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【9作目】魔女になりたい魔女×ピエロになりたくないピエロ  作者: あぱ山あぱ太朗
道路交通法によって原則二人乗りは禁止されています
8/24

2-2

「春哉、ちょっと今日付き合って」

「み、み、美郷さん!? 昨日の約束は!?」

 放課後になるなり美郷さんから呼び止められる。協力するといった手前、それ自体は構わないのだがここは教室だ。当然のように周囲の目がある。約束と違うじゃないか。

「だって、話し掛けるタイミングを見計らって春哉の後をつけるとかバカらしくて」

「分かった! それについては対策を考えるから一回教室を出よう!」

 幸いなことに、大騒ぎしそうなメンツである智慧、兎田さん、絵莉は部活やら何やらで教室を既に出ている。あとはしれーっと教室を出れば目立つこともないだろう。

「絵莉がいないのが不幸中の幸いか……」


「——誰がいなければ?」

「い、いやだ! 振り向きたくない!」


 聞き覚えがあって、今もっとも聞きたくない声が背後から聞こえてきた。

「何もないって話じゃないんだっけ?」

「な、なんでここにいるんだ、絵莉!? さっき教室を出たんじゃ!?」

「ごめーん、日部くん! あたしが呼んじゃった!」

「思わぬ伏兵!?」

 少し離れた場所から鶴島さんがニコニコ笑顔で手を振ってくる。そうだった、この人と絵莉の間に繋がりがあることを失念してきた。

「美希に呼ばれて飛んでくればこの通りよ。これで二日連続なんだけど申し開きは?」

「あ、あれだよ! 川越先生から頼まれてる課題を手伝ってもらうことになってて!」

 咄嗟にそんな言い訳を考えつく。魔女云々とかは言っても話が拗れるだけだし。

「何言ってるの、春哉。私そんな面倒なことしないからね」

「せめて口裏を合わせて!?」

 味方から背中を撃たれる。美郷さんはあっさりと俺の嘘をばらしてしまう。

「やましいことがないなら、なーんで嘘をつく必要があるのかなー?」

 絵莉が怖いくらいに笑ってる。でも、俺には聞こえるぞ。

 ゴゴゴ……と、絵莉の心情を表したような禍々しいSEが。

「あと、春哉の過去の女さん。私たちは忙しいから今度にしてもらえる?」

「ちょ、美郷さん!?」

 美郷さんがとんでもないことを口にした。この人、言葉を精査せずにズケズケものを言うから攻撃力が凄まじすぎるんだよな。

「か、か、過去の女……」

「ちなみに、私が今の女とかそういうことじゃないからね。勘違いしそうだから先に釘を刺しておくけど。そういう見境のない幼稚な嫉妬に巻き込まないでほしいって話」

「よ、よ、幼稚な嫉妬……」

「それと猛烈にアタックしてれば、相手が振り向いてくれるって考えは短絡的すぎがな。もうちょっと余裕のある女になりなさいよ」

「ぐさっ!」

「やめて、美郷さん! 絵莉のライフはもうゼロよ!」

 昨日の俺みたいに絵莉がグロッキーになっていた。美郷さんは容赦がない。皆がオブラートに包み隠していることを、そのまま剥き出しでぶつけてくる。

 良くも悪くもコミュニケーションがストレートだ。常に直球勝負である。

「そもそも、春哉のどこにそんな価値があるっていうの」

「流れ弾!?」

 た、確かにそれはそうなんだけどさ。

 話を聞いていたクラスメイトの何人かが「うんうん」と小さく頷いてるし……ちくしょう、君ら顔覚えたからな!

「っ……! 春哉は、めちゃくちゃカッコいいんだから……!!」

「ファ!?」

 いい感じにオチがついたと思ったのに、絵莉がとんでもない暴走を始める。

「ちゃらんぽらんのようで周囲のことをよく見てるし、何だかんだお人よしだから困っている人のこととかは放って置けないし、そういう不器用なところがいいの!」

「やめ、えり、俺死んじゃう……っ!」

 全身が痒くて痒くて仕方ない。悶えるってこういう状態を言うんだと思う。

 この話を聞いているクラスメイトの一部は床や壁を殴ったり、息苦しそうに胸を押さえて転倒したりと大変なことになっている。

「……それは私も知ってるし」

 ギリギリ聞き取れるような小さな声で美郷さんが呟いた。

 その意味を咀嚼して飲み込む余裕は今の俺にはない。

「自分の弱さとか無力さを人一倍に分ってるけど、それでも人に優しくしようって努力してる。それを見せないように必死なところも可愛い。うん、なんかカッコいいって言うか可愛い! なんかこうヨシヨシってしたくなる感じ? どう、分かった!?」

