表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『記憶の海、沈まぬ君へ』  作者: 梅犬丸
第五章『虚白の王、記憶を拒む』
30/39

第二十八話「虚白、記憶を拒む理由」

 《記憶の海》へと向かう最後の道。

 そこに立ち塞がっていたのは――


 虚白の王、ナモノ本人。



 彼の姿は、もはや人間とは呼べない。


 肌も影も、音も意味も持たず、

 ただ“概念の抜け殻”のように、存在していた。



 その声は、言葉として成立せず、

 だが確かに、脳に直接“問い”を送り込んでくる。



「カイよ――なぜ、お前はまだ“記憶”に縋る?」

「その“名”は、もう現実に存在しない」

「“想い出”などというものに、何の意味がある?」



 カイは譜面を握りしめる。


「……意味があるかなんて、わからない。

 でも、“意味を問い直す”ために、記憶はあるんだろ?」



 ナモノは、ゆっくりと歩み出す。


「私もかつて、“記憶”を愛した。

他人の想い、過去、痛みすら、魔法として残した。

……だが、その果てに見たのは、“決して癒えない呪い”だった」



 彼が右手を上げると、世界が“意味”を失い始める。



【記憶魔法・純白消滅アネステジア

効果:対象に関わる全ての“記憶構造”を無痛化・無価値化する

特性:対象は“思い出に意味がなくなった”と感じ、行動原理を喪失する

代償:術者は、世界との“感情的つながり”を完全に喪失し続ける



 カイの胸にある“ティラとの旅の記憶”が、

 白く、淡く、色を失いかける。



 ――だが、その時。


 カイはゆっくりと、自分の譜面を広げた。



【記憶魔法・語継ファド・ネーム

効果:既に失われた者との記憶を、“語り継ぎの言葉”として変換し、現実に残す

特性:この魔法は“記録”ではなく、“物語”として記憶を紡ぎ直す

代償:術者は“語った内容”を二度と思い出すことができなくなる



「俺はもう、“記録”なんて要らない。

 ただ――“語りたい”んだ。

 君がいたことを、俺の言葉で」



 魔法が発動し、ティラとの記憶が“語られた物語”として周囲に広がっていく。


 それは光にも、音にも、記録にもなれない。

 けれど、心のどこかに、確かに触れる温度を持っていた。



 ナモノの“アネステジア”が崩れていく。



「……なぜ、語れる。

 お前も痛みを知っているはずだ」



 カイは静かに目を閉じ、答えた。


「痛いさ。何度でも胸を裂かれる。

 でも――だから“忘れたくない”と思えるんだ。

 それが、“俺の祈り”だよ」



 その言葉に、ナモノの“心”が、初めて揺れる。



 かつて、自分も誰かに名前をもらった。

 “記録”されない愛情が、確かにそこにあった。



 ナモノは、頭を抱えた。


「……思い出すのが怖い。

 私が“人間だったこと”すら、もう怖いのだ」



 カイは、手を差し出す。


「なら、思い出さなくていい。

 代わりに――俺が語る。君の名前を。君の想いを。

 ……それで、世界に残そう」



 ナモノの身体が、静かに砕け始める。


 だがそれは、敗北ではなかった。

 むしろ、“痛みを抱く人間”としての原点に戻る姿だった。



「……ありがとう、“語る者”よ。

忘れたと思っていた名前が、確かに今、胸に届いた」



 虚白の王は崩れ、消える寸前に、

 微かに“微笑んだ”。




 《記憶の海》への道が開かれた。

 最終封印の地。

 世界の“原初の記憶”が眠る、あの場所へ。


 カイは、一人静かに歩き出す。



「ティラ。最後の扉を開けに行こう。

 お前が、“忘れられてもいい”と願った、その先へ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