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【9作目】魔女になりたい魔女×ピエロになりたくないピエロ  作者: あぱ山あぱ太朗
こんなテンプレみたいな出会い方ってある?
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1-4

「んじゃ、今日は終わりー。休みボケが許されるのも今日までだからなー。特に日部は、明日も遅刻したら罰金だから覚悟しておけー」

「勘弁してくださいよ!」

 帰りのSHRにて川越先生によるイジリの標的になってしまった。もうちょっと面白い返しができたらよかったのに、我ながらアドリブには弱いと反省する。

 一応、クラスの皆が楽しそうに笑っていたので及第点かな。

 今のクラスはとてもいいクラスだ。俺みたいなお調子者ポジションは立ち位置を上手くしないと「騒がしくてなんかウザいやつ」になりかねない。このクラスは比較的に捻くれ者が少ないので、あまり気を使わなくても立ち回れるのが救いだ。

「どんまい、春哉。明日遅刻したら大変だな」

 ニカっと爽やかな笑顔を携えて智慧がやってくる。大きなエナメルバックを肩にしょっていて、これから部活に行く気満々といった出立だった。

「頼む、モーニングコールしてくれ。友達だよな、俺たち」

「ごめん、今までありがとう」

「薄情なやつ!」

 俺らがこれまで育んできた友情は何だったんだろうか。

「まぁ、本気のやつなら電話するけどさー」

「……冗談冗談! さすがに起きるって!」

 何だかんだ智慧はいい奴だ。きっといざって時は力を貸してくれるんだと思う。

 最高の友達以外の何物でもない。だけど、同時に恐ろしくもある。それを失ってしまうんじゃないかと。俺は昔から「満たされる」ことが苦手だった。

 満たされてしまうと、失うことを考えてしまい怖くなる。幸せな瞬間にふと冷静になってしまう。そんな完全なる悪癖を持っていた。

「ならいいけどさ。んじゃ、また明日なー」

「あぁ、部活ファイト」

「待って、羽生! 私も行く! じゃあね、日部くん! そこの絵莉をよろしく!」

 智慧の後を追うようにして兎田さんが教室から出ていく。……とんでもない置き土産を残していって。

「やっほ、春哉……」

「お、おう」

 野球部二人が教室を去った後で、遠慮気味に絵莉が声を掛けてきた。彼女は二人きりになると幾分かしおらしくなる。

「さっきの件だけどさ。真面目な話、どうかな?」

「…………」

 さっきの件とは、二人で横浜に出掛けるという話のことだろうか。それなら、俺から言えることなかった。何よりもその資格がない。

「ごめん、無理言っちゃったよね」

 そう言って、絵莉は寂しそうに笑った。その顔を見ていると胸が苦しくなる。

「絵莉、俺は——」


「ねぇ、いつまで待たせるのよ!」

『……は?』


 俺と絵莉は二人揃ってポカンとする。それもそうだ。想定しない人物が会話に割って入ってきたのだから。

「で、どうなの。やるのやらないの、春哉!」

「み、み、美郷さん!?」

 今日も今日とて教室内で一言も発さなかった人物が突然声を張り上げた。

 周囲のクラスメイトは目を見開いて驚いている。彼女の用件に心当たりがあるが、だとしても何でこのタイミングなのか。非常に理解しがたい。

「ちょ、これどういうこと! 春哉!」

「いや、その、これは」

 まるで浮気男を問い詰めるような構図だ。絵莉は元カノであって、本来はとやかく言われる筋合いもないのだけれど。美郷さんともそういう関係じゃないし。とにかくこの状況を何とかしなくては、絵莉はともかくクラスメイトがこちらを見ている。

