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【9作目】魔女になりたい魔女×ピエロになりたくないピエロ  作者: あぱ山あぱ太朗
こんなテンプレみたいな出会い方ってある?
5/24

1-5

 学校の敷地を出てから一五分くらい経った。住宅街の中を歩き続けているが、一向に目的地らしき場所には辿り着かない。

「そろそろどこに向かっているのか教えてくれない?」

 さっきから、美郷さんはとにかく付いてきての一点張りだった。

「着いた」

「え、着いた? でもここって……」

 目の前にあるのはごく普通の一軒家。二階建てでガレージと小さな庭がある。駅からは少し離れているが、建物も綺麗だし敷地も広い。不景気が続く今の日本で、これを『ごく普通』の一軒家と評していいのかは賛否がありそうだ。

「ここが私の家」

「あ、そんな気はしたけど。じゃあ、今日は解散ってことでいいのかな?」

 結果的に美郷さんを家まで送り届けた形だ。一体、作戦会議とは何だったのか。

「何言ってるの、今から作戦会議をするのよ。ここなら周囲の目もないでしょ?」

「はぁ!? いやいや、それはまずいでしょ色々!」

 同性ならまだしも、異性の家に入るのはとんでもないハードルがある。何よりもまだ知り合って間もないのに、いきなり家にお邪魔するのは厚かましくないだろうか。

「大丈夫、大丈夫。母も父も仕事でいないし」

「余計にまずいでしょ!」

 同級生女子と家で二人きりというのは、かなり示唆的なシチュエーションだ。

「気にしないで。春哉の溢れんばかりの性欲はちゃんと受け止めるから」

「受け止めなくていいよ! 俺をなんだと思ってるのさ!?」

「性欲モンスター? 高校生男子なんてそんなものでしょ」

「違うよ!? 何その偏見! 全高校生男子に代わって抗議する!」

 性欲は確かにあるけど、優しさや理性だってちゃんとある。比率として半々くらい……4対6、いや3対7くらいだな。三割の優しさと理性を信じてほしい。

「あの、私初めてだけど、優しくしてくれると……嬉しい」

「だから何もしないって!」

「なら、問題ないでしょ。家に上がっても」

「ぐぬ……」

 そう言われればそうなんだけど、心の準備というものがですね。

 絵莉とは健全なお付き合いをしていたので、こうして異性の家に上がるのはこれが初めての経験だった。

「ほら、いいから上がって」

「わ、分かったよ。お、お邪魔しまーす」

 美郷さんに促されて玄関に足を踏み入れる。

 ついに同級生女子の家に上がることになってしまった。しかも二人きり。何もしないとは言ったものの、この胸のドキドキを抑えるのはなかなか難しい。

「おかえり、キキー。……ってあれ? あれれ? あれれれー??」

 誰もいないと聞いていたのだが、中に入るなり一人の女性が顔を出した。

 やや青みがかった髪にすらっと美しいボディ。大人の色香がムンムンと漂う壮年女性。ここが自宅の中であることを考えると、おそらく美郷さんのお母さんなのだろう。

 そんな美郷母はニヤニヤした顔でこちらを見ており、明らかに誤解をしていそうだ。

「え、お母さんなんで? 仕事は?」

「今日は半休をもらったの。半年前くらいからずっと言ってるでしょ。今日、五月八日は結婚記念日って! このあとダーリンとディナーよ!」

「ずっと言われ続けてると、逆に印象に残らないんだって」

 二人の会話を静観する。印象としては親子仲がいいんだな、と。漫画とかで出てくるような、気さくでのほほんとしたお母さんって感じ。おまけに夫婦仲も良好みたいだ。俺らくらいの子供がいて、ここまで夫とラブラブなのも珍しい。

