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【9作目】魔女になりたい魔女×ピエロになりたくないピエロ  作者: あぱ山あぱ太朗
道路交通法によって原則二人乗りは禁止されています
9/24

2-3

「さてじゃあ次にいきましょ」

「え、まだどこか行くの?」

 自転車は手に入った。あとは手元に来るのを待つだけじゃないのか。

「まだ春哉には足りてないものがある」

「足りてないもの?」

「安定感よ」

「何の!?」

 生まれてこの方、安定感なんてものを意識したことがない。

「二人乗りをする時のに決まってるでしょ。体幹とか筋肉とかそっちの話」

「あーそういうね」

 体育の成績は中の下、中学時代はテニス部に所属していたが高校に入ってからは帰宅部、とてもじゃないが体幹や筋肉がある方とは言い難い。

「でもどうやって鍛えればいいんだろう? 家で筋トレするとか?」

「春哉。私の経験上、こういうのはある程度の強制力がないと続かないわよ。昔、進○ゼミをやってたけど三日でやらなくなったし」

「文字通りの三日坊主!?」

「なので、春哉にはその環境を用意します」

「まさか……」


 数一○分後、俺と美郷さんはサイクリングマシンで汗を流していた。

「なんでこんなことに……」

「ぜぇ……はぁ……」

 俺たちは最近数を増やしているパーソナルジムの建物内にいる。体験という形で実際のマシーンなどを使ったトレーニングをしているところだった。

 言い出しっぺの美郷さんは、滝のような汗をかきながら必死にマシンを漕いでいるが、そんな彼女に構っている暇もない。自分のことで精一杯だった。

 俺はこんな状況を生み出している『元凶』に視線を送る。

「さぁ、がんばれ! 君たちは僕のハートに火をつけた! 絶対に二人乗りを成功させようじゃないか!」

 トレーナーの宮大輝さんは瞳の中の炎を轟々と燃やしている。

 最初に話していた時とは熱量が違う。またしても、美郷さんがやってくれた。

 ……この人も同じだ、さっきの浦さんと。


「あ、カップルで体験なんて羨ましいですね」

「いえ、友達なんです」

 咄嗟にそう答えたけど、俺と美郷さんは友達ってことでいいんだよな。

 この関係に名前をつけることは難しい。美郷さんは召使いとか言ってるけど、あながちそれも間違っていない気がする。認めたくはないけど。

「そ、それは失礼しました! では、入会の目的を伺ってもいいでしょうか?」

 なんて説明すればいいのだろう。バカ正直に答えたらさっきの二の舞だ。

 反省を活かして、ちょうどいい感じに濁した回答をしよう。

「あのですね、その、安定感を持って自転車に乗りたくて……」

「は、はぁ」

 何言ってるんだコイツ、という顔をされる。はい、自分でもそう思います。真の目的は二人乗りではあるが、自転車に乗るためだけにジム通いなんて狂っている。

「じゃあ足腰とか体幹、かなぁ……? その、ずいぶん変わった目的ですね。もしかして、自転車関係の部活とかに入ってたりするんですか?」

「いえ、そんなこともなくて」

「じゃあ何が目的で……」

 どうしよう、質問攻めをされてしまったらいよいよ苦しいぞ。

 頭をフル回転して言い訳を考えるが、アドリブが不得意な人間からはなかなかそんなものは生まれてこない。

「二人乗りよ」

 だというのに、あっさり美郷さんが目的をバラしてしまう。

「え、それは良くないんじゃないですかね。私共も誇りを持って仕事をさせてもらっているので、犯罪行為に加担するわけには——」

「あなたはなんで筋肉を鍛えようと思ったの?」

 それからは以下同文である。

 浦さんと全く同じだった。宮さんは青春時代を思い出し、俺の頭には存在しない記憶が流れ、宮さんは人目を憚らず泣き崩れて、美郷さんが決め台詞を言う。

「やるなら真剣にやろう! もし、君たちが二人乗りで事故を起こしたなら、僕はもう二度とタンパク質を摂らない」

