第一話「空白より目覚める」
光がなかった。
音も、熱も、記憶すらも。
世界が息をしていないようだった。
けれど、そこに“彼”は確かにいた。
重たい蓋が開く。
冷たい気体が漏れ、微かに焦げた金属の臭いが鼻を刺した。
男は、ゆっくりとまぶたを開けた。
思考はもつれ、言葉は浮かばない。
名前も、時間も、なぜここにいるのかさえも。
だが、なぜか――胸の奥が熱かった。
「……起きた、んですね」
やわらかな声がした。
視界が徐々に明るさを取り戻し、白い光の中に、少女が立っていた。
肩までの銀髪。淡い水色の瞳。薄布のローブをまとい、両手を前で組んでいる。
透けるように儚い、だがなぜか確かに“ここにいる”と感じさせる佇まい。
「あなたの名前は――」
「……カイ。カイ・レミオ……それが、俺の名前だと思う」
口にした瞬間、胸の奥で何かが軋んだ。
懐かしさと、痛み。それが同時に押し寄せた。
少女はふわりと微笑んだ。
「では、カイ様。ようこそ、“忘れられた地”へ」
カイは自分の足で立ち上がった。冷却装置の中から出ると、そこは灰色の石造りの広間だった。
瓦礫と砂塵に埋もれた廃墟。天井の一部は崩れ、空の光が差し込んでいる。
空は、鈍く濁った金色をしていた。
「ここは……どこだ?」
「正確な地名はありません。ただ、人はこう呼びます――“記憶を祓われし地”、と」
「記憶を……?」
カイは頭を押さえた。断片的な映像が浮かんでは、霧に包まれていく。
誰かと笑っていた。何かを守ろうとしていた。
だがそれは、全てが“影”のように溶けていく。
「あなたは自ら、記憶を封じたのです」
少女の言葉が、心に刺さった。
「俺が……?」
「ええ。そして私は、あなたが戻るまで、ここでずっと待っていました」
「待ってた……俺を?」
少女は頷いた。
「あなたは、自らの手で世界を壊した可能性があるのです。
それを知るには、自らの記憶を――解き放たねばなりません」
「……ふざけるな。俺がそんなことを……」
叫びかけて、言葉が途切れる。
なぜだ。
叫びたいのに、怒りが出てこない。
――思い出せない。自分が“何をしたのか”を。
「では、証拠を見せましょう」
少女が手を伸ばすと、広間の中心に、青白い魔法陣が浮かび上がった。
そこに映し出されたのは、燃える空。崩れ落ちる都市。叫ぶ人々。
――そして、その中心に、黒い外套をまとった男が立っていた。
その姿は、鏡のようにカイに重なる。
「これが……俺?」
「あなたが記憶を失った日。世界を“灰”に変えた、その瞬間です」
膝が、崩れそうになった。
何も思い出せない。けれど、確かに心が叫んでいる。
“これだけは違う”と。
“自分はそんな人間ではない”と。
「俺は……俺は、何をしてきたんだ……?」
少女はそっと、彼の肩に手を置いた。
「それを知るために、旅に出ましょう。
記憶の海へ。
あなた自身の、真実に会いに――」