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『記憶の海、沈まぬ君へ』  作者: 梅犬丸
第五章『虚白の王、記憶を拒む』
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第二十七話「消された旋律、沈まぬ想い」

虚白の月が空を裂き、世界の“記憶”を喰らい始めていた。


 消えていく街の名前。

 笑っていた誰かの記憶。

 やがて世界そのものが、輪郭を失っていく。



 そんな中、カイは“記憶の歌”を探して、ある廃墟へと向かっていた。

 そこは、かつてティラが“最初に歌を口にした”場所。

 名を持たぬ孤児たちが集められた、旧音響研究所の跡地だった。



 しかし、そこにもすでに虚白の影が及んでいた。


 出迎えたのは、虚白幹部ディエン・スレイヴ

 “旋律を喰らう男”の異名を持つ、記憶破壊専門の殺戮者。



「歌? 記録されなかった声なんて、ただの幻さ。

 過去なんかより、“忘れる快楽”の方がずっと美しいと思わないか?」



 ディエンは譜面を取り出す。


【記憶喰魔法・共鳴断殺デトネート・レコード

効果:音に紐づく記憶の“響き”を暴走させ、脳と魂を内部から崩壊させる

特性:かつて歌った“音”が残っていれば、その断片から術を起動できる

代償:術者は使用するごとに“自分の声”を一つずつ失う(最後には完全に無音になる)



 攻撃の対象は――

 ティラが残した、最初の旋律だった。


 あの日、誰にも聞かれなかった、小さな子守唄。



「やめろ……それだけは――」


 カイの怒声が空を裂く。



 彼は詠唱する。


【記憶魔法・零域再生メモリー・リリス

効果:世界から“消去された記憶”を、魂の深層から再現し、現実へと戻す

条件:その記憶に“未完の想い”が残っていること

代償:使用者はその記憶の“登場人物の一部”として存在が書き換わる危険を負う



 カイの中に、あの日の“ティラの歌声”が甦る。


 震える声で、消えかけた旋律を、彼自身が口ずさむ。



「……ねえ、聴こえるか?

 これは――お前が初めて、“名前を持たなかった自分”のために歌った歌なんだ」



 旋律が空に響く。


 ディエンの魔法が暴走し、逆に彼の内部を切り裂く。



 その時。

 虚白の月の向こうから、もう一つの旋律が――微かに、重なった。



 それは、“記憶の海”から聴こえたような、やさしい声。


 ティラの声だった。



「……カイ……ありがとう。

 あなたが覚えててくれたから、私は――“ここ”にいるよ」



 彼女はもう、この世界に存在しない。

 でも、“記憶”としてでも、“魔法”としてでもない。

 ――“想い”として、彼の中で生きていた。



 そしてその想いが、旋律となって現実を修復し始める。


 ティラが消える前に封じた“封詞ふうし”が、再起動したのだ。



【再構成魔法・祈唱再響オラトリオ

効果:想いに触れた者の中から、かつての記憶を“旋律”として蘇らせ、消去を打ち消す

特性:肉体的には何も起こらないが、世界の“記録構造”に直接作用する

代償:再響した旋律は、使用者自身が再び“聴く”ことはできない(記憶が一方通行になる)



 世界に、少しだけ光が戻る。


 廃墟の壁に刻まれた“名前のない譜面”が、穏やかに震えていた。



 カイはそっと言う。


「……ティラ、ありがとう。

 俺も、お前を“記録”にするんじゃない。

 “想い”として、この世界に残すよ。


 ――お前のいない世界で、俺が語るんだ。

 “君が確かにいた”ってことを」



 虚白のナモノは、最後の封印《記憶の海》へと向かっていた。


 カイもまた、ティラの声と共に、そこへ向かう覚悟を固める。



 “記録されなかった想い”と、“すべてを忘れたい者”との最終決戦が近づく。


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