「それでそっちの彼は!?」

「あ、すみません! お邪魔させてもらいます。自分は美郷さんと同じクラスの日部春哉と言います!」

 おっと、こちらにお鉢が回ってきた。できるだけ丁寧にはっきりと挨拶する。

「へぇ、春哉くん! すごいしっかり者! それに若い頃のダーリンそっくり! 人畜無害そうで、毒にも薬にもならないけど、なぜか惹かれてしまうというか!」

「えと、どうも……?」

 果たしてこれは褒められているのだろうか。

 付き合うには刺激が足りなそうだけど結婚するには良さげな人。なんて兎田さんから言われたことがあったけど、それと関連しているような気がする。

「子供は異性親に似ている人を好きになりやすい、みたいな話を聞いたことがあったけど、あれって本当だったのね! さすがキキ、私の娘よ! 見る目がある!」

「あ、うん。もしかしたら今日、この人に処女を捧げることになるかも」

「バカなの!? 自分の親の前で何を言ってるの!? 繰り返すけど、何もしないから! ほ、本当に何もしないですからね!?」

 美郷さんは親と話したくない話題ランキング一位の話題を堂々とぶっこむ。こんなことを言ったら、あらぬ方向で誤解されてしまう。娘についた悪い虫的な。

「じゃあ、明日はお赤飯ね! あ、ちゃんと避妊具は持ってるかしら?」

「親子揃ってイカれてる!?」

 思っていた反応と全然違う。悪い方の意味で。こんな過激なツッコミが許されるくらいには、だいぶエキセントリックなお母様だった。

「すごい! その無駄に勢いのあるツッコミもダーリンにそっくり!」

「あぁ、お父さんと腹を割って話がしたい!」

 俺には分かる。美郷父はこの母娘に挟まれてとんでもない苦労をしているはずだ。

 ……あと『無駄に勢いのあるツッコミ』ってなんだ。娘からも言われたけど。

「あっ、そうだった! ダーリンがそろそろ会社を出られるみたいなのよ! じゃあキキ、ご飯作っておいたから温めて食べてね。あとは戸締りとしっかり避妊よろしく!」

「誓って変なことはしませんので!!」

「いってらっしゃいー」

 嵐みたいな人だった。美郷母は荷物をまとめて玄関を飛び出していく。

「こ、個性的なお母さんだね」

「あの人っていわゆる負けヒロインなのよ」

 矢庭に美郷さんがそんなことを言い出す。

「いや、いきなり何の話!? しかも自分の親に向かって失礼じゃない!?」

「最後まで聞いて。ご自慢の無駄に勢いのあるツッコミを抑えてちょうだい」

「俺のツッコミをバカにしすぎでしょ!」

「だからそれ」

「ぐぬ……分かったよ、ちゃんと聞くから」

 美郷さんは少し不機嫌そうな雰囲気を醸し出す。あんまり茶々を入れない方がいいみたいだ。決して『ご自慢』なんかではないけど、ツッコミは控えようと思います。

「うちの母と父って幼馴染なのね。家が隣同士で」

「すごいね、それは。かなり長い付き合いなんだね」

 生まれてからずっと神奈川県内に住んでいるが、これまで何度か引越しを経験している。一つの場所に腰を落ち着けたことがないので、近所付き合いも長く続かない。

 だから、そういう腐れ縁みたいな関係にはちょっと憧れがある。

「うん、でも母にとっては致命的だった。この世界には『幼馴染は結ばれない』ってルールがあったからね。それに母は青っぽい髪色だけど、これもまた泣きっ面に蜂だった。『青髪女子は結ばれない』なんてルールも存在していたから」

「え、それって物語とかのあるあるみたいなものだよね?」

 負けヒロインという概念はあくまで創作世界での話だ。現実世界では幼馴染だろうがどんな髪色だろうが、意中の相手と結ばれることができる。

「今は創作だけの話に留まってるけど、一昔前は違ったのよ。時の力を持った魔女たちが好きな人を『幼馴染』だったり『青髪』の女性に取られたらしくて、その腹いせに一生掛けて集めたRJエネルギーで『幼馴染』とか『青髪』が結ばれない呪いをかけたの」

「そりゃ迷惑な話だねぇ!?」

 なんだそのノーベル賞に数学がないみたいな理由は。あくまで俗説ではあるんだけど、ノーベルが恋人を数学者に寝取られたから、とかそういう感じに近い。

「でも、私は『一昔前』って言ったでしょ? その理不尽なルールを変えてしまった偉大な魔女がいたの」

「あ」

 そんな呪いがあったのなら、なぜ美郷母は意中の相手と結ばれている?

