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【9作目】魔女になりたい魔女×ピエロになりたくないピエロ  作者: あぱ山あぱ太朗
こんなテンプレみたいな出会い方ってある?
2/24

1-2

「それで、何が目的であんなことを?」

「ちょっと待って。冷静になってだいぶ恥ずかしくなってきた……」

「今更!?」

 公園のベンチで美郷さんは頭を抱えている。あれを恥ずかしいと思えるまともな神経はあるみたいだ。であれば、実行に移す前にもうちょっと考えてほしかった。

「しかも、『この秘密をバラされたくなかったら、何でも言うことを聞け。ぐへへ』的な展開がこのあと待っていると思うと」

「そんな展開ないって! 俺をなんだと思ってるの!」

「こんなイタい女に付き合ってくれる優しい人、かな」

「意外と好印象だった!?」

 そう言われると照れてしまう。ただ今回に限っては、優しさで動いているというよりも好奇心で動いている部分があるので、そう評されると少しバツが悪い。

「そんな日部くんだから……私の秘密、打ち明けるね」

「ひ、秘密?」

 美郷さんは何やらモジモジと忙しなく指を動かしている。

 ゴクリ。その様子がやけに艶かしくて生唾を飲み込む。こちとら十七歳の高校生だ。起きている時間の半分以上は、エロいことを考えていると言っても過言ではない。

 何かエロい展開が待っているんじゃないかと、期待してしまうことを許してほしい。

「————実はね、私って魔女なの」

「なるほど」

 自分でもびっくりするぐらい平坦な声が出た。ピンク色の妄想が霧散していく。

 あぁ、俺はバカだ。ここまでの流れを考えろよ。美郷さんに限ってそんなムフフな展開はあり得ないだろうに。この人は変わり者だぞ。

「なによ。何となくエロい展開を想像していたのに、期待外れだったみたいな顔は」

「ねぇ!?  さっきからそんな分かりやすい顔してる、俺!?」

 考えていることが全部顔に出てるじゃないか。

 表情を隠すのはうまい方だと思っていたけど、美郷さんの荒唐無稽な発言を前にその制御が効かなくなっているのかもしれない。

「やっぱり、『この秘密をバラされたくなかったらぐへへ』展開がお好みなのね。私に快楽調教を施したいと」

「そこまでのことは考えてないって!」

「……そこまで?」

 いかん、口が滑ってしまった。

「そ、それは置いといて! 『魔女』ってどういうこと? また何かの冗談?」

 彼女は自分が魔女であると名乗った。何かしらの隠語なのか、それとも比喩なのか、はたまた俺を揶揄っているだけなのか、その真意を知りたい。

「冗談じゃなくて、リアル魔女よ」

「ま、魔女ってのはあれかな。自分で自由に名乗れるとかそんな感じ……?」

 医者や弁護士と違って、魔女に資格はなさそうだからな。本人がそうだと言い張れば、否定することもできないというか。

「そんな自称魔女です、みたいなイタい人と一緒にしないでほしいな」

「…………」

 さっきから顔に出過ぎなので注意しないと。

 いや、君がそのイタい人なんじゃ……みたいな顔をしたら美郷さんに失礼だ。

「残念だけど顔に出てるよ、日部くん」

「ご、ごめんなさい!」

「ごめんで済んだら警察はいらないよね?」

 相変わらず表情は読み取れないが、声音はやや不機嫌だった。チクリと胸に痛みが走る。昔から人の怒ったり、悲しんだり、そういう反応が苦手だ。

 でも、大丈夫。これくらいならいつものノリで乗り切れると思う。

「なんか想像以上に怒ってる!?」

「仕方ない。私も鬼じゃないから、土下座と慰謝料で許してあげる」

「だいぶ鬼だよね!?」

「まぁ、冗談はさておき」

「冗談でよかった、本当に!」

 よかった、まだ冗談で済む範囲だったみたいだ。だけど、美郷さんが魔女と名乗っていることをバカにするような態度は控えよう。俺にはよく分からないことでも、彼女にとっては大事なことなのかもしれないから。

