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『記憶の海、沈まぬ君へ』  作者: 梅犬丸
第四章『棄てられた祈りの封印』
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第二十四話「名前無き王、記憶を拒む」

 灰誓の地、最深部。


 封印された《記録核ノモログス》の間に、影が満ちていく。


 空間が歪み、時の流れが断絶するような感覚。


 ――そして、彼は現れた。



 《虚白の王》。

 本名を持たず、記憶の構造すら拒む存在。

 その名はもはや誰にも認識されず、記録に残らず、語ることもできない。



 その声は、無機質で、同時に深い哀しみを孕んでいた。


「名とは、他者から与えられる枷だ。

記憶とは、痛みを残す鎖だ。

ゆえに、私はそれらを拒んだ。

そして、お前たちもまた――拒むべきだったのだ」



 カイは、震える足を前に出す。


「……虚白の王。お前が“追憶の災厄”を起こした元凶か?」


「否。“災厄”とは、世界が過去を捨てた結果にすぎない。

私はただ、それを“認めてやった”だけだ」



 王の手がわずかに動く。

 それだけで、空間に走る無音の衝撃。



【記憶魔法・全否定アノネーム

効果:周囲の記録、記憶、言葉、存在の全てを「名前を持たない状態」に初期化する

特性:対象は“定義”されなくなり、世界との結びつきが断たれる

代償:術者自身もまた“存在の定義”を失いかけ、次第に“認識されない存在”へと変化する



 ティラの足元が崩れ、影に呑まれそうになる。


「いや……消える……わたしが……“わたし”じゃなくなる……」



 その時、カイが叫ぶ。


「ティラ!! お前は俺が呼んだ名前だ!!

世界が忘れても、俺が“知ってる”!」



 ティラが譜面を開き、震える手で一つの旋律を紡ぐ。



【記憶魔法・継歌ノけいかのことば・終節】

効果:名を喪失した者に、他者の“想い”から生成された名を再構成する

特性:その名は一度限りの“魂の響き”であり、記録には残らないが存在を支える

代償:術者自身が、“再構成された名”を永遠に思い出せなくなる(呼ぶことができなくなる)



 ティラの声が空に響く。


「あなたが誰であっても……私は、あなたに名前を贈る」



 彼女が歌う旋律の中、虚白の王に“かつての声”が蘇る。


「……王よ。あなたは《ナモノ》じゃない。

かつて、“エン”という名で、人を愛した一人の研究者だった」



 その名が、虚白の王の中で、わずかに反響する。


 崩れ始めた空間に、割れるような光が差し込む。



「……私は、“エン”……記録に縛られ、全てを忘れた……人間だった……?」



 カイが言う。


「その記憶が偽りでも、他人のものでも構わない。

 お前が“そう在りたい”と願ったなら、それが本当の名だ!」



 虚白の王が、膝をつく。


「記録から逃げた私を、記憶に戻すなど……それが……人間の強さか……」



 その言葉と共に、《アノネーム》の術式が崩れ、空間が安定する。


 虚白の王の姿は、霞のように揺らぎ、消えかけていた。



「君たちが、記憶を信じる限り……

世界はまだ、“記憶から人を定義する”希望を持てるのかもしれない」



 彼は、最後にティラへと微笑みを向け――

 名前のない存在として、静かに消えていった。




 戦いは終わった。


 だが記録核ノモログスは未だこの地に残されている。


 ティラは自らの譜面を開き、カイの隣で小さく呟いた。


「……“私は、忘れられてもいい”。でも、あなたは……」


 カイがうなずく。


「……忘れない。絶対に」


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