「……あ、あんなところにUFOが! じゃ、じゃあそんな感じでバイなら!」

 漫画でしか見たことない誤魔化し方をして教室を飛び出した。

「ちょ、春哉!」

「逃がさない……!」

 絵莉は立ち尽くしていたが、美郷さんは構わず追いかけてくる。よし、とりあえず想定通り。このまま人気の少ないところまで誘導しよう。

 一階まで階段を駆け下り、廊下の端から端まで移動し、体育館への連絡通路を走り抜け、体育倉庫裏まで逃げてきた。

 室内用の上履きのままなので、教師に見つかったら大目玉である。

「はぁ……はぁ……あのね、魔女は体力がないってのが相場なんだから……あんまり走らせないでくれると嬉しいんだけど……っ!」

 体育倉庫の壁に手を付いて、美郷さんは肩で息をしている。

「ぜぇ……ぜぇ……なんで、教室で! 場所をもうちょっと選ぼうよ……!」

 対する俺も呼吸を整えるので精一杯だった。だからせめて、こんな状況になっていることへの文句の一つは言わせてほしい。

「それってそんなに気にすること? 自分がやりたいことをやるのに、人の目とかどうだってよくない……?」

「そりゃ、美郷さんはそうかもだけど。俺は気にするんだよ……!」

 クラスにおける立ち位置とかさ、あるじゃん。こうも複雑な現代社会を生き抜いていくには、ちょっとした人間関係の機微を読み取ることが重要であってですね。

「春哉ってあれだよね、人生つまんなそう」

「直球ストレート!? いや、まぁね? 確かに色々と気苦労はあるけど、それで得られるものもそこそこあるわけでさぁ」

「……ならさ、もっと楽しそうに笑いなよ」

 美郷さんに指摘されてハッとする。おそるおそる自分の頬に触れると、ピクピクと顔の筋肉が痙攣していた。人工的な笑顔は想像以上に筋力を必要とする。

「これでも笑うのは上手くなったつもりなんだけどなぁ……」

「バレバレだって」

「あはは。えーと、なんか上手く笑うコツってあったりする?」

 なんてことを聞いてるんだ、俺は。性根を暴かれて、ややパニック状態だった。

「普通に笑えばいいのに。周りに合わせた作り笑いじゃなくて」

「それが一番難しいんだよな……」

 昔から『会話を作っている』感覚がある。こう言えば相手がこう反応するとか、相手が何を望んでいるとか、どんな感情を発露したがっているとか。

 そんなものを予想・予測して場の空気を作っているというか。対象をうまく操って特定の方向に誘導するゲームをやっているような感じだ。

 達成感のようなものはあるけど虚しい。全ての反応が想定通りで予定調和だと、どうしても俯瞰した目線になって没入することができなくなる。

 でもさ、こんなのってありふれた悩みだよな。皆、大なり小なり人間関係で悩んでいるわけでさ。俺だけに言えることじゃない。

「私が言うのはあれだけど、春哉って結構イタい人?」

「グサっ!」

 それはいかん、クリティカルすぎる。鳩尾に思いっきり殴られた気分だ。

「というかバカ? 自分で勝手に壁を作って、勝手に苦しんでるだけだよね」

「やめて! もう日部のライフはゼロよ!」

 美郷さんの言う通り、俺は「本当の自分はこうじゃない」と自分の殻に閉じこもって、分かってもらう努力もしないで「誰か分かってほしい」と甘えているただの子供だ。

「——仕方ない。じゃあ、私が春哉を心から笑わせてあげるよ」

「え?」

 呆れたような声。それでもどこか優しく、温かさを内包している。

「交換条件! 春哉は私の代わりに青春をして、RJエネルギーを集める! そのお返しとして、私が春哉のことを心から笑わせてあげる!」

 この感情をどのように表現すればいいか分からない。暗い航海の中で灯火を見つけた安堵感と言えばいいのか。こういう時、どう切り返せばいいのだろう。分からない。でも彼女といればそれが分かりそうな気がする。

 だから、この場においては今までの自分らしく返すことにした。

「……今更だけど、さっきから『春哉』って何?」

「本当に今更ね!?」

 ちょっとふざけた茶化すような返しで、過度にシリアスにはしない。実際に気にかかっていたことでもあるし。

「べ、別に深い意味なんてないわよ! 強いて言うならあれよ。これから仲良くやっていこうっていう、私なりの優しさみたいなものね」

「優しさ、なのかな? てか、仲良くやっていくのは確定事項なのね……」

 こっちの意向などはお構いなしだ。

「私とぶつかったのが運の尽きね!」

「自分で言うことかな!? ……だけど、うん。分かった。その話、乗った」

 正直、彼女の口説き文句が効いた。たぶんきっかけがほしかったんだと思う。どこかで自分を変えるチャンスを求めていたから。もう一つは憧れだ。彼女の目的に対して真っ直ぐな姿、それが眩しくて羨ましいと思ってしまった。

「……よし、召使い一人ゲットよ」

「いやいや!? あくまで対等な関係だよね、俺たち!?」

 なんか聞き流せない不穏な単語が聞こえた。

「いいえ。春哉には領事裁判権を認めてもらうし、関税自主権はないからね」

「不平等条約!?」

 中学の時に社会で覚えさせられたけれども。大体、この個人間における「領事裁判権」と「関税自主権」って何だよ。

「それは冗談だとして、運命共同体みたいな? 私が死んだら春哉も死ぬ、みたいな」

「いや、それもそれで嫌なんだけど……」

 さすがに命を賭してまで、美郷さんと共に歩む覚悟は今のところない。

「ま、そんなことはどうでもよくて。早速、作戦会議をしましょ!」

「作戦会議?」

「うん、作成会議。ただあれよね、春哉的には人目に付かない場所がいいんでしょ?」

「それはそうだけど、まずそもそも作戦会議って——」

「ってことで移動しましょ」

「ちょ、話を聞いてくれよ!」

 俺の疑問は一切解決されないまま、美郷さんはスタスタと歩いていく。仕方がないので慌ててその後を追いかけた。

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