 それまでのルールでは、美郷母と美郷父が結ばれることはあり得ないはずなのに。

「母はすごい魔女なのよ。なにせ世界のルールを変えちゃったんだから」

「……そうか、お母さんも魔女なのか」

「そうそう。あんなのでも歴史を変えた偉大な魔女なのよ」

「あんなのって」

 本当に尊敬しているのか、とツッコみたくなる。

 しかし、話を聞く限りすごいな。積年の呪いを一代で解決してしまったのだから。

 おかげさまで幼馴染と青髪のヒロインは、意中の相手と結ばれることができるようになったわけみたいだし。

「けど、分からないのよねー。そんなレベルのことが可能なら、魔法でもっとすごいことができたはずのに。なんであんな『人畜無害で毒にも薬にもならない』父と結ばれることに全てを捧げてしまったんだろう」

「あはは、何でだろうね……」

 他人事に思えなくて美郷父に同情した。嫁と娘から散々の言われようだ。

「まぁ、いいや。じゃあ私の部屋、二階だから」

「……りょーかい」

 何だかドッと疲れてしまった。階段を登っていく美郷さんの後にのそのそと続く。いよいよ二人きりの状況なのだが、あの嵐の後では緊張もドキドキもしなかった。


「ここが私の部屋」

「何というか、すごいな……これは」

 どうせ美郷さんのことだから、ベージュとかピンクとか淡い色系の装飾でほんのりいい匂いのする女子っぽい部屋、なんかでは絶対にないと思ってた。

 それに関しては予想通りだ。だが、これは想像を超えてきた。

「ステキでしょ?」

「そ、そうね」

 俺の趣味には合わないが、統一感があってこれはこれでオシャレな部屋だ。某アニメ業界巨匠の描く世界観のような。

 年季の入ったアンティークの家具たち、その中でも大きな振り子時計やドレッサーが目を引く。壁に立て掛けられた大きな箒、むせ返るような緑の観葉植物の数々、机の上に置かれた大量の小物。煌びやかな指輪やイヤリング、宝石や水晶、民族性が強いお守り。