 絵莉が喋り終わると教室がシーンとする。俺も含めて全員が放心状態だった。

「えー、うん。だってさ、春哉」

「美郷さんのせいだからね!? どうしてくれるのこの状況!?」

 今更こちらに振られても困る。俺の手腕で対処できる空気ではなくなっていた。

「その、元カノさん。ちょっと春哉のこと借ります。じゃあそういうことで」

「ちょ!?」

 俺の手首を掴んで美郷さんが走り出す。

 このどうしようもない空気の中で、彼女は『逃げる』の選択肢を取ったみたいだ。

「ま、待ちなさいよ!」

 絵莉の静止は虚しく、俺たちは一気に下駄箱まで駆け抜けた。


「春哉もなんか大変だね」

「その原因の一端は間違いなく美郷さんだからね!?」

 靴を履き替えながら文句を言う。明日クラスメイトにどう弁解をすればいいのか。

「う、それはごめん。私っていわゆるコミュ力がない人だからさ。春哉みたいに場の空気を読むとか、愛想を振りまくとか苦手で……」

 こんな風に素直に謝られると強くは言えない。

 美郷さんに自覚があるのであれば、改善することもできるし、そういう意味では彼女も場の空気とか流れとかの片鱗は分かっているんだと思うから。

「まー、せっかく俺と話してる時は自然でいい感じなのに、勿体無い気はするよ」

「べ、別に春哉と話してる時も普段通りだし!」

「そんな過剰反応するとこ!?」

 深い意味もなくて、こんなノリで話せばいいのにって話でしかない。

「なんか春哉だけに懐いてると思われるのは心外なの!」

「そういう意味じゃないって!」

 大体、俺にだって懐いてはないだろ。辛辣だし、遠慮ないし、雑に扱ってくるし。

「あくまで、私が春哉を使役しているってことを忘れないで!」

「別に使役されてないから!」

 あんまり強く否定できなくなっている自分がいるけどさ。

「……それで今日は何をするの? また美郷さんの家?」

 何か要件があって美郷さんは声を掛けてきたわけだ。十中八九、魔女に関係することだとは思うが、昨日の今日で何をするのかは想像がつかない。

「それは着いてからのお楽しみ」

「とてつもなく不安なんだけど!」

 やっぱり、良いように使われているのかな俺って。


   ***


 JR根岸線で関内まで移動する。

 通学路や電車内では絶妙な距離感を保っていたので、周囲から噂されるようなことはないと思うけど、こんなに移動をするなら事前に説明をしてほしかったところだ。横浜乗り換えなので定期券の区間内ではあるが、電車賃が発生する可能性もあったわけで。

 そこまでして市街地に出てきた訳だが、美郷さんは何をするのが目的なのだろうか。

「美郷さん、どこに向かってるのこれ?」

「私たちの輝かしい未来、かな」

「そういう概念的なものじゃなくて! 場所だよ、場所!」

 着いてからのお楽しみとは言っても、ここまでの大移動となるとそろそろ目的地を知っておかないと不安になる。

「春哉に必要なものってなんだと思う? 笑いのセンス以外で」

「取り消せよ……!! 今の言葉……!!」

 自分には笑いのセンスがあるという自負があった。だから、その言葉だけはいくら温厚な俺でもスルーすることができない。俺の心はメラメラと燃え上がっていた。

「あ、なんかごめん。取り消すね」

「そんなお手軽に!?」

 この感情をどこに置けばいいのか。やり場がなくなってしまった。

「で、今必要なもの、分かる? RJエネルギーを溜めるにあたって」

「あー、もしかして自転車?」

「そう正解」

 二人乗りをするにあたって、そもそも自転車がないことには始まらない。

「そういうわけで、ここの自転車屋さんが目的地でした」

 美郷さんが腕を掲げ、指し示したのは街の自転車屋さんだった。店の入り口は透明なガラス張りになっており、店内に置かれている数多くの自転車が目に入る。

「え、今日買うの? ちょっとお金が……あとどうやって持って帰れば……」

「大丈夫、私もちゃんと応援するから」

「せめて手伝ってくれる!?」

 応援で財布の中身は増えないし、自転車を自宅まで持って帰ることもできない。

 まぁ、バイト代もそこそこ貯まってるし、そのまま乗っていけばなんとかなるか……?