「いや、タンパク質はしっかり摂ってください!」

 そんなこんなで、今に至るというわけだ。


「今日は初回だからこれくらいで! 次から少しずつセットを増やしていこう! あ、それと、入会の時は親御さんの同意が必要だから書類に記入をしてもらってね!」

 一通りのメニューをこなし、ジム備え付けのシャワーで汗を流す。ニコニコと笑う宮さんに見送られながら建物を後にした。

 運動不足にはかなりキツかったけど、終わってみると不思議と爽快がある。

 汗を流した後に浴びるシャワーは格別だった。今回は利用しなかったが、今流行りのサウナもあったし。

「えーと、とりあえず入会する方向でいいのかな?」

 魂が抜けたようにふらふら歩いている美郷さんにおそるおそる確認してみる。

「私は絶対にパス! 魔女に運動は無理! そもそも、二人乗りするためだけにわざわざジムに通う必要なんてないでしょ!」

「美郷さんがそれを言うの!?」

 さっきと一八○度違う人になっていた。

「けど、あんなにやる気になっている宮さんから逃げられるのかな?」

「ごめん、春哉には犠牲になってもらうわ」

「そんな気はしてたよ! ちくしょう!」

 どうやら、俺一人でジム通いをすることになりそうです。

 思った以上に楽しかったから構わないけどさ。やっぱり、男に生まれた以上はちょっとくらい筋肉が欲しいし。

「私は細マッチョくらいが好みだから、春哉はゴリゴリにはならないでね」

「元よりそれくらいのイメージだったけどさ。でも別に、美郷さんの趣味に合わせる必要はないわけだよね……?」

 美郷さんからしても、俺の体型なんてどうでもいいだろうし——

「やだよ。だって、私は春哉のことが好きだから」

「えっ」

 相変わらず表情は読み取れない。

 だけど、文字通りに解釈するとそれはつまりそういうことだよな?

 すっかり茜色に染まっている街並み、センチメンタルな刻の流れ、俺と美郷さんがいるこの空間・時間だけが世界から切り取られているような感覚だった。

 目が離せない。心臓がバクバクとうるさい。俺はこの想いにどう答えれば……。

「頼りなくてしょぼい感じの春哉の方が好きかな。その方が揶揄い甲斐あるし」

「あああああああああ! バカだ、俺! 美郷さんがこういう人だって分かってただろうに! 何恥ずかしい勘違いをしてるんだよ! うおおおおおおおお!」

 自分の痛すぎる勘違い、美郷さんのミスリード、その全てに対して怒りの感情があるけど、今はとにかく穴があったら入りたい。

「あはは、赤くなってて面白い!」

「こ、この悪女め!」

 美郷さんはジタバタする俺を見てゲラゲラと笑っている。そんな彼女にふさわしいのはまさにこの二文字だろう。

「それは違うよ、春哉」

「……何が?」

「私は悪女じゃなくて、魔女だから」

「やかましいわ!」

 ふと、自分が心から叫んでいることに気が付く。完全に没入していた。いつもはコントローラーを握って自分というキャラを操作している感覚があるのに。美郷さんと話している時は、俯瞰癖が顔を出すことがほとんどない。こんなことを考えてしまっている時点で完治には程遠いんだけどさ。それでも俺にとっては大きな変化だ。

「ほら機嫌直して。なんか運動したらお腹空いちゃったし、ご飯でも食べにいかない?」

「あー言われてみれば。うん、じゃあ行こっか」

 あらためて意識をしたら、何だかとても空腹な気がする。俺の場合は運動で疲れたというよりは、ツッコミのし過ぎで疲れた感じだけど。

「気になっていたお店があるんだけど、いい機会だしそこでもいい?」

「あ、それならそこにしようか。好き嫌いはないし」

「そもそも春哉に拒否権はないけどね」

「あるわ!」

 再三言っているが、俺たちは対等な関係です。

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