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【9作目】魔女になりたい魔女×ピエロになりたくないピエロ  作者: あぱ山あぱ太朗
道路交通法によって原則二人乗りは禁止されています
12/24

2-6

「ついにこの時がきたわね」

「そうだね」

 自転車がようやく納品された。浦さんこだわりの一品だ。

「これはただのシティサイクルじゃないんですよ」

「徹底的に軽量化しました。カゴ、サドル、ホイール、これらを標準のものより軽いものに変えているので、車体全体で一キロ以上の軽量化に成功しています」

「グリップ、ハンドル、ギア、ブレーキも変えたので操作性が向上、クランクはクロスバイク並みの推進力になってます」

「タイヤも太いものを使うことで安定感は抜群。これなら二人乗りも——」

 長いので割愛させてもらう。

 とにかく二人乗りに使う自転車としては、充分すぎるスペックを誇っている。おかげさまで一ヶ月のバイト代は余裕で消えましたけどね。

 だが、課金をしただけあって安定感や操作性は比べ物にならない。試乗してみたが、過去に乗った自転車とは訳が違った。

「春哉もちょっと逞しくなったよね」

「あ、やっぱり? 最近はなんか体のバランスがいいんだよね」

 そして、元がヒョロヒョロということもあって、早くもジムの成果が出ていた。

「負荷をかけ続けないと筋肉は成長しないんだ!」

「まずは下半身強化のためスクワッド! 大臀筋、大腿四頭筋、ハムストリングスを意識してね。トレーニングは強化する部位を意識すると効果的!」

「体幹強化のためランジも取り入れたよ! これを短い時間で何セットも繰り返すことで心肺機能も高められる! 自転車に乗るなら心肺機能の強化は必須だからね!」

「上半身のバランスも大事。ベンチプレスで大胸筋、三角筋、上半身三頭筋——」

 これまた長いので割愛する。

 宮さんの熱血指導により確実に体は仕上がっていた。いつの間にか、運動部くらいハードなトレーニングをすることになっている。

 途中で逃げられた美郷さんが羨ましいけど、おかげさまで肉体状態は過去最高だ。辛いトレーニングのおかげでメンタルも鍛えられている気がする。

 最強スペックの自転車、過去一仕上がった肉体、申し分ないくらい準備万端だった。

 ……そう、あくまで『準備』は、だけど。

「でも、理屈ばっかりの頭でっかちは良くないわ。実際にやったこともないのに、『私ならこうやるけどね、理論的にはこうだし』みたいな聞いてもないアドバイスをしてくるような輩にはなっちゃダメよ」