 そんなものが所狭しと並んでいる。全体的に物が多い。

「これぞ魔女って感じ!」

「なんかもう、魔女というアイデンティティに生活まで浸食されてるね……」

「まず見た目から入るタイプなの! ほら、いいからその辺に座って」

「座るってどこに?」

 物に溢れかえった部屋なので、どこで腰を下ろせばいいのか分からない。

「ほら、そこのベッドとか」

「え、嫌じゃないの?」

 ベッドってプライベートエリアの最たるもので、他人に侵入されるのには抵抗がないか。少なくとも俺は、付き合いが浅い人間には踏み入ってほしくない。

「春哉ならいいよ、親友だし」

「まだ知り合ってから二桁時間も経ってないのに!?」

 しかし、本人が良いと言うなら仕方ない。おそるおそる美郷さんのベッドに腰掛ける。

「よいしょ」

 それからすぐ隣に美郷さんも座ってきた。ふわりとシャンプーの素朴な香料の匂いがする。距離が近い。こういう時に自分が男子であることを否応なく自覚してしまう。

「あ、えと、そ、それで何の話をするんだっけ?」

 いかん、声が上擦ってしまった。

 少し落ち着いて考えてみたら、やはり異性と二人きりで個室にいるわけで、そのことを意識したら途端にダメになる。

「え、緊張してるの。もしかして春哉って童貞?」

「いや、まぁそうだけども! そういう話やめようよ、この状況で!」

 ただでさえ色々意識してしまっているのに、ここでセクシャル全開の話をされてしまったら、思春期の男子としては辛抱が堪らなくなってしまう。

「どうしよう。童貞ってそういうビデオの知識に冒されてるから、技術云々じゃなくてかなり痛い思いをするって聞いてるんだけど」

「だから、何もしないって!」

 一体、何回目なんだろう。このセリフを口にするのは。

 ちなみに童貞男子の名誉のために言っておく。いくら童貞であっても、そういうビデオでの行為があくまでエンターテイメントであることは重々承知している。

 だがそこには男子の夢が詰まっているのだ。

 現実には起こり得ないと分かっているからこそ、それは尊く美しく、そして価値を持つ。そんな夢を見せてくれる女優さんには感謝しかない。

 いや、何を言ってるんだ俺は。

「……なんて軽い冗談で、浮ついている春哉の気を紛らわせた訳だけども」

「全ては美郷さんの手のひらの上だった!? ありがとうね!?」

 複雑ではあるが、おかげ様でドバドバとアドレナリンが出たみたいだ。その高揚感で異性と二人でいることのドキドキを塗りつぶすことができた。

「ってことで、そろそろ本題に入っていい?」

「う、うん。ごめん、お待たせ」

 そもそも、『作戦会議』をするためここに呼ばれたのだ。

「これから春哉には青春をしてもらいます」

「えーとあれだよね。RJエネルギー(?)を溜めるために」

「そう。私はあの箒で何としても空を飛びたいの」

 美郷さんの指差す先には、壁に立て掛けられた箒がある。その箒は本来の使用用途である掃除に使われた形跡はなく、柄の部分には可愛らしい赤いリボンが巻かれていた。

「でもかなりのエネルギーが必要、と。……ちなみにどれくらいなの?」

「正確な数値はちょっと分からないけど、たぶん1万くらいかなぁ」

 RJエネルギーの獲得難易度が分からない以上、多いのか少ないのか分からない。

「ちなみに1RJエネルギーを手に入れるのはどれくらい大変なの」

「うーん、分かりやすいのだと何だろう。バレンタインデーに異性から貰った本命チョコ一個が大体1RJエネルギーに相当するかな」

「本命チョコとイコール!? それって結構なハードルじゃない!?」

 異性から一万個も本命チョコをもらうなんて、芸能人クラスでようやく達成できるレベルだろう。

 俺個人に関して言えば、絵莉から今年貰ったのが人生初の本命チョコだった。

「もちろん、本命チョコをもらう以外の手段でも大丈夫よ。ただ、どっちにしろ本命チョコ一個に匹敵する恋愛イベントが必要になるから、恋愛系に限定するのであれば春哉には100股くらいしてもらわないとキツイかな」

