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【9作目】魔女になりたい魔女×ピエロになりたくないピエロ  作者: あぱ山あぱ太朗
なんかこれモテ期きちゃったんじゃないの!?
18/24

3-6

「ただいまー」

「おかえり」

 締め作業は愛菜さんと羽衣に任せて一足先に帰宅。家に帰ると二十一時半。バリキャリの母もさすがに帰宅していた。

「ごめん。さっき帰ってきたから、ご飯ちょっと待ってね」

 前言撤回。この人は繁忙期でもないのに、なんでこんな時間まで働いているんだ。

 部長さんからも早く帰るように言われてるんじゃなかったっけ?

「あ、いいよ。自分でやるし、先に風呂とか入れば?」

「いいから。むしろ春哉の方が先に入っちゃいな」

 本当にこの人は変わらないな。……いや、それは俺も同じだ。変えようと努力をしなければ、ただ同じような日々が続いていくだけだ。

「よくないって。家族なんだし、そこは頼ってよ」

「…………」

 言ってから後悔する。なんで、こんならしくないことをしているんだ。

 怒らせたり、揉めたり、軋轢を生むことが嫌いなのに。空気を読んで、のらりくらりとがモットーだったはずなのに。

 今でもそれが悪いことだとは思っていない。だけど、それはある意味ですごく自己中心的で、自分さえ傷つかなければいいって考え方だ。どうせ同じ自己中なら、美郷さんみたいに周囲を巻き込みながらも、自他共に幸せになるようなことがしたい。

 ……そうは言っても、いきなり実践に移さなくてもよかっただろう。もうちょっと段階を踏むとかすればいいのに。……怖くて母の顔が見れなかった。

「春哉」

「な、なにかな?」

 母が真顔でこちらを見つめてくる。

「彼女でもできた?」

「え、は!? いきなりどういうこと!?」

 なんか思っていたのと全然違う方向の言葉が紡がれる。予想もしていなかった展開に取り乱してしまう。

「なんか肝が据わったというか、男らしくなった感じ?」

「そ、そんなことないと思うけど……」

「突然、体を鍛えたりとかねぇ。元々は運動する子じゃなかったのに」

「それはまぁ、いろいろ……」

「自転車を買ったのも、遠くの彼女さん家に行くためなんじゃないの?」

「ち、違うって!」

 確かにここ最近の行動は、今までの自分では考えられないものばかりだった。

 その理由は「自転車の二人乗り」をするためなんだけど、母にそれを理解してもらうのは難しそうだ。

 そもそも、なんて説明すればいいのか分からないし。

「隠しても無駄よ。これでもあんたの親なんだからそれくらい分かるわよ」

 そんなこと言われても違うものは違う。しかもそれを言うのであれば、つい数ヶ月前までは本当に彼女がいたわけで。

 そのときは、ちっとも気が付いているような様子はなかった。

「……彼女とかではないよ、あの人は」

 俺にとって美郷さんは何なんだろう。逆に彼女にとって俺は————

「女の子ではあるのね。え、なになに好きなの?」

「こちとら思春期なんで勘弁してください!」

 こんなにテンションが高い母親を久しぶりに見た。

 しかし、異性親と恋バナなんて絶対にしたくなんかない。もう自分の親に何でもかんでも話すような年齢ではないのだから。

「ま、それもそうね。……じゃあ、お言葉に甘えようかな。ご飯はお願いしてもいい?」

「う、うん!」

 こうして母が頼ってくれるのは初めてのことだった。何だか母に一人の大人として認めてもらったような気がして、それが嬉しくてつい笑みが溢れてしまう。

 美郷さんと関わるようになってから、全部がいい方向に変わっている気がする。

 今度あらためて、お礼の気持ちを伝えたいくらいだ。それこそ何かプレゼントくらいは渡してもいいかもしれない。

 でもそんなことをしたら、本人から「え、私のこと好きになったの?」とか揶揄われそうな気もする。まぁ、そんなやり取りはもはや慣れっこだしいいや。

 明日の放課後、横浜にプレゼントを買いに行こうかな。……あれ、美郷さんって何を貰ったら嬉しいんだろう。本人にさりげなリサーチをかけてみるか。

 

   ***


 昨日と打って変わり、今日は一人で優雅に登校している。

 いつもと同じ電車なのだが、途中で知り合いと遭遇することがなかったため、久しぶりの一人時間を満喫していた。

 五月の下旬ともなってくると、いよいよ長袖のシャツは暑すぎる。

 そんなわけで今日から半袖デビューだ。正式な衣替えは六月一日からではあるが、現在は衣替え移行期間なので、一足先に半袖シャツに切り返させてもらった。

 だが、野郎の衣替えなんてどうでもいい。特筆すべきは女子の衣替えだ。

「(眼福、眼福)」

 女子って生き物は寒がりが多い印象がある。

 そのため五月の前半はブレザーだったり、ベストを着ている女子も多かったが、今日は長袖シャツないし半袖シャツに移行し始めている女子がちらほらと見えた。

 ブレザー姿の女子も可愛いのは間違いない。

 だがしかし、布は少なくなればなるだけ、体のラインが見えて扇情的になる。

 ましてや半袖シャツは二の腕まで見えちゃうわけで、それはもうご褒美以外のなにものでもない。

 いやっほぉぉおおおおおおおー!

