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第8話 イツキちゃん


「いやアイツはもう何年も会ってないし、そもそも子供の頃の話だ。今更あったところで……」


 そもそもイツキに関する記憶は曖昧だ。

 どうやって仲良くなったのか、いつから彼女のことを好きになったのか。

 そんなことすら覚えていない。


 ただ、隣町の公園で出会ったことだけはなんとなく覚えている。

 その程度の記憶しか残っていない中でイツキに再開したとして、どうするというのか。


「ふーん。てっきり勇太はまだイツキちゃんのことが好きなんだと思ってたけどなぁー」

「今姉ちゃんに言われるまで思い出すこともほとんどなかったくらいだ」


 嘘をついた。

 イツキとのことは、ふとした瞬間に今でも思い出す。

 とはいえ、正直今となっては声も顔もあまり覚えていない。どんな話しをして、どんなところが好きだったのかも当然記憶から抜け落ちている。


 それに、好きという感情が今でもあるのかと訊かれればそれもわからない。

 しかし、心残りがあるのは確かだ。


「えーつまんないなー。弟の恋バナが聴けると思った思ったのに」

「恋バナなら他でやってくれ」


 約束はせずとも、いつもの場所にいけばいつもイツキはそこにいた。

 なんとなく、そんな日々が続いていくのだと当時の俺は思っていたと思う。

 

「それに、アイツは俺のことなんて何とも思ってなかっただろうしな。じゃなかったらあんな終わり方はしてないだろ」


 彼女は突然俺の前から姿を消した。ある日を境にあの公園でイツキを見ることはなくなった。


 当たり前のように続いてた日常が突然失われて、喪失感というものを初めて味わったのは今でも覚えている。


 イツキは俺の前から姿を消す時、何を思っていたのだろう。何か伝えていれば今が変わっていただろうか。

 そんな馬鹿げたことを今でも思ってしまうのは、ただ思い出が美化されているからかもしれない。


「勇太、これ覚えてる?」


 美鈴がポケットから何かを取り出して俺の前に差し出した。

 まだ封の開けられていない手紙のようだ。かなり長い時間が経っているのか、紙が色褪せているのがわかる。


「なんだこれ?」

「これ、勇太が受け取らなかったイツキちゃんからの手紙」

「そんなのあったか?」

「イツキちゃんがいなくなってからしばらくして、ポストに入ってたんだけど、当時の勇太は受け取らなくて」

「全然覚えてねぇ……」


 そんなことがあったかどうかすら覚えていなかった。

 母親とイツキを同時期に失ったことで、全てを拒んでいたのかもしれない。


「渡しておくね。今更かもしれないけど。この前部屋の掃除をしてたら出てきて」

「そうか」


 俺は美鈴から手紙を受け取る。

 表面には「公園でよく会う男の子へ」と書かれていて、裏面には「公園でよく会う女の子より」と書かれている。


「開けないの?」


 封を開けようとしない俺を見て、美鈴が不思議そうにしている。

 だけど、この手紙を見る勇気が今の俺にはまだない。


 もう何年も美化され続けた記憶と現実のギャップに絶望するかもしれないし、当時の感情や記憶が蘇ってきてしまう恐怖もある。


「今はまだ、開けない」

「そっか」


この手紙を見る時は、俺が覚悟を持てた時だと思う。

 当時の感情や記憶を思い出として消化できたとき、俺はこの手紙を見ていい思い出だったと思えるのだろう。


「まぁイツキちゃんにまた会えるっていうのは忘れて。たとえばの話を聞いてみただけ! 手紙を見つけたから、ちょうど思い出してたの」

「なんだそれ」



 美鈴から手紙を受け取った日から一ヶ月ほど、俺は奴隷として毎日のように放課後は鶴島の家に通っていた。


 家の掃除をさせられたり、問題集の練習台になったり、鳳との相談を聞かされたり。

 まぁ一言で言えば雑用だ。

 

 結局土日に関しては免除された。佳奈が土日までアンタといたら頭がおかしくなるだのなんだの言っていた気がするが、理由はどうでもいい。

 とにかく平日だけになったのは不幸中の幸いだ。


 そして、だんだんと鶴島の奴隷とやらに慣れてきて、こんな日々を受け入れつつある自分に驚いている。


 この日もいつもの如く佳奈の家で食器洗いをしていた。

 いや、よく考えたら同級生の家で洗い物をしてるのは意味がわからんが。


「おい、鶴島。洗い物終わったぞ。もう帰っていいか。そろそろ」

「まだよ。もう一つ仕事があるわ」

「なんだよ」

「私、そろそろ鳳くんに告白されそうな気がするわ」

「ッ……!」


 ついに……。ついにこの時が来たか。

 鳳を紹介してから一ヶ月間、俺は心を無にしてこいつの奴隷をやってきた……。

 ここでついに進展が——。


「で、私断ろうと思ってるの」

「……は?」


 ——ちょっっっとまて。何を言ってるんだこいつは。断る? それはつまり鳳に対して恋愛感情がないってことか……?

 ここまでこいつの奴隷として逆転の転機を待ち続けたというのに……?


「ちょ、ちょっとまて鶴島。お前らいい感じっぽかっただろ? なんで……」

「うーん。なんていうか……」

「なんだよ」

「……タイプじゃないわ」

「はぁ!? 今!? そんなこと最初に言うだろ普通!」

「う、うるさいわね! 一応アンタの紹介ってことだから様子を見ようと思ったのよ!」


 なんだこいつは。変なところで真面目というか義理堅いというか……。

 そもそも今回の逆襲計画は、佳奈が鳳に惚れてくれないと始まらない。

 つまりこの作戦は失敗……?


「まぁそういうことだから。鳳くんは私の理想じゃなかったってこと」

「そーかよ。あんなイケメンで爽やかなやつがダメだったら、他にどんなハイスペックなやつがいるっていうんだよ」

「知らないわよそんなこと。それでも理想の彼氏候補を探すのがアンタの仕事でしょ。奴隷なんだから」


 他人事のように言ってくるが、鳳を紹介するのも大変だったんだぞこっちは。

 久美のいう通り、俺にあんなイケメンの友達ができるわけがねぇ。


 そう、俺は鳳を買収したのだ。それも実の姉である美鈴を餌に。

 鳳が佳奈と付き合ったら美鈴を紹介すると言ったのだ。

 つまり鳳は俺の計画に加担する共犯者というわけだ。


 あの爽やかフェイスで、この計画に乗っかってくるなんて、俺がいうのもあれだが結構腹黒いやつだなと思う。


 ちなみに、学年の女子全員に告白する作戦の時も同様の手口を使っている。

 各クラスの男性生徒を買収し、同級生の女子全員分の連絡先を入手した。

 結局計画は大失敗に終わったので誰にも美鈴を紹介することはなかったのだが。


 我ながらとんでもない行動力と、身内をも売るクズさには関心する。


「それと」

「今度はなんだよ」


 久しぶりの感覚。佳奈が突拍子もないことを言ってくる時の空気感だ。

 次は一体何を言い出すのか。

 これ以上事態が悪化しないように願う他ない。


「アンタ、私の彼氏になりなさい」

「は……??」

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