第十五話「波打ち際の魔女」
――静寂だった。
風もない。波もない。
だが、彼らの前には確かに“その影”が立っていた。
浮律海域《ルナ=マーレ》の片隅。
海面すれすれに立つ、ひとりの少女。
その姿は、**ティラと“瓜二つ”**だった。
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「……君が、私?」
ティラが声を絞り出すように言う。
少女の輪郭は、黒い譜面のような残響で揺れていた。
否――正確には、**“記憶の残像”**だった。
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「名前を、聞かないの?」
残像の少女が囁く。
ティラは答えない。
答えたら、境界が曖昧になると本能で感じた。
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代わりに、カイが一歩前へ出た。
「……お前は、誰の記憶だ」
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少女は笑う。優しく、哀しげに。
「“誰の”なんて意味はない。
私は《記憶の海》に流れ着いた“滅びの記憶”。
名前はもういらない。名を持てば、また誰かを傷つけるから」
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その声に、ティラの手が震える。
「わたし……あなたと似ているって、よく言われる。
でも、**“自分と同じ顔”が世界を滅ぼした”**なんて……そんなの、認めたくないよ……」
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記憶の波がひときわ大きく揺れる。
そして、少女の記憶の中の情景が、ティラの脳に直接流れ込んでくる。
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記憶再現フェーズ
【記憶再現魔法】
効果:対象の深層記憶の再現映像を空間に投影
特性:記憶が不完全な場合、空白部分は“見た者自身の恐れ”で補完される
代償:記憶に共鳴した者は、一時的に“再演者”としてその記憶を辿る役割を負う
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広がる映像。
そこは、灰と蒼に沈んだ、かつての天空都市《イオ=アルカ》。
そして、その中心にいたのは――
「……これは、わたし……じゃない……のに……」
涙を流しながら、**炎に包まれた街を歩く“自分の姿”**をティラは見た。
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「……“この力は、私だけのものじゃない”……」
記憶の中の“魔女”は、そう言い残していた。
「魔法は、誰の記憶から生まれたと思う?
誰が、最初に“言葉”を使ったと思う?」
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空が引き裂かれるように轟き、
巨大な“魔導兵器の残骸”が空から降り注いでくる。
それを指先一本で押し返す“魔女”――
魔法ではなく、“記憶”そのものを力に変える存在だった。
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ティラが呻くように叫ぶ。
「それは……あたしじゃない……! でも――“私の中”に、いる……!」
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ティラの魔法が発動した(覚醒/半自律)
【記憶魔法・断罪重奏】
効果:対象の記憶と自分の恐れを重ね、そこから“自我の核”を鍛造する魔法
特性:記憶に負けなければ“新たな自己魔法”を得られる
代償:失敗した場合、“自分が誰か分からなくなる”
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旋律が狂ったように鳴る。
ティラの中で、ふたつの記憶がせめぎ合う。
――“魔女としての記憶”と、“ティラとしての記憶”。
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「わたしは……あたしは……!」
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そのとき、カイが叫ぶ。
「迷うな! お前はお前だ。
“名を呼ばれて、笑ったお前”だけが、真実なんだ!」
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ティラの体から、光が溢れる。
黒衣の“魔女の記憶”は光に呑まれ、海へと溶けていく。
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彼女は、地に膝をついて――泣き出した。
「怖かった……あたし、わたしが“あたしじゃない”気がして、
でも……君たちがいてくれて、よかった……」
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カイは、そっとその背に手を添えた。
「お前が誰でも構わない。“今、こうしているお前”だけが、俺の知ってるティラだ」
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波が静かに凪いだ。
“波打ち際の魔女”は、ただ黙って、海へと消えていった。
まるで、ひとつの恐怖と決別するかのように。




