第9話 私とデートしなさい
「は? 鶴島、お前本当に何言って——」
「勘違いしないで! あくまでフリよ。フリ。誰がアンタなんかと」
佳奈が慌てた様子で訂正する。
「いや彼氏のフリってどういう……」
びっくりした。ついに気が狂ったのかと思った。
いや、彼氏のフリっていうのも十分意味不明だけど。
「事情があるのよ、私にも」
「なんだよ事情って」
「アンタに教える筋合いはないわ。言う通りにしてくれればいいの」
「なんだよそれ」
「来月の文化祭に私の母親が来るから、その時に彼氏のフリをしてくれればいいから」
つまり、佳奈の母親に対して彼氏のフリをするということか?
さすがにハードル高い気がするが、その一瞬だけならなんとかはできるかもしれない。
「なんでそんなことする必要があるんだ? というかお前、理想の彼氏がほしいんじゃないのか」
「もちろんほしいわよ。あわよくば在学中に婚約でもして、卒業したら結婚したいくらいだわ」
「け、結婚!?」
相変わらず話が飛びすぎている。
まさか高校一年生の間に、同級生から結婚についての話しを聞くことになるとは思いもしなかった。
「まぁとりあえずなんでもいいから、文化祭の日は頼むわよ」
「わかったよ……」
「ということだから、よろしく」
「チッ……」
結局佳奈に押し切られてしまった。
いつもこうやって押し切られている気がするが、これも逆襲のために必要なことだ。今のうちだけ。今のうちだけ……。
「ということだから、明日一日空けておきなさいね」
「はい?」
「当たり前でしょ。彼氏のフリをするんだから、デートの練習もしておくべきよ」
「デ、デート?」
「当然よ。普段から彼氏のフリをしておいてもらわないと、いざという時にボロが出るわ」
「ちょ、お前本当に……」
断る間もなく気づけば翌日。
俺は朝十時から集合場所の駅前で佳奈のことを待っていた。
せっかくの土曜日だというのに、なぜ俺はデートの練習相手に付き合わされているのだろうか。
佳奈のせいで何もかもメチャクチャだ。本来であれば今頃俺は、この高校で歴史に名前を刻むための計画を練っていたはずなのに。
この先のことを考えながらぼーっと空を眺めていると、背中に衝撃が走る。
「いてっ!」
「何ぼーっとしてんのよ。ていうか、アンタ来るの早いわね。まだ待ち合わせの15分前よ」
佳奈も待ち合わせ場所に到着したようだ。
肩越しに後ろを見ると、佳奈の私服姿が目に入った。俺は制服姿の佳奈しか見慣れていないので、少し変な感じがした。
佳奈の私服は、なんというかガーリーな感じだ。それでいて、洒落ていると思う。
チェック柄のブラウスの袖にはフリルのようなものついていて、胸元に大きなリボンのようなボウタイがついている。短めのスカートはセットアップなのだろうか。同じような模様だ。
「念の為な。少しでも遅れようものならどうなるかわからないからな」
「ふーん。そんなこと言って、女子と遊びに行けるのを楽しみにしてたくせにね」
「いや別に」
少しだけ図星だった。今日が全く楽しみでなかったかと言えばそうでもない。
正直俺は女子とデートなどしたことがない。女子と二人で遊んだ記憶は、それこそ小学生の時にイツキと一緒に遊んだのが最後だ。
デートをするということ自体については、いい経験だなと思っている。しかし、問題は相手がこの野蛮な女ということだ。世の男子はもっと普通の女の子とデートしていると考えるとげんなりする。
「というか。お前の方こそ来るの早いな」
「べ、別にたまたまよ。可哀想な童貞くんが張り切って早めに来てたら可哀想だなと思って早めにきただけ」
「ふーん。その割には結構気合い入った格好してるよな」
「は、はぁ? 何勘違いしてんの? キモ! 私服はいつもこんな感じなんだけど? 逆になんなの? アンタのその適当な格好は」
「く……」
痛いところを突かれた。
俺は全くと言っていいほどファッションに興味がないし、おしゃれには疎い。今日の格好もおそらく世間的にはダサい部類に入るだろう。
おしゃれはしたいと思っているが、Tシャツとジーパン以外、夏のファッションを知らない。髪も寝癖を直すくらいで他には特に何もしていない。
