯った。


 “語る”ということの本当の意味。

 “名前”がなくても、“君”と呼ばれるだけで、人は生きていけること。



 彼は筆を取り、新たな一節を書き加えた。



「この子に名前はまだない。

けれど、今この瞬間から、

彼女の“想い”が誰かに届くなら――それが“命”だ。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