「正直な話、その反応も含めて想定通りかな。ということで、これを見て」

 美郷さんはブレザーの胸ポケットからサイコロを三つ取り出す。

「……えと、そのサイコロと魔女にどういう関係が?」

「今から魔法を見せるわ」

「な、なるほど?」

 まさか手品を見せようって話じゃないよな。魔法と手品は違うと思うのだけれど。

 タネや仕掛けがあるのが手品で、タネも仕掛けもないのが魔法という認識だ。

「とりあえず見てて」

 彼女は手に持ったサイコロをコンクリートの地面に向かって放り投げる。三つのサイコロは無軌道に転がり、それぞれ離れた場所で静止した。

「なっ!」

 そのサイコロの出目を見て思わず声が出る。

 全てのサイコロが朱色の面で静止する。一のゾロ目というやつだ。

「どう? いきなり二〇六分の一の確率を引き当てるのってすごくない?」

「い、いや、ただの偶然の可能性も……」

「じゃあこれならどう?」

 美郷さんは散らばったサイコロを拾い集めてもう一度振った。

 結果はまたしても一のゾロ目。それに驚いている暇もなく、美郷さんは再度それを繰り返して、当たり前のように一のゾロ目を出す。

 これで三回目。確率で言えば二百十六分の一の三乗。桁違いの確率だ。

「さ、サイコロに何か仕掛けがあるんじゃ!」

「じゃあ、日部くんが振ってみてよ」

 サイコロを受け取る。手に持ってみても普通のサイコロだ。

 何かしらの重しが入ってることもなければ、ちゃんと一から六の面がある。

 自分で試しに振ってみたが、結果は「二」「四」「五」とバラバラだった。

「こ、これが魔法……なのか」

「分かってくれた?」

 にわかには信じ難いけど、目の前で起きたことはあり得ない確率の事象だ。これにタネや仕掛けがないのなら、『魔法』と言っても差し支えないと思う。

 ただ、何て言うか——

「なんか地味だよね」

 目の前の事象は非現実的なんだけど、摩訶不思議というほどではない。なんかこう理解の範疇ではあるんだよな。致命的に「夢がない」と言いますか。

 ……だけどマズったな。魔法を否定するようなことを言ったら、美郷さんはさっきにみたいに不機嫌になるかもしれない。おそるおそる彼女の顔を見る。

「それに関しては完全に同意! 魔法ってのはもっとパーっとしたほうがいいわよね! 誰もが憧れるような!」

 どういうわけか、予想に反して美郷さんのテンションが上がった。

「箒で空を飛んだり、黒猫と話したり、そういうの!」

「えーと、ちなみにそういう魔法は存在しないの?」

「存在するけど燃費が悪いのよ。一生掛けて使えるかどうかってレベル」

「あ、あるにはあるんだ」

 それはそれで衝撃だ。このありふれた現実の裏にはそういう不思議なものがある。

 歳を重ねて徐々につまらなくなっていく自分が救われるような感覚があった。科学で全てを説明できてしまう世界は安心だけど、どこかつまらないと思っていたから。

「でも、残念なことにね。現代で使われている魔法の多くは、いわゆる『引き寄せの法則』みたいなやつなのよ」

「引き寄せの法則?」

「何だろう、運がいいって感じ? それも宝くじが当たるとかじゃなくて、少しずついい方向に転んでいくみたいな。経営者とか成功してる人の中には、魔法使いの末裔が結構いるって話もあるし。例えば株式会社——」

「ストップ! それ以上知ったらなんか消されそうな気がする!」

 絶対に一般人が触れてはいけない情報だと思う。

「……けど、なんとなく分かったよ。現代人が使う魔法っていうのは、手から火が出るみたいなものじゃなくて、運や確率を操作するものが主流ってことかな?」

「そうそう。それって夢がないと思わない?」

「うーん、まぁそう、だね」

 魔法という超常現象に憧れる自分もいるのだが、成功者として名を挙げた方が現代的にはオイシイのでは、と思ってしまう夢のない自分もいる。

「なによ。もし魔法が使えたら大金持ちになって酒池肉林三昧、この世の贅という贅を味わい尽くしてやるのに、っていう俗物的な顔は」

「そこまでは考えてないって!  てか、どんな顔だよそれ!」

 相当いやらしい顔を浮かべてないと、そのようには表現されないだろう。

「でも、実際問題そうなのよね。そういう考えの魔法使いが増えたから、古き良き魔法使いはどんどん数が少なくなってきてるの」

「なるほど、ね。美郷さんは魔法を使って何がしたいの?」

 半信半疑ではあるけど、もう魔法は存在する前提で話をした方が良さそうだ。

 どうやら、美郷さんは『今の主流的な』魔法を使いたくないらしい。なら、魔女である彼女は魔法を使って何を望むのだろうか。それが気になった。

「私の名前って『清姫』っていうのね。美郷清姫」

「キキ……あ、もしかして」

 いきなり何を言い出すのかと思ったが、たぶん言いたいことは伝わった。金曜日の夜に何度も見たことがあるあの映画。日本アニメ界の巨匠が作った名作。

「そう、『魔女宅』よ! 同じ名前だったこともあるけど昔から好きで! で、後になって親から自分も魔女であることを聞かされて! そもそもあの映画があって私の名前を付けたらしいから偶然ではないんだけど、私は運命みたいなものを感じちゃったの!」

