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『記憶の海、沈まぬ君へ』  作者: 梅犬丸
第三章『失われし海に死者は歌わず』
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第十七話「名を喰う書庫」

彼らが辿り着いたのは、海の中に沈みかけた巨大な塔だった。


 塔は無音で、入口にはただ一枚の扉がある。

 それをくぐると、まるで海が“空間として反転した”ように、内部は無限に広がっていた。



《記録保管区画:ノーネイム・アーカイブ》

所属:旧世界魔導省/記憶術式群・第零保全層

禁:術者が「名」を持たない限り、内部記憶の閲覧を禁ず



「……ここ、全部“名前の記憶”でできてる……?」


 ティラが小さく声を漏らす。


 アーカイブの書架には、本ではなく“譜面”が積層されていた。

 それぞれの譜面には、人々がかつて名乗った“記録された魔法の源”が封じられている。



 すると、空間に歪みが走る。


 黒い霧のような何かが現れ、音もなく形を成した。



「ようこそ、名を欲する者たちよ。

汝らに問う――その“名”は誰に与えられ、誰に呼ばれたものか?」



 書庫を守護する存在――“無名司書ナンバー・リーダー”。

 その姿は一定せず、見た者によって変化する。



「こいつ……記憶そのものを問う魔法生命体か……」


 カイが構える。すると司書が揺れるように言った。



「この場所にあるのは、“呼ばれなかった名前たち”。

奴らは今も、主に呼ばれることを渇望し、“呼び手”を喰らう」



名喰らいの禁書群ネイムレス・リズム


 床下の譜面が蠢き始める。

 それは本ではなかった。

 **過去に存在しながらも、“呼ばれなかった名前の魔法たち”**が怨念となって襲いかかってきた。



【記録の反逆魔法・無名連奏リヴォルト・カデンツァ

効果:対象の記憶に刻まれた“名”を剥ぎ取り、詠唱を不可能にする

特性:詠唱魔法を封殺/記憶魔法との相性が極めて悪い

代償:術者は“名の響き”に晒され続けることで自己崩壊の危険を負う



「記憶を、消される……!」


 ティラの譜面がにじみ、魔法の一節が歪む。



 そのとき――カイが、前に出た。


「喰うなら、俺の名からにしろ」



 彼は自らの譜面を差し出し、封印していた記憶魔法を解放した。



【記憶魔法・灰誓カイセイ《カイ=セリオン》】

効果:自身の全記憶から“本名”を抜き出し、魔力の核とする

特性:記憶魔法の最大解放/術者の精神力を限界突破

代償:“本名”を代価に記憶の守護者となる/以後、他人に自分の名前を伝えられない



 譜面が光に砕け、魔力が解き放たれる。


 塔内に満ちていた無名の譜面たちは、その“名を捧げる強さ”に共鳴し、少しずつ沈黙していく。



「君……もう、自分の本名を……」


 ティラが震える声で言う。


「大丈夫だ。俺には“呼ばれる名”がある。

 ティラ、お前がそう呼ぶ限り、俺は俺だ」



 最後の禁譜が沈黙した瞬間。

 アーカイブの最深部が開かれる。



 そこには、一冊だけ、手書きの本が置かれていた。


 その表紙には、こう記されていた。


『記憶魔法・原初記述アルス・オルゴ

編纂者名:イシェナ・ティ=リファ



 ティラが、それを見た瞬間――息を呑む。


「それ……私の“本当の記憶”?」



 その時、塔の奥から新たな影が歩み出てきた。


 それは、**自ら“名を消した”存在――虚白の側近、《記録殺しのバルト》**だった。


「ようやく来たな、“記憶の器たち”。

君たちの“名”は、ここで終わる」


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