唐突な告白とお断り
「大丈夫ですか?」
そう言って、ナナエルはハンカチを差し出された。
ナナエルは何から聞けばいいか分からなかった。
何故結界の中に入れたのか、ナナエルをどうするつもりなのか。
聞きたいことは沢山あるのに唇が戦慄くだけで上手く言葉にできない。
疲れ切ってかさついた唇が震えるだけだ。
「ああ、すみませんでした。自己紹介がまだでした」
そういう事じゃない!!
ナナエルは叫びたかった。
「ウィリアム・ウォードと申します。
結婚を前提にお付き合いしていただけませんか?」
は?
ナナエルは思わずぽかんと彼、ウィリアムを見てしまった。
何をいいだしているのか?
冗談には思えなかった。
「無理です!」
何かを試しているのかもしれないと思ったけれどナナエルにはこの返事をすることしかできなかった。
「何故ですか?」
「私は王子殿下の婚約者候補ですので……」
理由は、他にもたくさんあった。
いきなり結婚を前提にという時点でかなりおかしい。何を言っているのか分からない。
怪しいを通り越しておかしい。
「それでは、婚約者候補から外れた際には考えていただけるという事でしょうか?」
食い気味に聞かれ、ナナエルは本当に困ってしまった。
ぼんくらだと言われていたがこんな変な人だとは聞いたことがない。
無口だとかぼんやりしているだとかそういう話だった筈だ。
「あの、私、あなたのこともよく知らないですし……」
どう考えても無理ですよね。というのを言おうとすると「そうでしたね。まずはお互いをよく知ってから。そうでしょうとも」とウィリアムは言った。
今日何度目かの、そういう事じゃないという言葉をナナエルは飲みこんだ。
「今日のことは……」
誰かに言うつもりがあるのか。ナナエルが気になっていたのはそこだった。
家族に迷惑はかけたくない。
ナナエルにもその位の貴族としての矜持はある。
「二人きりの秘密ということですね!!」
嬉しそうにウィリアムは言った。
それから何事か、魔法の呪文を唱えた。
ふわりと体が暖かくなったと思ったら、疲れが取れていることに気が付いた。
ナナエルも知らない魔法だった。
本当にこの人は、ぼんくらと呼ばれている人なのだろうか。
疑問はあった。
「それでは、あなたに結婚を承諾いただけるよう万難を排しましょう」
ウィリアムはそう言うと、うやうやしく礼を取って、一瞬でかき消えてしまった。
その後、彼がいたという痕跡は何も見つからなかったし、あたりには何もなく、誰もいなかった。
最初から何も無かったように、しん、と静まり返っていた。