「嫌だし、無理だよ!?」

 だとしたら人選をミスっている。こちとら顔面偏差値54なので。

「無理で簡単に片付けないで、どうしたらできるかを考えるのが社会人じゃないの?」

「す、すみません! ……って、なぜ故に上司目線!? 俺たちタメだよね!?」

「学生時代の甘さは捨てなさい」

「絶賛、学生時代を謳歌してるし! なんかブラック企業感が凄まじいんだけど!?」

「ふぅー、ご自慢の『無駄に勢い』を披露できて満足した?」

「せめて『無駄に勢いがあるツッコミ』まで言い切ろうよ! もはやその単語を言うのすらメンドくさくなってるじゃん!」

 だから、無駄に勢いがあるツッコミって何だよ。バカにされてるのは分かるけども。

 今までは自分のツッコミに多少は自信があったのに。素人レベルなら中の上……いや上の下くらいにいいツッコミだと思っていた。

 それが美郷家の母娘に指摘を受けてから、徐々に自信を失いかけている。

「ほら、話が進まないでしょ。ツッコむのもいい加減にして」

「ボケる方に問題があると思うんだ……」

 ここは『ボケる方が悪いよね!?』とツッコんでも良かったのだが、美郷さんの指摘も一理あるので控えさせてもらった。

「まぁね、100股が現実的じゃないのは分かってる。だから春哉には、ちょっと難易度はあるけどギリギリ実現可能な青春シチュエーションをいくつか体験してほしいの」

「……善処はするけど、そんな絶妙なシチュって何種類もある?」

「これ、授業中に調べたんだけど」

 そう言って、美郷さんはスマホを差し出してくる。

 画面にはウェブページの検索結果らしきものが表示されている。

「えと、スマホを他人に渡しても大丈夫なの?」

 見られたくないものとか結構あったりすると思うんだけど。

「あ、大丈夫大丈夫。私って友達もいないからメッセージも来ないし、現代の情報とかどうでもいいと思っているから、ネットで恥ずかしい検索とかもしないし!」

「そんな明るいトーンで言われても!」

 この人は本当に魔法一筋なんだな。ちょっと勿体無い気もするけど。

 こうして美郷さんと話してみると結構面白いし何だかんだリズムが合う。こんなノリだったら周囲からも好かれそうなのに。

「ま、まぁいいや。じゃあ見させてもらうね。どれどれ——」

 画面に映し出されいるのは『僕・私の青春エピソード100選』という、ご丁寧にも青春っぽいシチュエーションを一○○個も書き出してくれているサイトだった。

「ここに書かれているようなことをやっていきましょ」

「えーと、最初が『友達と制服を着て遊園地へ』か。これなら不可能ではないか」

 千葉まで足を伸ばせば、某ネズミがマスコットの有名なテーマパークがある。友達と遊ぶ場所としては定番だし、智慧とか兎田さん、あとは絵莉も誘えば実現できそうだ。

「この中から最初にやるシチュを二人で考えましょ」

「わ、わかった」

 それにしても、一つの画面を二人で覗き込んでいるので顔が近い。またしてもドキドキが再発しそうになるが、なんとか抑えてサイトを読み進める。


「なるほど、『誕生日サプライズ』、『ファミレスで駄弁る』、『異性と勉強会』……まぁ、うんって感じだな」

 言われてみれば青春っぽい感じだ。真っ只中の俺らには分かりづらいが、大人になってからしみじみと「青春だった」と感じ入るようなものなのだろう。

「さすがはリア充っぽいポジションに位置する男。これを見ても臆さないところが、私みたいな陰のものとの差を感じるわね」

「またバカにしてるでしょ!」

 なんだよ、リア充っぽいポジションに位置する男って。

「そんなことないよ、本気で褒めてる。私なんて誕生日は親に祝ってもらったことしかないし、ファミレスなんて実在を疑ってるし、男子どころか女子とも喋れないし」

「な、なんかごめん」

「別に気にしてないから。だって、私は魔女なんだから」

 またそれか。つい数分前にも感じたことだが——美郷さんは魔女であることを免罪符に人と関わることを避けている。俺にはそんな風に思えてしまう。

 いや、でも、本人がそれを望むのであれば、外野がとやかく言うことでもないわけで。これは完全な余計なお世話でしかない。喉まで出かかった言葉を引っ込める。

「……うん、じゃあ続きを読むよ」

 画面をスクロールして、青春エピソード100の後半を見ていく。その中で俺はちょっとだけ毛色の違うエピソードを発見してしまう。


 制服で好きな人とエッチする


「っ!」

 咄嗟の判断で画面を美郷さんに見えないようにした。

「何よ急に! それじゃ画面が見えないでしょ!」

 当然、美郷さんから苦情が上がってくる。だけど今この二人きりの状態で、彼女がこの一文を読んでしまったら気まずい空気になるのは間違いない。

 それに万が一の可能性として、「じゃあせっかくだし、実践してみましょうか」みたいなことを言い出すかもしれない。

 これに関しては完全な妄想だけど! 我ながら自意識過剰だと思うけど! もしかしたら美郷さんはそれを言い出しかねない、と短い付き合いながらも予感があった。

「いや、ちょっと……!」

「ちょっとってなに? 何か都合の悪いものでもあったの?」

「そ、そういえば! 食パンの袋を止めてる『アレ』の正式名称って知ってる!?」

 誰しもが知っている『アレ』である。俺は気になって調べたことがあるので知っているが、多くの日本人はアレの正式名称を知らない。そのことに頭を悩ませてくれれば、なんとかこの状況を切り抜けられるかもしれない。