「じゃあ、美郷さんの目標ってのは——」

「さっきも言った通り、箒で空を飛ぶ、黒猫と話す、かな!」

 長い前髪のせいで双眸を覗き見ることができない。だけど、直接見なくても分かった。きっと美郷さんはキラキラした眼をしていると思う。

 少女のように弾んだ声音から容易に想像できてしまった。

「なんかいいね、そういう夢があるの」

 珍しく思ったことをそのまま口にした。皮肉などではなく、心からそう思う。

 純粋な願いや想いは美しい。そして、眩しかった。

「なんでそんな他人事なの? 日部くんにも手伝ってもらうんだけど?」

「へ?」

「この手の魔法は燃費が悪くて、膨大なエネルギーが必要って言ったよね?」

「うん、それは聞いたけど」

 なんて言われてもどうしようもない。美郷さんは魔女なのかもしれないけど、こっちはごく平凡な高校生だ。俺には何もすることができない。

「だから、ね。……日部くんの肉体が必要になってくるの」

「お、俺の肉体?」

 和やかな空気が一変し、緊張が走る。美郷さんはニヤリと妖しく笑っていた。

 昔読んだ漫画で『等価交換』という原則があったことを思い出す。

 大きな力には大きな代償が伴う。美郷さんがやろうとしていることに膨大なエネルギーが必要なら何でそれを補うんだ?

 彼女は俺の肉体を欲している。それは生贄や人柱的な意味ではないのか。

 つまり、彼女の目的は俺を殺すこと……?

「ま、待って! 他にも何か方法があるんじゃないの!?」

「私も悩んだ。高校に入ってからずっと。自分でやるか、人を使うか。どうすれば効率よくRJエネルギーを溜めることができるのか。もう、この方法しかないの」

 美郷さんが言うところの『RJエネルギー』が何の略かは知らないけど、魔法を使うのに必要なエネルギーのことなのは確かみたいだ。

 そして、集め方には「自分でやる」と「人を使う」のニパターンがあるらしい。彼女の言い方的に前者は効率が悪く、後者の方が効率が良いのだろう。

「だ、だからって人殺しなんてっ!」

「あー違う違う。なんか勘違いしてるなーって思って泳がせたけど、そんな大それたことしなくても大丈夫だから」

「え、そうなの?」

 さっきまで流れていたシリアスなBGMがポップなものに変わった(ような感覚)。

「日部くん一人を屠るだけで、必要なエネルギーを確保できるならとっくにやってるよ」

「あはは、そっか……って、俺を殺すこと自体に抵抗はないのね!?」

「お、出た出たノリツッコミ」

「バカにしてるよね!?」

 なんだか一気に疲れてしまった。

 息を吐き出しながら空を見上げる。はぁ、空が青いなぁー。

「ほらほら、黄昏れないで。日部くんにはお願いしたことがあるって言ったでしょ?」

「そういえばそうだったね」

 結局のところ俺に何をしてほしいのか、それはまだ不明のままだった。

「日部くんには、その体にRJエネルギーを溜めていってほしいの」

「いや、溜めるも何もね? 見たことも聞いたことないものだし、そもそも体に溜めるのもなんか怖いし」

「ちょっと手を借りるね」

「えっ!? い、いきなりどういうこと!?」

 突然、美郷さんに手を握られた。柔らかさと温かさが同時に伝わってくる。

 異性に触れられて男子高校生が正常でいられるはずがない。全身が熱を帯びていき、体内の血液がものすごい勢いで駆け巡っているのが分かった。

「うん、私とは比べ物にならないくらい溜まってるよ! RJエネルギー! じゃあ、これもらっとくね!」

 そんな男子の苦悩なのでお構いなしで、美郷さんは嬉しそうにはしゃいでいた。

「ちょっと待て待て!? ぽんぽん話を進めないでくれる!? そもそもなんで俺の体にそのRJエネルギーが溜まってるの!? しかもそれって譲渡して大丈夫なものなの!? なんか体に悪影響とかないよね!?」

 訳が分からなくて『!?』マークの嵐だった。一個ずつ丁寧に説明をしてもらわないと何が何だか分からない。意味不明だ。

「RJエネルギーは私が名付けたんだけど、リア(R)充(J)エネルギーの略ね。簡単に言ってしまうと、日々が充実していると勝手に溜まっていくもので、普通の人はそれをどうこうできないけど、魔女や魔法使いは魔法に変換できるの」

「えーと、つまり?」

 諸々の設定を一気に説明されたけど、頭の処理が追いつかない。

 ただ一つ理解できたのは、RJエネルギーっていうのがリア充エネルギーの略であり、思った以上に残念なネーミングをしていることくらいだ。

「RJエネルギーを効率よく溜めるため、日部くんには私の代理で青春っぽいことを沢山して欲しいの!」

 物語における主人公の気持ちが分かった気がする。こういうのって側から見ている分には面白いけど、実際に自分が遭遇するとめちゃくちゃ面倒だ。

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