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『記憶の海、沈まぬ君へ』  作者: 梅犬丸
第一章『灰の言葉を継ぐ者』
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第二話「記憶を使えば、失われる」

廃墟の天井から光が差し込む。

 重く沈んだ空気の中を、二人の足音だけが鳴り響く。


 カイは、少女――ティラと名乗ったその者と共に、崩れた通路を抜けていた。

 足元には苔と灰が積もり、壁にはかつて文明の痕跡と思しき呪術回路の刻印が残っている。


「なあ……本当に、俺が……世界を壊したのか?」


 沈黙を破ったカイの声は、どこか頼りなかった。

 答えを期待しているわけでも、否定してほしいわけでもない。ただ、“知りたい”という渇きがあった。


 ティラは立ち止まり、静かにカイを見つめた。


「それを、知るために旅をするのです。覚えている限り、私はそれしか知りません。

 ――ただ、一つだけ、あなたはその力を自分のためにではなく、“誰か”のために使ったように見えました」


 “誰か”。

 その言葉が胸に刺さった。心の奥で、小さな声が叫ぶ。

 ――忘れてはいけない、と。


 そのとき、瓦礫の影が不自然に揺れた。


 カイが即座に反応する。


「伏せろ!」


 叫ぶと同時に、影から何かが跳ねた。

 黒く染まった獣――否、“人の形をした何か”が、両腕を地面につけて四足で跳躍してくる。


 顔は半ば崩れ、瞳は空っぽ。

 それは明らかに生者ではなかった。


「――虚白きょはく……!」


 ティラの声が震える。

 この世界における“記憶を使い果たした人間の成れの果て”。

 意識も理性もない、ただ“本能だけ”で動くもの。


 カイは反射的にポーチから細い筒状の魔具を取り出す。


「俺にも使えるのか……?」


 手が勝手に動いた。魔具が起動し、浮かび上がる魔術刻印――。


 【記憶魔法・焔刻エンカ

 代償:弟と笑った最後の夏の日の記憶


 その刻印に、記憶が反応する。

 脳の奥で“何か”が焼き切れる感覚。刹那、魔具が紅蓮の魔力を帯びた。


 カイの掌から、爆ぜるような熱波が放たれる――!


 虚白の身体が爆音とともに吹き飛び、壁に激突した。

 だがそれでも、立ち上がる。


 皮膚は焦げ、片腕が焼け落ちているのに、呻くことすらない。


「……化け物め……!」


 もう一度、“焔刻”を使おうと魔具に意識を集中する――が。


 動かない。


 カイの肩が震えた。

 頭の奥が痛い。なにか大切な記憶が、確かにそこにあったのに。

 もう、思い出せない。


「……誰だったんだ、今の記憶……」


 ティラがカイの前に出る。


「もう、私がやります――!」


 少女の手が光を帯びる。


【記憶魔法・澪閃レイセン

代償:雨の日、読んだ詩の一節


 彼女の指先から走ったのは、一条の青白い閃光。

 虚白の胴体に直撃し、内部から爆ぜるように弾ける。


 虚白は、呻くこともなく崩れ落ちた。


 静寂。


 カイはその場にしゃがみ込む。

 額には汗。手は震え、胸には空洞のような喪失感。


「……本当に、記憶が……なくなったんだな」


 呟いたその声には、怒りも、恐怖も、なかった。

 ただ――**「悲しさ」**だけが残っていた。


 ティラはカイの隣に座った。


「そうです。魔法は、確かに“代償”を払います。

 でも――その想いがなければ、きっと、助けられなかった」


「……俺は、これからいくつ、こうやって……何かを失っていくんだろうな」


「では、それでも前に進みますか?」


 カイは答えなかった。

 だが、やがて静かに立ち上がった。


 その背中が、ほんの少しだけ、強く見えた。

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