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4-1

「あれ、ここは……」

 公園のベンチで目を覚ました。いや、意識を取り戻したのか。気が付くと、美郷さんから魔女であることを打ち明けられた、通学路に隣接する小さな公園にいた。

 どうやら座ったまま気絶していたらしい。スマホで時間を確認すると、ちょうどSHR開始の時間になっていた。学校を飛び出してから一○分といったところか。

「痛っ」

 頭に血が昇っていたせいなのか、ズキズキと鈍い頭痛がする。気分は最悪だった。

 仕方ない、とりあえず家に帰るか。このままここにいても何も変わらないし。

「何やってんの、春哉」

「え」

 聞き覚えのある声が聞こえる。頭を上げると————美郷さんがいた。

「み、美郷さん? え、学校は……」

「サボった」

「いやよくないでしょ、それは」

「春哉がそれを言う?」

「……確かに」

 美郷さんの「それな」すぎるツッコミに思わず苦笑してしまう。

 こんな状況で説得力があるわけない。只今、絶賛サボり中の日部春哉です。


「——俺さ。たぶん知っての通り、昔から他人の顔色を窺って生きてきたんだよ。親の仲が悪かったこともあってさ。いつも空気を読んでた」


 話し相手が欲しかった。違うな、どちらかというと懺悔の告白をしたかった。多くの人は他人の話に興味がない。それが分かっているから、普段は自分のことを話さない。

 だけど、美郷さんになら話せる。彼女の前では空気を読む必要はないから。彼女の型にハマらない姿勢に甘えさせてもらう。

「今日まで上手くやってたんだ。やっぱり空気を読むとさ、何だかんだ人間関係ってうまくいくんだよ。角張ってない方が接しやすいし。だけど美郷さんに出会ってさ……」

 言葉が止まる。ここから話す内容は非常に恥ずかしいものだ。

 絶対、本人に向かって言うような話じゃないだけど、上履きのまま公園で項垂れている男にもはやプライドなどない。

「……全部、美郷さんのおかげなんだよ。今までの俺は、相手が望むことを言おうと躍起になっていた。でも、美郷さんと関わるようになってからは『相手だけではなく自分の幸せ』も考慮するようになれたというか。ちょっとだけワガママになれたというか」

 美郷さんと関わるようになって日々が輝いていた。

「でもさ。やっぱり空気を読むって大事なんだよ。俺がちゃんと空気を読んでいればこんなことにはならなかった。誰かを不快にすることも、悲しませることも」

 ただ、そんな日々は砂上の楼閣だった。

 たまたま上手くいっていただけで、長期的にこれを維持することは難しい。自己の都合を優先すると、どうしても角が立つし、それによって軋轢が生まれてしまう。

 そして、それを押し通せる強さが俺にはなかった。

「————あ、そういう自分語りはいいから」

「うぇ!? ひ、ひどくない!? こんな時くらい優しくしてくれてもよくない!?」

 慰めるまではいかなくても、少しは優しい言葉を掛けてもらえると思っていたので驚いてしまう。こういうのって自分から求めちゃダメなんだろうけど、もうちょっと優しくしてくれてもバチは当たらないと思うんだ。

 ……でも、ただ黙って話を聞いてくれたのは、何だかんだ有り難かった。

「わざわざ学校をサボって、一緒に居てあげるだけでも充分優しいと思うけど?」

「うっ、なんか押し付けがましい気もするけど、それに関してはありがとう」

 正直あのまま一人でいたら、不安や重圧に押し潰されていたかもしれない。

「私、言ったよね。春哉を心から笑わせるって」

「どうしたの、急に。そんな話もしたような気がするけど」

 すっかり忘れていたけど、俺と美郷さんの関係はその取引から始まったんだよな。

 美郷さんが魔法を使うための手伝いをする代わりに、日々の出来事に没入できない俺を心から笑わせてくれるって。

「ちなみに、今のところは順調?」

「うん、そりゃおかげさまで。……まぁ、今日のことは別としてだけど。でも、本当にここ数週間は日々に没入できていたっていうか。だから、ありがとうの五文字しかないし、むしろこっちの方はあまり貢献できてなくて申し訳ない」