 ツッコミ界期待の新星であるこの俺も、この季節はボケに回らざるを得ない。

「(って、あれ)」

 そんな風にシャツ姿の女子を眺めていたこともあり、変わらずブレザー姿の女子には逆に目がいってしまう。しかもそれが見知った後ろ姿だと尚更である。

 あれはおそらく美郷さんだ。

 校舎の中に入っていこうとする美郷さんを偶然発見する。

 それにしても暑くないのだろうか。思い返してみれば、彼女はずっとブレザー姿だったな。極端な寒がりなのか、それとも衣替えをメンドくさがっているだけなのか。

 そんな些細なことが気になる。一度気になってしまったらその理由を知りたくなるのは当然のことで、駆け足で美郷さんの後を追いかける。

「(あ、でも……)」

 そうだった。学校ではなるべく話さないようにしていたのを失念していた。

 主に、俺が人目を気にしすぎることが原因で。

 ————もうやめよう、そういうの。

 美郷さんは何も言わなかったけど、俺がやっていることは彼女にとても失礼なことだ。周囲の目があるから話しかけないでくれ……なんて言い草だよ。

 実際のところ美郷さんはクラスで浮いている。でもそれは彼女が不器用なだけで、俺は彼女の魅力をちゃんと理解しているじゃないか。

 そんな俺が、この流れを助長するようなことをしてどうする。

 ……終わりにしよう。美郷さんを無理に周囲と関わらせようとは思わない。それでも、俺が教室で距離を取るのは止めにするんだ。

 覚悟を決めて教室に入る。美郷さんはもう教室の中にいるはずだ。


「————」

 

 ざわざわ。

 入室と同時にこちらに視線を向けるクラスメイトが複数人いた。

 明らかに教室の空気がおかしい。それにこの視線の種類は……あまり好意的なものではなさそうだ。胃酸が逆流してきた。凄まじい吐き気に襲われる。

 一人の人物がゆっくりと近づいてくる。

 その表情は悲しみに染まっており、きっと彼がこの状況を説明してくれるのだろう。

「智慧……」

「春哉。お前が三股をかけてるって話、さすがに冗談だよな?」

「え、三股?」

 申し訳ないが全く覚えがない。もしそのことで周囲から疎まれているなら、何かしらの誤解があるのだと思う。

「俺も眉唾だと思っているんだがな。佐山と鶴島、それに美郷さんとって話だ」

「い、いや、まさかっ!」

 絵莉はあくまで元カノだし、鶴島さんは……うん、アプローチらしきものは掛けられているけど、ある程度の距離は取っていたつもりだ。

 美郷さんに限って言えば、どこからそういう話が上がったのか分からない。

「でも、な。昨日、春哉が校舎裏で美郷さんをその、いわゆるお姫様抱っこしていたって言い回っている奴がいてな」

「あ……」

 これは紛れもない事実だった。迂闊としか言いようがない。気のせいだと思い込もうとしていたが、昨日聞こえた足音は聞き間違いなんかではなかったのだ。

 あの現場を見られていた。そうなると話はややこしいことになる。

「その感じ、全くのデタラメって訳じゃなさそう……だよな」

「そ、それは」

「ねぇ、日部くん」

 智慧と同じように……いや、智慧以上に悲しそうな顔をした彼女が割って入ってきた。

「兎田さん……」

「言い訳があるなら、ちゃんと言い訳をしてくれる?」

「ごめん、言い訳は……できない」

 兎田さんの目が見れない。何だよ、この教室寒すぎないか。半袖に変えたせいか。歯がガチガチと震える。動悸が激しくて、立っているのでやっとのことだった。

 逃げたい、助かりたい、自己弁護をしたい。でも、俺と「彼女」の関係は説明できない。いや、説明するわけにはいかない。

 それをしたら「彼女」を裏切ることになる。

「私はさ、日部くんと絵莉が別れたこと自体には何も言わないよ。絵莉の話を聞いて納得できない部分は沢山あるけど、それは二人の問題だからね。でも、この状況に関してはさすがに口出しさせて。日部くんのやってることって絵莉に対して失礼だと思わない?」

 兎田さんは怒っていた。目を真っ赤にしてこちらを睨む。

 彼女の怒りは正当だ。間違いなく、俺は浮かれていた。絵莉との関係も宙ぶらりんなままなのに、今の関係に甘えて好き勝手やっていたんだ。不誠実極まりない。

「月夜、それは言い過ぎだろ」

「羽生は黙って」

「お前の意見は佐山側に偏りすぎてんだよ」

「それ言ったら羽生は日部くん側じゃない!」

 俺のせいで智慧と兎田さんが睨み合う形になる。……もう、限界だった。

 自分のせいで誰かが言い争っているのを見るのが一番キツい。

「ちょ、ちょっと待って! 何この状況!? 月夜も羽生も落ち着いて!」

 クラスの誰かからこの状況を聞いたのだろうか。慌てた様子で絵莉が教室に入ってくると、そのまま智慧と兎田さんの仲裁をする。

「……っ!」

 自分でこんな事態を生み出しておいて、俺は絵莉に助けてもらうのか。どれだけ不誠実を積み重ねれば気が済むんだ。

 ダメだ、俺がちゃんとケジメをつけないと。

「三人ともごめん! ちゃんと落とし前はつけるから、一日時間をくれると助かる!」

『春哉(日部くん)!?』

 智慧、兎田さん、絵莉がそれぞれ引き留めようとしていたが、それを振り切って教室を飛び出した。廊下を駆け抜け、上履きのまま校舎を飛び出し、教師のどこにいくんだという声を無視して、無我夢中で走り続ける。——そのあとの記憶はない。

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