一方で佳奈は髪までおしゃれだなと思う。
いつもは結っていない髪の毛を高めのポニーテールにしていて、毛先はカールしている。
「フリとはいえ、こんな格好の男と歩いてるところは見られたくないわね。それに、同じ学校の人たちに見られたら最悪だわ」
「お前が言い出したくせに……。それに、だからわざわざ離れた駅に集合したんだろ」
「まぁそうね」
「で、今日は何するんだよ」
「アンタね。デートプランの一個も考えられないわけ? だから童貞なのよ。全く」
「は、はぁ? 好きな子相手だったら俺もデートプランの一つくらい考えられるけどな」
「本当かしらね。怪しいわ。まぁいいわ。とりあえずアンタのそのダサい服装をどうにかしにいくわよ」
そう言うと佳奈は勝手に歩き出した。
ちょっと待てよ、と言いながら俺はただ着いていく。
そこからは佳奈に導かれるがままに、普段なら絶対に入らないであろうセレクトショップやアパレルブランドの店で買い物をした。いや、させられた。
アンタこれ着なさいとか、今のトレンドがどうのこうのとか、ファッションに関するうんちくを垂れ流しながら、佳奈は楽しそうに買い物をしていた。
俺が知っている佳奈はいつも怒っていて、無茶なことばかり言う野蛮なイメージだったので、こうやって普通の女子高生らしい一面を見るのは初めてだった。
「これでだいぶマシになったわね」
「なんかすげぇ違和感あるな……」
「殻を破りなさい。私の隣を歩くなら多少はおしゃれにしておいてもらわないと困るわ」
「はぁ……」
気づけば俺は全身別の服に着替えていた。
最近のトレンドとか若者っぽいとか、これがどういう服装のジャンルになるのかもわからないが、とりあえずそれっぽくはなったみたいだ。
「ていうか、これ本当に金払わなくていいのか?」
「いいわよ別に。アンタバイトもしてないんだからどうせお金ないでしょ。こういうのはありがたくもらっておくものよ」
買った服の代金は全て佳奈が支払ってくれた。
高校生にしては痛い出費だと思うのが、実家が金持ちだとそこの感覚も違うのだろうか。
さすがに申し訳ない気持ちになりながらも、佳奈の言葉に甘えることにした。
「……すまんな。あ、ありがとう」
「そんなことはいいから次行くわよ次」
佳奈は腕を組みながら次の行き先を考えているようだ。
あそこにしようかなとか、どこそこもいいわねとか、独り言をぶつぶつと言いながら、佳奈は楽しそうにしている。
「決まったわ」
「お、おう」
「私のお気に入りのカフェがあるから、そこでランチにするわよ」
カフェでランチ。俺は一生そういう世界とは無縁だと思っていたが、佳奈のおかげで貴重な経験ができるらしい。こういった面では佳奈との付き合いが全てマイナスというわけでもない気がする。
まぁ、その他の扱いとかを考えるとまだマイナスが勝ってる気がするけどな……。
俺たちは五分ほど歩いて、佳奈がお気に入りだというカフェに入った。
レトロな雰囲気のカフェで、アンティークインテリアを使った洋風の内装が重厚感を演出している。
周りを見渡してみると、おしゃれな女性二人組や、所謂イケてそうなカップルばかりで自分の場違い感をひしひしと感じた。
「なんかすごいおしゃれなカフェだな」
「そうでしょ。お気に入りなのよね」
「さぞかし高級な——」
俺はメニューを見ながら固まった。
コ、コーヒーが千円弱だと…!? 一杯五百円でも高いと思っているというのに……。やはり富豪。価値観の根本から違う…!!
「何固まってんの? 早く注文するわよ。コーヒーでいい?」
「あ、あぁ」
俺が一々驚いているのとは対照的に、佳奈は淡々と注文を終わらせていた。
やはり行き慣れているのか。住む世界が違うな……。
「それで。アンタに聞きたいことがあるんだけど」
「なんだよ」
先ほどまでの楽しそうな雰囲気とは一変して、佳奈は真剣な顔をしていた。
何か俺に真剣な話でもあるのだろうか。とはいっても、俺と佳奈の浅い関係で真剣な話といってもピンとこない。
佳奈は表情を変えずに続けた。
「なんで学年の女子全員に告ったりしたわけ?」
「そ、それは……」
ついに訊いてきたか、このことについて。逆に今まで質問されなかったのが不思議なくらいだ。