 振り返ってみると、今まで感じていた「場を操作している」という感覚は薄れているような気がする。そういう意味では、もう義務を果たしてもらっていた。

「お礼を言われるにはまだ早いわよ。春哉にはまだまだRJエネルギーを集めて貰わなきゃなんだから。この契約が続く限り、心から笑い続けてもらわないと」

「…………」

 美郷さんの言葉に対して、どんな顔をすればいいのか分からない。あんなことになってしまった以上は、今の周囲に対するフワフワとした態度を改める必要がある。

 あれこれと清算をしなくてはいけない。彼女との関係も見直さなければいけない。

「ほらほら、無駄にシリアスな顔をしないの。せっかくのギャグ顔が台無しよ」

「ちょっと待って! つまり元々の顔がギャグ顔ってこと!?」

 暗くなろうと思えばいくらでもなれるのに、美郷さんがそれを許してくれない。

「はいはい、ってことで行くよ」

「へ?」

 行くってどこに、何をしに、色々分からなくて「へ」という言葉に集約した。

「学校をサボってデートに行くってあったでしょ。『青春エピソード100選』に」

「あー、なんかあったような気がするけど」

「その下見に行くのよ。どうせ学校には戻らないでしょ?」

「そうだけど……」

 今になって学校に戻るなんて選択肢はない。

 しかし、こんな状況なのに美郷さんと遊びに行くのも憚られる。

「どうせ家に帰っても、えっちな本読むくらいしかやることないんでしょ」

「むしろその選択肢がないから! 何だよ、その偏見に満ち溢れた男子高校生像は!」

「じゃあ春哉は家に帰ってから、絶対に、一ミリたりとも、えっちなことを考えないの?」

「その質問は卑怯だと思うよ!?」

 男子高校生からエロを引いたらタンパク質しか残らない。

「じゃあいいじゃない。えっちなことを考えて一人悶々としてるより、私と出掛けたほうが有意義でしょ?」

「……ツッコミどころしかないけどもういいや。とりあえず分かったよ。それで、出掛けるってどこまで行くつもりなの?」

「傷心旅行といえば鎌倉・江ノ島でしょ?」

「そんなことはないと思うよ!?」

 言わずと知れた我らが神奈川県の観光名所だし、傷心旅行といえば海みたいなイメージもあるけど、その言い方はネガティブキャンペーンにならないだろうか。

「鳩サブレー食べたいのよ、久しぶりに」

 鎌倉名物の鳩サブレー。ただのクッキーやビスケットといえばそれまでなんだけど、あの絶妙な厚さや固さがクセになる。年に一度はふと食べたくなる代物だ。

「んで、ついでに春哉も慰めようって企画」

「確かにあの美味しさに比べたら、俺の悩みなんて小さなものだよな……っておい!」

 そんな悲しいことを言わせないでほしい。まさかこっちの方がおまけとは。

「うわ」

「人のノリツッコミでドン引きしないでくれる!?」

「なんかこう、春哉が一歩前に出てくる笑いって寒気がするのよね」

「辛辣すぎない!? 一応は傷心状態なんだけど、俺!」

 あまりにも普段通りすぎる言葉の切れ味だった。

「はいはい、なんかもう『無駄勢』も飽きてきたから早く移動しましょ」

「そこまで略すと何のことだが分からんよ!?」

 たぶん美郷さんが言っているのは、『無駄に勢いのあるツッコミ』のことなんだろうけど、この間の『無駄に勢い』という略称からさらに短くなっている。

 そもそも、俺は『無駄に勢いがあるツッコミ』自体に納得してないわけだけど。

「ほら、早くしないとおいてくよー」

「ちょ待って! 俺って上履きのまま移動するの!?」

「だって、今から靴を取りに戻るのは無理でしょ」

「た、確かに……」

「大丈夫よ。春哉は上履きで歩いてても、違和感がなさそうな顔してるから」

「間接的にアホ面って言われてる!」

 でも、そうするしかないよな。恥ずかしくて仕方ないけど、それはこのまま家に帰るにしても同じことなので、渋々ながらも納得するしかなかった。

 結果的に「上履きの靴底は薄いので、道中で大きな石を踏むとなかなか痛い」、なんて無駄な雑学を手に入れることができました、まる。

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