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第10話 何もわかってないくせに

 佳奈は真剣な顔をしている。

 これは素直に答えるべきだろうか。それとも、事を荒立てないための適当な理由を話しておくべきだろうか。


 正直佳奈を敵に回した時点で、どんな理由を話したところで状況が好転するとは思えなかった。だとすれば、正直な話をしてもいいのかもしれない。


「まぁどうせ特に理由なんてないんでしょうけど。最初にアンタに訊いた時、彼女が作りたくてーとか言ってたし。本当しょうもないわね」


 口を噤んでいる俺を見かねたのか、佳奈が茶化してきた。

 自分が何者かになるため。自分の事を多くの人に認めさせるため。そんな理由をここで話したところで、何になるのだろう。


 行き場を失った感情を吐き出すため? 慰めてもらうため? どれも自己満でしかないんじゃないか?

 佳奈に本当のことを話すべきか葛藤していたが、気づけば口を開いていた。


「俺は、何者かになりたかった」

「何よそれ。意味わかんない」

「容姿も能力も、人望も完璧な姉に対して、ずっと劣等感があった」

「……」


 珍しく佳奈は黙って話を聞いていた。

 俺はそのまま続けた。


「俺は常に姉の劣化版で何をやっても中途半端だったし、人から大きな賞賛を受けたことはほぼない。鶴島、お前や姉のような人間に俺はなりたいとずっと思っていた」

「どういうこと?」

「生まれながらにして容姿や能力に恵まれ、周りに人が集まってきて、常に承認され賞賛されるような人間ってことだ」

「……」


 気のせいか、佳奈の表情が少し曇ったように見えた。

 何か気に障るような事を言っただろうか。

 少し違和感を覚えつつも、次の言葉を紡いだ。


「もちろん才能で全て片付けるつもりはないし、俺もそれ相応の努力は惜しまずやってきたつもりだ。だけど、結局突き抜ける何かを今の今まで手に入れることはできなかった」

「……それが学年の女子全員に告白するのと何が関係あるのよ」

「誰もやれなかったこと、実現できなかったことをして、何者かになりたかったってことだ。正当な努力をしたところで俺は賞賛されない運命だからな」


 ふと佳奈の方に目をやると、眉間に皺を寄せて俯いていた。

 あまりいい反応ではなさそうだが、ここまで話してしまったのだから、最後まで続けようと思った。


「だから俺は無駄な努力もやめたし、他人からの好感度もどうでもいいと思うようになった。満たされないまま死んでいくのは嫌だからな。人に多少迷惑をかけたとしても、自分のそれを満たしたい」


 聞こえないくらいの小声で佳奈が何か呟いている。

 一瞬気のせいかと思ったが、次の瞬間にそれは気のせいでなかったと確信する。


「アンタ、バカじゃないの」


 次ははっきりと聞こえる声で、佳奈は俺にそう言った。

 予想外の反応に、俺は驚いていた。俺の話を聞いた佳奈は無関心もしくは茶化してくるものだと思っていたからだ。


「バカってお前……」

「バカよ。本当にバカ」

「バカバカ言い過ぎだろ」


 佳奈は怒っているのだろうか。それともネガティブなことばかり言ってくる同級生に呆れているのだろうか。


「自分が何者かになるって言ったわよね」

「ああ」

「そんなの自分で決めればいいじゃない」

「自分で……?」


 佳奈の澄んだ瞳が、こちらを真っ直ぐ見ている。


「だから! 自分が何者かなんて、自分で決めればいいでしょ。なんで人から賞賛されないと決められない前提なのよ」

「……」

「しかもそれってキリがないと思うけど。アンタはそれを求め続けて幸せなわけ? 本当意味わかんない。自分で自分を認めればいいじゃない」


 佳奈の言葉がすごく胸に刺さった。

 俺自身を一番認められていないのは俺自身だ。それは痛いほどよくわかっている。だから人に賞賛を求めているのだ。


「それはお前みたいなやつだから言える事だ」

「私みたいって何? 私の何を知ってるの?」

「……お前のことはよく知らない。でも、俺よりも色々な才に恵まれてるのは確かだろ」

「本当バカみたいね。表に見えるものばかりで物事を判断して、自分は悲劇の主人公気取り? アンタは私のことも何一つ分かってないくせに」


 何かが佳奈の逆鱗に触れたのか、佳奈は少し語気を荒げた。

 確かに俺は佳奈のことは何も知らない。ここ一ヶ月程度の付き合いだし、お互いの事を知るような会話をしていないのだから当然だ。


「何分かったつもりになって色々諦めてんの? 本当バッカみたい! 私からしたらアンタみたいなやつが羨ましいわよ」

「……?」


 俺が羨ましい? なんの冗談だ。

 これだけ恵まれたやつが俺みたいなやつに何を羨ましがることがある?


「絶望的すぎる状況に陥って、自分の努力ではどうにもできないかもしれないと思ってしまった時に、アンタならそうやって諦めて、目を背けられるかもしれないわね。それで人生が決まるわけじゃないものね」

「……」

「私は逃げられないし、仮に逃げられるとしても、アンタと同じ選択肢は選ばない。向き合い続けるわ」


 そう語る佳奈の目は、いつも以上に力強かった。

 俺なんかの数倍……いや、数十倍は強いやつなんだろう。

 

 佳奈がどんな人生を歩んできて、どんな状況に置かれているかはわからない。

 でも、俺よりも何かと戦い続けていることは容易に想像できた。


「俺は鶴島みたいにはなれない。弱くて狡い人間だからな」

「あっそ。アンタみたいなやつと話してると本当にムカつくわ」

「そうかよ。俺もお前の奴隷とやらになってなかったら、お前みたいに綺麗事を言う奴とは話したくないけどな。それにお前も俺のことなんて知らないくせに偉そうに」


 俺が佳奈にここまで食ってかかったのは初めてだろうか。

 図星を突かれて余裕がなくなっていたのかもしれない。


「ていうか、俺みたいなやつに説教でもしたかったのか? わざわざ休日に? 相当暇なんだな」


 これ以上口を開いても状況が悪化するのはわかっている。

 わかっているが、どうしようもないやるせない気持ちと、自分への怒りが溢れてきてしまう。


「お前より何もかも劣ってるやつ捕まえて? 脅して奴隷やらせて? で、休日にストレス発散か? 流石貴族様だな。俺みたいな凡人には考えてることが全くわからないね」


 この感情は佳奈のせいじゃない。俺が蓋をしていただけで、向き合わなかっただけで、ずっと持っていたものだ。

 それなのにもかかわらず、俺はその全てを佳奈にぶつけた。我ながら最低だった。


「鶴島、俺はお前みたいなやつが一番嫌いだ。自分が才能に恵まれてることにも気付かず、偉そうに他人に説教するようなやつがな」


 全部言い終わる頃には、俺は引き返せなくなっていた。

 佳奈はどんな顔をしているだろう。怒りで震えているだろうか。伊藤 勇太の本質を見て、心底軽蔑しているだろうか。


 俺は佳奈の顔が見れなかった。自分が情けなくてたまらなかったからだ。


「……もういい」


 佳奈は小さな声でそう呟いた。

 ちらりと佳奈の方に視線をやると、佳奈の頬に涙が伝っていた。

 

 ——佳奈の涙を見たのは、この日が初めてだった。

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