第十七話「名を喰う書庫」
彼らが辿り着いたのは、海の中に沈みかけた巨大な塔だった。
塔は無音で、入口にはただ一枚の扉がある。
それをくぐると、まるで海が“空間として反転した”ように、内部は無限に広がっていた。
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《記録保管区画:ノーネイム・アーカイブ》
所属:旧世界魔導省/記憶術式群・第零保全層
禁:術者が「名」を持たない限り、内部記憶の閲覧を禁ず
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「……ここ、全部“名前の記憶”でできてる……?」
ティラが小さく声を漏らす。
アーカイブの書架には、本ではなく“譜面”が積層されていた。
それぞれの譜面には、人々がかつて名乗った“記録された魔法の源”が封じられている。
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すると、空間に歪みが走る。
黒い霧のような何かが現れ、音もなく形を成した。
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「ようこそ、名を欲する者たちよ。
汝らに問う――その“名”は誰に与えられ、誰に呼ばれたものか?」
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書庫を守護する存在――“無名司書”。
その姿は一定せず、見た者によって変化する。
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「こいつ……記憶そのものを問う魔法生命体か……」
カイが構える。すると司書が揺れるように言った。
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「この場所にあるのは、“呼ばれなかった名前たち”。
奴らは今も、主に呼ばれることを渇望し、“呼び手”を喰らう」
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名喰らいの禁書群
床下の譜面が蠢き始める。
それは本ではなかった。
**過去に存在しながらも、“呼ばれなかった名前の魔法たち”**が怨念となって襲いかかってきた。
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【記録の反逆魔法・無名連奏】
効果:対象の記憶に刻まれた“名”を剥ぎ取り、詠唱を不可能にする
特性:詠唱魔法を封殺/記憶魔法との相性が極めて悪い
代償:術者は“名の響き”に晒され続けることで自己崩壊の危険を負う
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「記憶を、消される……!」
ティラの譜面がにじみ、魔法の一節が歪む。
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そのとき――カイが、前に出た。
「喰うなら、俺の名からにしろ」
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彼は自らの譜面を差し出し、封印していた記憶魔法を解放した。
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【記憶魔法・灰誓カイセイ《カイ=セリオン》】
効果:自身の全記憶から“本名”を抜き出し、魔力の核とする
特性:記憶魔法の最大解放/術者の精神力を限界突破
代償:“本名”を代価に記憶の守護者となる/以後、他人に自分の名前を伝えられない
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譜面が光に砕け、魔力が解き放たれる。
塔内に満ちていた無名の譜面たちは、その“名を捧げる強さ”に共鳴し、少しずつ沈黙していく。
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「君……もう、自分の本名を……」
ティラが震える声で言う。
「大丈夫だ。俺には“呼ばれる名”がある。
ティラ、お前がそう呼ぶ限り、俺は俺だ」
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最後の禁譜が沈黙した瞬間。
アーカイブの最深部が開かれる。
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そこには、一冊だけ、手書きの本が置かれていた。
その表紙には、こう記されていた。
『記憶魔法・原初記述』
編纂者名:イシェナ・ティ=リファ
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ティラが、それを見た瞬間――息を呑む。
「それ……私の“本当の記憶”?」
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その時、塔の奥から新たな影が歩み出てきた。
それは、**自ら“名を消した”存在――虚白の側近、《記録殺しのバルト》**だった。
「ようやく来たな、“記憶の器たち”。
君たちの“名”は、ここで終わる」




