第六章プロローグ「記す者」
記憶の海が、静かに揺れている。
かつてこの場所は、“忘れられた全て”が沈む場所だった。
罪も、祈りも、名前も、愛も――
記録されなかったものたちの終着点。
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だが今、この場所には“波”がある。
揺れるたび、誰かの記憶が、
“完全には消えていなかった”ことを証明するように響いてくる。
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その中央に、ひとつの記録が浮かんでいる。
それは、世界の誰も知らない小さな物語。
名もなき少女と、記憶を継ぐ少年が歩いた旅の記録。
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記録された文字は少ない。
だが、その行間には、たしかに“想い”が溢れていた。
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「……君が、沈まなかったからだよ」
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そう呟いたのは、“今の”カイだった。
彼は記憶の魔法を一切使わず、ただ言葉で語り継ぐ“語り部”になっていた。
譜面も失い、魔法もほとんど使えない。
だが、彼の言葉には――世界を動かす“想い”があった。
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彼は旅を続けている。
消えてしまった記録たちに、新しい“名前”をつけるため。
忘れられた者たちの物語を、語り継ぐため。
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そして今日も、ひとりの少女に語りかける。
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「……ティラ。
君が消えてしまった日から、僕は君の名前を忘れた。
でも、君がくれた“想い”は、何ひとつ消えてない。
だから僕は今日も、世界のどこかで――」
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「沈まぬ君へ、言葉を贈る」
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記憶の海の底で、“名を持たぬ少女”が微笑む幻が揺れた。
やがてカイの言葉は、世界中の祈りと交差し始める。
最終章、物語の終わりではなく、“語り継がれる始まり”として――




