3-1
「もう完全に感覚を掴んだよね」
「二人乗りって競技があったら、たぶん優勝できると思うわ」
すっかり馴染んでしまった美郷さんの家で、これまでの成果を振り返っている。
あれから俺たちは何度も二人乗りの練習をした。その度にお互いの練度は高まっていき、もはや二人乗りに関しては向かう所敵なし状態になっている。
「あとさ、どう? なんかちょっと逞しくなってきたよね、俺」
体重にほとんど変化はないけど、体脂肪率がかなり落ちた。それはつまり脂肪が筋肉になっているわけである。あとは体幹や足腰が前よりも強くなっていることを実感できるようになった。体に一本の芯が通ったような感覚がある。
母からも「なんか顔がほっそりしたよね」とか言われたり、智慧や兎田さんからも「顔面偏差値を上げにきてる?」と言われたし(これは絶対に失礼)。
……何故か絵莉は不機嫌そうにしていたから、手放しには喜べないんだけどね。
「私は面白くないけどね。春哉は強者の靴を舐めている姿が一番似合うもの」
「未だかつてそんな経験ないわ!」
「あ、私の靴は舐めなくていいからね。むしろやめてほしいかな、汚いし」
「頼んでもないのに断られた!? 俺を靴舐めキャラにするのやめてくれない!?」
風評被害にも程がある。他人の顔色を窺う方だが、さすがにそんなことはしない。
「舐めるんじゃなくて、ナメられる男」
「上手くないから!」
「さて、ふざけるのもこれくらいにして。問題はここからよ」
「うん……」
そうなのだ。もう準備は万端すぎるくらい万端なのだが……。
「肝心の、二人乗りをする相手が見つからないのよね」
「やっぱここが一番のネックか」
どんなに準備をしても、それを披露する場がなければ意味がない。
「春哉の方で誘ってみる努力はしたの?」
「そう簡単に言うけどめちゃくちゃ難易度高いからね、二人乗りに誘うの! そもそも電車通学だから自転車がないし!」
「家から自転車でくれば?」
「遠くて無理だって!」
一回調べてみたけど、片道で一時間は掛かる計算だ。
決して不可能な距離ではないが、毎日となると負担が大きすぎる。
それに通学手段を「電車通学」と学校に提出しているので、変更しようとなるとかなり煩雑な手続きが必要となる。ハッキリ言って面倒だ。
「じゃあ、その辺の女の人に声掛けてみたら? 『お姉さん後ろ乗らない?』って」
「斬新すぎるナンパ! そっちの方が難易度高いわ!」
「……八方塞がりね」
「まぁ、俺の方でも何かできないか考えてみるけどさ。せっかくの準備が水の泡になるのは勿体無いからね」
そもそもは美郷さんが言い出したことだけど、それを差し引いても彼女には随分と協力してもらった。その時間を無駄にするようなことはなるべくしたくない。
「ありがとうね、春哉」
美郷さんは口元に優しい笑みを浮かべている。
以前までは長い前髪のせいで表情が分かりづらかったけど、最近は口元に注目してみることで、彼女がどんなことを思っているのかなんとなく分かるようになった。
なんだか照れ臭い。美郷さんは自分の感情に素直な人だから、嘘偽りのないダイレクトな感情がこうして伝わってくる。彼女の「ありがとう」は心からのものであると。
「ま、まぁね。俺も美郷さんが夢を叶える姿を見たいし。……だけど、こんなんじゃ必要なRJエネルギーが全然溜まらないよね」
ここまで全く成果なし。協力すると宣言した手前、この体たらくは情けない。
「いや、実はそんなこともなくて。何だかんだRJエネルギーが溜まってるのよ。春哉の中にもそうだし……なんか私の中にも」
「え、そうなの!? 溜まるようなことしたっけ?」
全く心当たりがない。ごく普通の日々を過ごしているだけなのに。
「私もこのエネルギーの全てを理解してるわけじゃないから、『青春をする』以外にも何らかの方法があるのかもしれない。気が付いてないだけで」
「なるほど。でも、今は確実に溜まる方法を取った方がいいと思う。再確認だけど、二人乗りが実現できれば確実にエネルギーは溜まるんだよね?」
「それは間違いない。母はそういうTHE・青春っぽいことをして、RJエネルギーを溜めたって言ってたから」
前例があるのであれば安心だ。ここまで二人で頑張ってきたのに、そもそも徒労だったなんてのはあまりにも悲し過ぎる。
「分かった。ひとまず明日からできる限りのことを頑張ってみる」
「私も陰ながらサポートしてみる!」
「……サポート?」
これまでの経験上、すごく嫌な予感がする。念のため突っついておく。
「クラスの女子の下駄箱に『日部春哉と二人乗りをしないと、あなたは不幸になります』的な手紙を入れてみようかな、と」
「絶対にやめて!?」
そんなことをしたら、俺が一番の容疑者として吊るし上げられる。それだけは何としても避けたい。申し訳ないがありがた迷惑だ。
このあときちんと話し合いをして、美郷さんのサポートはなしの方向になりました。