変な人
「美しい」
場違いな声にナナエルは驚いた。
そして声のした方を見てナナエルはそこにいた人物にさらに驚いた。
結界はちゃんとしていた。
いま確認しても完璧にはられている。
ナナエルは勉強が好きだった。
それは勿論魔法についても同じだった。
ナナエルよりも魔法が使えるのは宮廷魔術師か、攻撃魔法なら軍人か、それくらいだろうという自信があった。
この人は初めからここにいて一緒に結界の中にいる訳ではない。
明らかにナナエルの作った結界の中に入ってきている。
でも、それはありえないはずだと、最初にナナエルは思った。
だって、入って来て場違いな言葉を言ったのは、とある侯爵令息だった。
彼は悪い意味で同世代であるナナエルたちに有名だった。
彼の家は貴族の中で特殊な家だった。
その特殊が許されているのは圧倒的な魔法の力によるものだった。
彼の父親である侯爵も宮廷魔術師を束ねている。
魔法こそ侯爵家を支えるものである。
そのため、貴族家でありながら長子相続を基本としていない。
一族中で能力のあるものが跡を継ぐ。
とは言え、知識や研鑽に意味はある。
先に生まれた子供の方がそのどちらもを長い期間することができるので、圧倒的に有利なはずなのだ。
彼の家の後継者はいまだに発表されていない。
次女が最有力候補だと言われていることは忙しいナナエルでも知っていることだった。
しかも、学園でも、彼は歴史研究科という、出世コースからも貴族の跡取り教育からも離れた科に通っている。
勿論ナナエルは歴史研究にも興味はあるが、高位貴族が通うような科ではない。
希望者がいないこともあるその科は今年かろうじて三名いるだけの科に通っている彼は、ぼんくらだと言われている筈だった。
少なくとも、そういことになっている。
見た目だけはアイスブルーの瞳に紫がかった銀色の髪そして整った顔なのに、令嬢たちは見向きもしない。
あまりの無気力さと何もしないぼんくらさの方が目立って倦厭されていた。
そういう人のはずだった。
それなのに彼はナナエルのはった結界に平気な顔をして入って来て意味不明なことを言っていた。
彼は多分変わり者であるのは確かなのだろうとナナエルは思った。
それから、王子達に対する暴言を聞かれてしまったことに思い至り、焦ってしまう。
ぼんくらとされる彼の言う事を誰がしんじるのかと言われても困るが、少なくとも王子に知られてしまえばそれが事実でもそうでなくてもこちらの瑕疵として更にろくでもないなにかを押し付けられることだけは明白だった。