真実の愛とやらは私と関係の無いところでして欲しい
ナナエルの仕事が一気に増えたのは、学園に一人の転入生があらわれてからだった。
男爵の庶子だというその女子は男爵家に入るための手続きが入学に間に合わず今の時期になってしまったらしい。
ふわふわとした雰囲気の可憐な少女だった。
美しい顔に令息たちはため息をもらしていた。
ナナエルは、顔と雰囲気だけなら彼女の方が公爵令嬢っぽいと思った。
口に出しては言わないけれど。
王子たちがその季節外れの転入生に興味を持つまでに時間はかからなかった。
彼女と一緒に過ごすため、理由はきちんとは告げられなかったけれど、加速度的にナナエルに押し付けられる仕事は増えていった。
誰よりも早く学園に行き、生徒会の仕事をする。
ナナエルは生徒会の正式メンバーではないため好きな時間に生徒会室に入ることはできない。
朝、人目に付かない時間に書類を仕上げ、懸案事項に付箋を貼る。
それから授業を受ける。
昼休みだけが唯一の休憩時間だった。
急いで昼食を取り残り時間で、むさぼるように本を読んだ。
本当は一日中こうして過ごしたいと思いつつ午後の授業を受け、そのまま王宮に向かう。
対外的には婚約者候補として色々学んでいることになっていることは知っているが、王子妃としては何もできるようにはなっていない。そもそも家庭教師がついていないのだから。
そもそもここまでくれば、ユリウスがナナエルを妃にするつもりなど無いことはわかっていた。何もしていないということはそういう予定がないということだ。
単に便利なものとして使っているだけだ。
優秀とさえ思っていない、単なる便利なもの。
感謝の言葉一つもらったことは無い。
日々増える仕事にナナエルは忙殺されていた。
そんな中、学園ではナナエルは婚約者候補としてふさわしくないのではないかという話がじわりじわりと広がっていっていた。
王子は転入生の男爵令嬢とのことを真実の愛と言っているらしい。
真実の愛に対して、便利な道具。
あまり考えたくも無かった。
勿論父には今の状況は話してあった、「折を見て陛下と話し合う」そう父は言っていた。
けれど状況はどんどん悪化していった。
王子は市井を見るのだと男爵令嬢と出かけるようになった。
更に押し付けられる仕事が増えた。
これでは仕事が終わらない。
ようやく、面会を取り次いだ王子に言うと、心底めんどくさそうな顔をした後、客間を準備された。
それは婚約者に用意するものとは程遠いもので、いくら候補とはいえ、公爵令嬢に与える部屋としても粗末なものだった。
ナナエルは当主である父と相談したいと伝えたが、王子に「これは命令だ」と言われてしまった。
現状を家族に話すこともむずかしい。
「お前は、真実の愛が分からないのだ。
だから私に協力しようとしない」
そう蔑む目で言われてしまい、ナナエルは身がすくんだ。
愛を優先したいというのなら、ナナエルの婚約者候補としての役目はお終いだ。
個人的に王子を手伝う必要は無い。
その矛盾について王子は言葉にすらしない。
王子が真実の愛を貫いてナナエルを婚約者候補から外すというのなら。
大好きな本をたくさん読んで、異国に詳しい家庭教師を頼んで、思う存分学ぶことができる。
けれど、真実の愛を語りながら、王子は婚約者候補の仕事として王子の仕事を手伝うようにというだけだった。
何が真実の愛だとナナエルは思った。
その日のうちに当たり障りのない内容で実家に連絡をしたが、手紙が届いている気配はしなかった。
王宮で中身を確認されて捨てられているのだと思った。
魔法で作った鳥に手紙を運ばせようとしたが上手くいかなかった。
王宮は許可を得たもの以外魔法を使うことが厳しく制限されていて上手くいかなかった。
魔法はちゃんと発動するのに王宮を出ようとしたところで粉々になってしまう。
ナナエルは仕事を手伝うために一部の魔法を使う事を許可されていたけれど、それでも上手くいかなかった。
宮殿を囲む結界魔法に阻まれてしまっている様だった。