第十四話「断片に、波は揺れて」
その海は、地図に存在しない。
人々の記憶にも刻まれていない。
それなのに、確かに世界の奥底に“それ”はあった。
《記憶の海》――全人類の集合記憶が眠る、理と禁忌の水脈。
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空に浮かぶ巨大な海――“浮律海域ルナ=マーレ”。
そこは、あらゆる記憶の原型が集まり、永遠に流れ続ける場所。
「……ここが、“俺たちが呼び戻した記憶”の、その先にある場所か」
カイ(セリオン)は足元の海面を見つめながら呟いた。
水ではない。
青く透き通った、“情報の記憶体そのもの”の海。
風が吹けば、誰かの断片的な記憶が“波”として空間に現れる。
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「ねぇ……この場所、歌が聞こえないね」
ティラが小さく言った。
そう。この海には“歌”がない。
死者の声も、過去の響きも、すべてが“音”ではなく“断片”として揺れているだけだった。
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彼らは、《記憶の海》の中心部へ向かう。
導きのために携えたのは、ティラが最後に残した“イシェナの旋律譜”。
あの旋律だけが、この海の“本質”に到達する鍵だった。
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途中、彼らはひとつの島に辿り着く。
――名を持たぬ浮島。
そこには、かつての魔法記録者の墓標があった。
「これは……名前が、消されてる」
アウラが墓碑を見て呟いた。
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【記録抹消対象:術者コード No.011-Φ】
記憶系魔法適用者 生没不明
備考:その名、未回収
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「……これは、私たちの“未来の姿”かもしれないね」
アウラの声に、誰も返せなかった。
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波打つ記憶の干渉
その時。空間に異変が起きる。
海が震え、辺りの空が色を失い始める。
記憶の断片が暴走し、“過去の情景”が次々と空間に投影されていく。
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ティラがその中のひとつに、怯えたような声を出した。
「……これ、私の――違う、“わたしじゃない誰か”の記憶……?」
波の中に映ったのは、黒衣の魔女。
数千の魔導塔を破壊し、都市を沈める彼女の姿。
けれど、その顔は――まるで、ティラと瓜二つだった。
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ティラの譜面が、突如として熱を持つ。
その旋律が、彼女の体を突き抜けるように響いた。
その瞬間ティラが自分の制御を取れず魔法を発動した
【記憶魔法・共鳴侵蝕】
効果:接触した記憶の断片と自己記憶を強制接続。過去の記憶体験を疑似再生する
特性:本人が耐えられないほどの記憶情報に触れると、人格が一時的に錯乱
代償:術者は“自分と誰か”の境界を一時的に失う
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「――わたし……が、滅ぼしたの?
……世界を? ちがう、そんなはず……でも……!」
ティラが膝をつき、叫ぶ。
「“あたし”が……誰を殺したの?」
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カイが咄嗟に飛び込み、彼女の手を掴む。
彼の譜面が、共鳴の魔法を阻止するように奏でられる。
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「違う。それは、お前の記憶じゃない。“植えつけられた記憶”だ!」
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海が揺れ、黒衣の女が波間に浮かび上がる。
だがそれはもう、幻ではなかった。
「君たちは、真実を知る資格があるのか?
……この記憶の海で、“何度も世界を滅ぼした魔女の残響”と向き合う覚悟があるか?」
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その声は、静かに、深く――“過去からの問い”として響いていた。