「知らなくても生きていけるから大丈夫。何あからさまに話を逸らしてるの」

「ぐっ……」

 知らなかったら困るよ、とは言えなかった。おそらくアレで通じるし、知っていたところで何ら人生の幸福には寄与しない。

 ちなみに「バッグ・クロージャー」です。三秒後には忘れてそうな名称である。

「てか、それ私のスマホだから!」

「ちょ、ちょ! 待って!」

 無理やりスマホに手を伸ばす美郷さんと揉み合いをする形となった。手足や胴体の至る所で、彼女の体温とか柔らかさとかそんなものを感じてしまう。

 男子的にそろそろ限界だ。必死に祖母の裸を想像する。おばあちゃん、ごめん。

「見せなさいって——ってうわぁ!」

 揉み合いの中で美郷さんを押し倒してしまった。

 大事なことだからもう一度、美郷さんを押し倒してしまった。しかもベッドの上で。仮に誰かが部屋に入ってきたとして、これはそういう状況にしか見えないだろう。

「ご、ごめん! え、あ……」

 美郷さんの顔が真下にある。それもそれで異常事態ではあるが、一番驚いたのは初めて目にする彼女の素顔だった。重力の影響で長い前髪はサイドに分かれて、今まで窺い知れなかった鼻より上の部分が顕になる。