「いらっしゃいませー! どんな自転車をお探しですか?」

 店内に入ると、頭頂部が少し寂しい店員さんが声を掛けてくる。

「えーと、普段使いできる……いわゆるママチャリ(?)みたいなのを探してまして」

「シティサイクルですね! それだとこの辺がおすすめですよー」

 店員さんの後に続くと、よく街で見かけるママチャリ……いや、シティサイクルがずらりと並んでいるエリアに案内される。

 原色やパステルカラーと様々な色の自転車がズラリだ。

「げ」

 値札に書かれている数字を見て、思わずポケットの中にある財布を触ってしまう。

 自転車って結構高いんだなぁ。月のバイト代の半分とまではいかないが、そこそこの値段がする。

「この辺のモデルは軽くて非常に使いやすいと思いますよ」

「なるほど、ですね」

 ソワソワしながら自転車を眺めていると、ちょんちょんと背中を突かれる。

「何、美郷さん?」

「これだと、二人乗りできなくない?」

「あ、ほんとだ」

 店員さんがオススメしてくれる自転車は、後輪のところに何も付いてないものばかりだった。これだと二人乗りをする際に座れる場所がない。

「あの、こうなんて言えばいいんですかね。正式名称が分からないんですけど、後輪のところに台座(?)みたいなやつが付いてる自転車がいいんですよね」

「あーたぶん、リアキャリアのことですかね。もし、前と後ろにカゴが欲しいってことでしたら、こちらのモデルなんかが——」

「それだと二人乗りができないでしょ!」

「ちょ、美郷さん!?」

 望んだ答えが得られないことにシビレを切らしたのか、美郷さんが声を荒げる。

 こちら側が『本当の用途』を隠していたことが原因なのだけれど、馬鹿正直に「二人乗りに適した自転車はありますか?」とは聞けない。

 なんとか答えを引き出そうと四苦八苦していたのにこれでは水の泡である。

「いやいや、二人乗りは駄目だよ!」

 当然の指摘である。二人乗りは法律で禁止されているのだから。

「なんだか要領を得ないと思ったら、それが目的だったんですね。さすがに二人乗りを前提としている方には販売できませんよ。君たち高校生でしょ? そんな危ない目的のために自転車を使わないで、もっと他にもやることが——」

「おじさんはなんで自転車屋をやろうと思ったの?」

 店員さんの説教を遮って、美郷さんは意図がよく分からない質問をする。

「そ、それは、自転車を通じて人々の幸福に寄与したいと思って……」

「思った以上に壮大な理由だった!?」

 いかん、いつもの癖でツッコんでしまった。なんかもっと自転車をイジるのが好きだからとかそんな理由だと思っていたのに。

「そのきっかけはさ。おじさんに自転車との思い出があったからじゃないの?」

「お、思い出……」

「おじさんの青春」

「私の、青春…………ハッ!?」

 その時、おじさんの脳内に走馬灯が流れた(ような気がする)。

 人生の春。青い春。

 自転車で並走しながら友達と馬鹿騒ぎをした。雨の日は雨ガッパを着て通学路を走った。自転車の鍵を無くして母に叱られた。パンクした自転車を今は亡き父に直してもらった。

 そして、初めての彼女と二人乗りであぜ道を駆け抜けた。

 ————おそらくそんな感じ。

 いや、なんで俺の脳内に存在しない記憶が流れ込んでくるんだ!

「うわぁああああああああああああ!! ぐうわああああああああああああああ!!」

 店員のおじさんはボロボロと泣き出した。店内に他のお客さんがいないので良かったものの、なかなかカオスすぎる状況である。

「若者から青春を取り上げる権利なんて誰にもないわ」

「いやいや!? なんかカッコいいこと言ってるけど、どうするよこの状況!?」

 こんな状況なのに、美郷さんは通常運転である。

「……大丈夫だ、少年。取り乱してすまなかった。そうだな、髪の長い嬢ちゃんの言う通り、若気の至りに目を瞑ってやるのが大人の余裕か。今の社会は極端に失敗を恐れ、失敗したものをとことん貶めようという風潮がある。それじゃあ駄目だ。人は転んで成長していく。それを社会が許容し、後押しをしていく。そういう相互補完的な——」

「長い」

「結構いいこと言ってたのに!」

 おじさん特有の語りは、美郷さんの一言で中断させられてしまった。俺は校長先生の話よりは興味深く聞けていたので残念である。

「いや、いいんだ。歳を取ると駄目だな、本当に。とりあえず分かった。二人乗りにふさわしい自転車を用意しよう。色々と準備があるから何日か時間をくれないか」

「あの、普通の自転車で大丈夫なので……」

 予算もそこまでないし、時間をかけることでもないと思う。

「二人乗りを舐めるな! やるからには全力でやれ! それに、だ。万が一にも君たちが事故を起こしたときは、私は責任を持って腹を切るつもりだ……!」

「なんなのこの人!?」

 乗せたら不味いタイプの人を乗せてしまったのかもしれない。

「浦和也、しがない自転車売りさ」

「聞いてないですって!」

 とても個性的な店員さんと知り合いになってしまった。この後、二人乗り用カスタマイズ自転車が完成次第、追って連絡をくれるとのことだ。

 一応は自転車を手に入れることができるので、結果オーライなのかな……?

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