第二十六話「記憶なき城、名もなき嘆き」
灰誓の地が鎮まり、数日が過ぎた。
世界には変化が訪れていた。
記録にない人々の“忘れていた想い”が、夢の中で目覚める現象。
街には「誰かを思い出した」という奇妙な噂が溢れ始めていた。
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だがその一方で――
ある地域の“記録”が、丸ごと空白になるという異常現象が発生していた。
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カイは独り、《大図録都市グラン=リュス》を訪れる。
この世界最後の「全記録アーカイブ」が存在する都市。
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しかし、図書都市は廃墟と化していた。
人々は“名前”も、“目的”も、“帰る場所”も忘れている。
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「あんた……誰だっけ……ここ、どこだっけ……?」
「俺たち、何を探してたんだ……?」
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そして、空には禍々しい“虚白の月”。
それは、虚白の王が完全に顕現しつつある兆しだった。
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カイは、街の中央で待っていた人物と再会する。
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《マズル=アルケア》
元・記録修復師。記憶魔法の理論設計者。
虚白の王と思想を共にした数少ない“記録放棄主義者”。
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「カイ、久しいな。
ティラを、封じたそうだな……なら、もう“想い”に縋る理由はないだろう?」
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カイは黙って彼を睨む。
マズルは語る。
「この世界は、“記憶”に支配されすぎた。
罪、痛み、トラウマ――全部記録が残すから、人は前に進めない。
ナモノが望んだのは、“すべてを忘れる”世界だ。
……お前も、楽になりたくはないのか?」
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カイは静かに否定する。
「違う。俺は、苦しくても、“覚えていたい”と思えるものがあった。
それがあったから、生きてこられた。
……ティラは、“忘れられること”を恐れながらも、前に進んだ」
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その言葉に、マズルの表情がわずかに揺らぐ。
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だが彼は譜面を構える。
【記憶破壊魔法・断片化】
効果:記録構造を分解し、“部分的な誤解と虚偽の記憶”に再構成する
特性:相手の記憶を“ねじれた真実”に歪める
代償:術者自身もまた“本当の記憶”が分からなくなっていく
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マズルの魔法が、カイの記憶を侵す。
ティラとの思い出が、断片となって崩れていく――
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カイは苦しみながら、譜面を逆巻かせる。
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【記憶魔法・誓写】
効果:他者と交わした“言葉による誓い”だけを記録から再現する
特性:感情や記録が曖昧でも、“声の約束”だけは消せない
代償:その言葉を二度と口にできなくなる(“もう一度言う”ことが不可能)
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「“私は、忘れられてもいい”――
でも君は、忘れないで」
その声が、脳裏に刻まれる。
ティラの、最期の誓い。
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記憶が正され、カイの譜面がマズルを弾き飛ばす。
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マズルは、崩れた壁に背を預け、言葉を失う。
「……まだ、想いを信じるのか。
こんな、傷だらけの記憶を……?」
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カイは言った。
「それでも、俺は“記憶の海”を沈めない。
どんなに苦しくても――“君の名前”を沈めたりしない」
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その名を、魔法では呼べない。
けれど、心はその旋律を覚えている。
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夜空に広がる“虚白の月”が歪む。
ナモノが、完全なる姿でこの世界に現れる兆しが近づいていた。
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そして――“ティラの旋律”が、再びカイの中で微かに揺れる。
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「ティラ……もう一度だけ。お前に、伝えたい言葉がある」




