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『記憶の海、沈まぬ君へ』  作者: 梅犬丸
第五章『虚白の王、記憶を拒む』
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第二十六話「記憶なき城、名もなき嘆き」

灰誓の地が鎮まり、数日が過ぎた。


 世界には変化が訪れていた。

 記録にない人々の“忘れていた想い”が、夢の中で目覚める現象。

 街には「誰かを思い出した」という奇妙な噂が溢れ始めていた。



 だがその一方で――

 ある地域の“記録”が、丸ごと空白になるという異常現象が発生していた。



 カイは独り、《大図録都市グラン=リュス》を訪れる。

 この世界最後の「全記録アーカイブ」が存在する都市。



 しかし、図書都市は廃墟と化していた。


 人々は“名前”も、“目的”も、“帰る場所”も忘れている。



「あんた……誰だっけ……ここ、どこだっけ……?」

「俺たち、何を探してたんだ……?」



 そして、空には禍々しい“虚白の月”。

 それは、虚白のナモノが完全に顕現しつつある兆しだった。



 カイは、街の中央で待っていた人物と再会する。



《マズル=アルケア》


元・記録修復師。記憶魔法の理論設計者。

虚白の王と思想を共にした数少ない“記録放棄主義者”。



「カイ、久しいな。

 ティラを、封じたそうだな……なら、もう“想い”に縋る理由はないだろう?」



 カイは黙って彼を睨む。


 マズルは語る。


「この世界は、“記憶”に支配されすぎた。

罪、痛み、トラウマ――全部記録が残すから、人は前に進めない。

ナモノが望んだのは、“すべてを忘れる”世界だ。

……お前も、楽になりたくはないのか?」



 カイは静かに否定する。


「違う。俺は、苦しくても、“覚えていたい”と思えるものがあった。

 それがあったから、生きてこられた。

 ……ティラは、“忘れられること”を恐れながらも、前に進んだ」



 その言葉に、マズルの表情がわずかに揺らぐ。



 だが彼は譜面を構える。


【記憶破壊魔法・断片化スパルギア

効果:記録構造を分解し、“部分的な誤解と虚偽の記憶”に再構成する

特性:相手の記憶を“ねじれた真実”に歪める

代償:術者自身もまた“本当の記憶”が分からなくなっていく



 マズルの魔法が、カイの記憶を侵す。


 ティラとの思い出が、断片となって崩れていく――



 カイは苦しみながら、譜面を逆巻かせる。



【記憶魔法・誓写レソナ

効果:他者と交わした“言葉による誓い”だけを記録から再現する

特性:感情や記録が曖昧でも、“声の約束”だけは消せない

代償:その言葉を二度と口にできなくなる(“もう一度言う”ことが不可能)



「“私は、忘れられてもいい”――

 でも君は、忘れないで」


 その声が、脳裏に刻まれる。

 ティラの、最期の誓い。



 記憶が正され、カイの譜面がマズルを弾き飛ばす。



 マズルは、崩れた壁に背を預け、言葉を失う。


「……まだ、想いを信じるのか。

 こんな、傷だらけの記憶を……?」



 カイは言った。


「それでも、俺は“記憶の海”を沈めない。

 どんなに苦しくても――“君の名前”を沈めたりしない」



 その名を、魔法では呼べない。

 けれど、心はその旋律を覚えている。




 夜空に広がる“虚白の月”が歪む。


 ナモノが、完全なる姿でこの世界に現れる兆しが近づいていた。



 そして――“ティラの旋律”が、再びカイの中で微かに揺れる。



「ティラ……もう一度だけ。お前に、伝えたい言葉がある」


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