第二十七話「消された旋律、沈まぬ想い」
虚白の月が空を裂き、世界の“記憶”を喰らい始めていた。
消えていく街の名前。
笑っていた誰かの記憶。
やがて世界そのものが、輪郭を失っていく。
⸻
そんな中、カイは“記憶の歌”を探して、ある廃墟へと向かっていた。
そこは、かつてティラが“最初に歌を口にした”場所。
名を持たぬ孤児たちが集められた、旧音響研究所の跡地だった。
⸻
しかし、そこにもすでに虚白の影が及んでいた。
出迎えたのは、虚白幹部。
“旋律を喰らう男”の異名を持つ、記憶破壊専門の殺戮者。
⸻
「歌? 記録されなかった声なんて、ただの幻さ。
過去なんかより、“忘れる快楽”の方がずっと美しいと思わないか?」
⸻
ディエンは譜面を取り出す。
【記憶喰魔法・共鳴断殺】
効果:音に紐づく記憶の“響き”を暴走させ、脳と魂を内部から崩壊させる
特性:かつて歌った“音”が残っていれば、その断片から術を起動できる
代償:術者は使用するごとに“自分の声”を一つずつ失う(最後には完全に無音になる)
⸻
攻撃の対象は――
ティラが残した、最初の旋律だった。
あの日、誰にも聞かれなかった、小さな子守唄。
⸻
「やめろ……それだけは――」
カイの怒声が空を裂く。
⸻
彼は詠唱する。
【記憶魔法・零域再生】
効果:世界から“消去された記憶”を、魂の深層から再現し、現実へと戻す
条件:その記憶に“未完の想い”が残っていること
代償:使用者はその記憶の“登場人物の一部”として存在が書き換わる危険を負う
⸻
カイの中に、あの日の“ティラの歌声”が甦る。
震える声で、消えかけた旋律を、彼自身が口ずさむ。
⸻
「……ねえ、聴こえるか?
これは――お前が初めて、“名前を持たなかった自分”のために歌った歌なんだ」
⸻
旋律が空に響く。
ディエンの魔法が暴走し、逆に彼の内部を切り裂く。
⸻
その時。
虚白の月の向こうから、もう一つの旋律が――微かに、重なった。
⸻
それは、“記憶の海”から聴こえたような、やさしい声。
ティラの声だった。
⸻
「……カイ……ありがとう。
あなたが覚えててくれたから、私は――“ここ”にいるよ」
⸻
彼女はもう、この世界に存在しない。
でも、“記憶”としてでも、“魔法”としてでもない。
――“想い”として、彼の中で生きていた。
⸻
そしてその想いが、旋律となって現実を修復し始める。
ティラが消える前に封じた“封詞”が、再起動したのだ。
⸻
【再構成魔法・祈唱再響】
効果:想いに触れた者の中から、かつての記憶を“旋律”として蘇らせ、消去を打ち消す
特性:肉体的には何も起こらないが、世界の“記録構造”に直接作用する
代償:再響した旋律は、使用者自身が再び“聴く”ことはできない(記憶が一方通行になる)
⸻
世界に、少しだけ光が戻る。
廃墟の壁に刻まれた“名前のない譜面”が、穏やかに震えていた。
⸻
カイはそっと言う。
「……ティラ、ありがとう。
俺も、お前を“記録”にするんじゃない。
“想い”として、この世界に残すよ。
――お前のいない世界で、俺が語るんだ。
“君が確かにいた”ってことを」
虚白の王は、最後の封印《記憶の海》へと向かっていた。
カイもまた、ティラの声と共に、そこへ向かう覚悟を固める。
⸻
“記録されなかった想い”と、“すべてを忘れたい者”との最終決戦が近づく。