 宝石だ。二つの宝石がそこにはあった。

 大きなキラキラとした瞳。光の加減で薄紫色に映り、思わず手を伸ばしたくなる。何らかの魔力が込められているようにしか思えない。

 彼女は間違いなく魔女だった。——それは魔性の女という意味で。

 顔の印象の大部分は目で決まるというが、あれは本当だったみたいだ。

「な、何なのよ! もう!」

「ほ、ほんとにごめん!」

 互いに顔を赤くして目を逸らす。

「だから、この顔嫌いなのよ……。春哉も『うひょ、なんか思った以上に顔がいい女だな。こいつなら味見してもいいかもしれない。ぐへへ』みたいな顔するし」

「そんな最低な顔しとらんわ! 毎度思うけど、どんな顔だよそれ!」

 でも、さすがにそんなことまでは考えてないが、桁違いの美人さんだなとは思ったし、男として惹かれてしまったのは事実だった。

 体勢を立て直して、美郷さんと距離を取る。彼女も彼女でスッと起き上がるとこちらから顔を背けた。美しい素顔は長い前髪の下に再び隠れる。

 何とも言えないむず痒い空気が部屋に充満していた。

「……春哉のこと、信用してるから。この状態の私とも普通に接してくれて。見た目とかで態度を変えないんだなって。だから、今更対応変えるとかやめてよね」

 俺にだって健全な偏見はあったわけで、そこまで持ち上げられると申し訳なくなる。

 そんな風に評価してもらえるのは嬉しいけど、なんで美郷さんと自然に話せたのかは自分でも分からない。今朝出会った時から、彼女とは何となく話しやすかった。

 本当にそれだけだ。それは俺自身に特別な何かがあるわけではなくて、彼女が本来持っている魅力に起因するんだと思う。

「そ、それはもちろん! だけど、こんな顔面が整っているなら、自分で青春すればいいのに、と思いはしたけどね」

 この外見を活かせば、俺よりも簡単に青春を謳歌できるはずだ。

「いや、私って性格に難あるからさ」

「あ、自覚あるんだ……」

 俺が今更態度を変えない理由の一つに、どんなに外見が良くても美郷さんは美郷さんだから(比較的に悪い意味で)というのがあったわけで。

 どんなに見た目が良くても、性格がちょっと……いや、だいぶキツい。そういう意味では性格を知る前に素顔を知らなくて良かったとも言える。

 そんなわけで、これからも彼女への態度が変わらないことを約束させてもらう。


「さて、気を取り直して」

「えーと、俺が最初に挑む青春シチュエーションを考えるんだよね」

 二人で揉みくちゃになった甲斐(?)もあって、あの恥ずかしいシチュエーションが書かれた部分を美郷さんが見ることはなかった。

「無難に『自転車の二人乗り』はどうかしら?」

「あー確かに。なんか絵に描いたような青春って感じがするね」

 あらゆる媒体でよく見る二人乗り。男がペダルを漕ぎ、女性が後ろに腰掛けて、ちょっと遠慮気味に男の腰に手を回して、みたいなやつ。

 考えるだけで背中がむず痒くなるが、これぞTHE・王道って感じ。

「じゃあ決定で」

「わ、わーい」

 紆余曲折あったが、方針はあっという間に決まった。

「でも、あれだね。いざ決まったはいいけど、二人乗りってどういう場面で起こり得るんだろう? あとバランス感覚とか難しそうだし、それに重大な問題があって……」

「重大な問題?」

「俺、電車通学なんだよね。そもそも自転車持ってないし」

 考えれば考えるほど、二人乗りを実践するハードルはかなり高い。であれば、もうちょっと難易度が低いものに変えてもいいような……。

「大丈夫。自転車は買えばいいし、バランス感覚がないなら練習して鍛えればいい、どういう場面で起きるのかは今悩んでいても仕方ないでしょ」

「これのために自転車を買わなきゃいけないのか……」

「それはごめん。私、お金はないから……その……体で支払う……よ」

 モジモジと体を揺らしているが、ちっとも恥ずかしそうに聞こえない。声のトーンも含めて演技くさすぎるのだ。

「そういうのいいって! 自転車はあって困るものじゃないし。だけど、そっちは別にいいとして、練習ってのは具体的に何をするの?」

「それに関してはちゃんと考えがあるから。やっぱこういうのは実践に近くないとね。私が後ろに乗るから、春哉にはそれで感覚を掴んで貰えばいいよ」

「な、なるほど。そこまで事前準備しておけばいける、のか?」

 詰めなきゃいけないことはもっとありそうな気がするけど、美郷さんが自信満々に言うのを聞いていると、何とかなるんじゃないかという感覚に陥る。

「私と春哉のバディで失敗したことなんて一度もないでしょ?」

「そりゃ一回も挑戦してないからね!?」

 長年のコンビならいざ知らず、まだ結成して二十四時間も経過していない。

 ○勝○敗。失敗もしていないが成功もしていない。あるのは数字のゼロだけだ。

「福沢諭吉は言いました。失敗を恐れて挑戦しないことが何よりの失敗だ、と」

「めっちゃいい言葉だけど、たぶん福沢諭吉はそんなこと言ってないと思うよ!?」

「野口英世?」

「お札に描かれている人から離れて!」

 このままだと次に出てくるのは樋口一葉だ。

「鈴木」

「いや、どの鈴木!?」

 佐藤に次いで、日本で二番目に多い苗字である。

「鈴木一朗」

「イチローね!? あんまイチローのことを鈴木って呼ぶ人いないよ!? あとちょっと言ってそうではあるけど、たぶん言ってないと思う!」

「うーんちょっとツッコミが長くてキレがないかな。情報を詰め込みすぎ」

「まさかのダメ出し!?」

 この人はどういう立場でアドバイスをしているんだ。意外と的確だから反論できないのが悔しいとことなのだけれど。

「ってことで、これらからよろしくね」

「お、おう」

 そんな穏やかな声音で言われるとなんだか気恥ずかしい。おまけに優しい笑みを浮かべているので余計にそう思う。

 ……うん、なんかもうどうにでもなれって感じだ。たぶん何とかなるだろう。

 こうして、俺たち二人の『今後の目標』が決まったのだった。

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