「なにその具体的すぎる例は!?」

 美郷さんの過去に何かあったのだろうか。

「——というわけで、今日は山に来てます」

「それは見れば分かるけどさ!? なんでこんなところに!?」

 一面には生い茂る木々。微妙に傾斜がついており、小さな山といっても差し支えない。

 休日、市街地から外れたこんな意味不明な場所に呼び出された。

「ここ親戚が持ってる山林でね。私有地なのよ」

「あ、そうなんだ」

「もし食べ物に困ったら、その辺のタンポポとか食べていいからね」

「そんなに貧しくはないからお気遣いなく!」

 天ぷらにしたら美味しい、みたいな話は聞いたことあるけど、今のところタンポポ食にチャレンジする予定はございません。

「とにかくここは私有地ってことだから。つまり、分かるよね?」

「えーと、ここなら気兼ねなく練習できるってことかな」

「そういうこと」

 二人乗りは法律で禁止されている。

 だけど、それはあくまで公道やそれに準ずる場所で適応される話のはずだ。私有地ならその限りではない(はず)。

「……うんまぁ、ならいいか」

 美郷さんの無理難題に応えすぎて、この程度のことでは動じなくなっていた。

「けど、なんで私服じゃなくて制服なの?」

「なによ、せっかく休日に会ってるんだし、肩とか太ももとか谷間が見えるようなエロい服着てこいよ。全く気が利かない女だな、みたいな顔は」

「ねぇ!? 俺ってそんなゲスいことを考えてそうな顔をしてるのかな!?」

 休日に制服を着ていることが気になっただけで深い理由はない。

 普段はどんな服装をしているんだろう、って好奇心があったのは事実だけど。

「シンプルな話、外に着ていける服がこれくらいしかないのよ。小学校の頃に着ていた服はさすがに着れないし」

「ちょ、待って!? つまり小学校以降は一切服を買ってないってこと!?」

「中学校からは制服があるからね」

 制服があるからって、私服を買わなくて良いことにはならないと思うんだ。

「お、おしゃれとかは興味ないの?」

「自分で言うのはあれだけど、私って魔女である自負と、それに伴う自尊心に支配されてるヤバい女だから。そういう日常の些事は全く気にしてないのよね」

「ほんとに自分で言うことじゃないと思うよ!?」

 相変わらず美郷さんは魔女一筋だった。その真っすぐさは魅力だけど、日常生活で不便なことが多そうではある。

「ほら、私の服装なんてどうでもいいから練習を始めましょ」

「う、うん。分かったけど……じゃあ、とりあえず後ろに乗ってもらえるかな?」

 特製仕様のママチャリに跨り、後ろの台座に座るよう美郷さんに促す。

「これってどう座るのが正解なの?」

「まぁ、できれば跨ってもらったほうが安定感はあるけど、スカートだから横向きで腰掛けてもらう形かなぁ」

 スカートで自転車に跨るのは大変そうだ。その、色々と気を使わないといけないこともあるだろうし。

「もしあれならスカート脱ぐけど」

「頭おかしいのかな!?」

 どうしてその発想になるのか意味が分からない。男でも野外でパンツを露出するのには抵抗がある。ましてや美郷さんは女の子であるわけで、貞操観念とかあるじゃないですか。いや、そもそも外でパンツを露出するのは、男女関係なく人間としてマズいと思う。

「ふふふ。こんな事態も見越して、中に着てるのは水着なのよ!」

「あははそっかー! 中に水着を着てるなら大丈夫かー、ってそんなわけないでしょ!」

「え、水着だよ? 中学生の時に授業で着てたやつ」

「いやいや、なんで今更そんなものを! てか、中学の水着をまだ着れるの!?」

 中学の水着っていわゆるスク水だよな。

 それはそれでパンツを露出するのと同じくらい扇情的というか、上が制服ブレザーで下はスクール水着とか、なんか変な性癖に目覚めそうで怖い。

「悲しいことに中学時代から体型が変わってないのよ……。なによ、貧乳でも必死に生きてるんだからね! 貧乳を笑うものは貧乳に泣くわよ!」

「俺、なんも言ってないよ!?」

 ファッションには無頓着でも、自分の乳にはコンプレックスがあるらしい。

「えいっ! パンチラ攻撃!」

「ちょ、なにしてんの!?」

 美郷さんはスカートをめくって、その中身を見せつけてくる。

 一瞬のことで、下着なのか水着なのかは判断できなかったが、穿いている布の素材なんて正直なところどうでもいい。

 スカートの中身が見えること自体が思春期男子にとって劇薬だ。

「巨乳派男子を成敗ぃ! くらえ、石化魔法!」

 美郷さんがスカートの裾を持ち上げる。またしても中身はよく見えないが、なんかもうスカートをたくし上げている事実がエロすぎて辛い。

「別に巨乳派じゃないから! ちょ、やめ! ほんとに石化する!」

 何が、とは言わせないでほしい。……俺は休日の山でなにをしてるんだろう。


「じゃあ気を取り直して、自転車の後ろに乗ってもらえる? ちなみにスカートは脱がなくて大丈夫だから!」

「うん」

 美郷さんは横向きでちょこんと台座に腰掛ける。すると自転車の重心が片側へと傾く。やはり横向きで乗ると、どうしても安定感がなくなってしまう。

「このままだと危ないからどこか掴んでもらってもいい?」

「どこかって?」

「えーと、俺からはとても提案しづらいんだけど……服とかできれば腰の辺りを……」

 下心とかは一切なく、できるだけ密着してもらったほうが安心なので。

「えい、ぎゅ!」

「のへほ!?」

 突然、腰のあたりに手を回される。思わず素っ頓狂な声が出る。

「なんて声出してるのよ」

「だ、だってねぇ?」

 異性から抱きつかれたらそれは反応せざるを得ないと言いますか。こっちとしては軽く服を摘んでもらうか、腰の辺りを掴んでもらう想定だったので。

「こういうのは本番に近いに越したことはないでしょう」

 美郷さんは恥ずかしがる素振りもなくただ冷静だった。俺が意識しすぎなのか。

「え、本番も腰に手を回してもらう想定なの?」

「その方が青春っぽいから、RJエネルギーも沢山手に入るはずよ」

「……そうなると、いよいよ誰とやるのかが難しくなってくるよね」

 ぶっちゃけこの距離感は付き合っているレベルの異性じゃないと厳しいと思う。

「細かいことはできるようになってから考えればいいのよ」

「まぁ、そうか。了解。じゃあいくよ、気をつけてね」

 いよいよ二人乗りの練習を開始する。


「もぉ、あんまガタガタさせないでよ!」

「舗装された道じゃないから仕方ないんだって!」


「思った以上にブレーキとハンドルが効きづらいなぁ……」

「私が重いと?」

「そうは言ってないって!」


「これってあれだよね、後ろに乗る人のバランスも大事だね」

「私と体の相性はバッチリってこと?」

「だいぶ意味合いが違う気がするんだけど!?」


 一時間くらい練習をして切り上げることにした。

 後ろに乗っている美郷さんが、「お尻が持たない」と限界を訴えたからである。

 二人乗りは漕いでいる人間よりも、後ろに乗っている人間の負担が多い、それが本日の学びだった。

 私有地の山を下り、最寄り駅まで美郷さんを送る。道中はもちろん公道なので、二人乗りではなく自転車を押しながら並んで歩く。

「もおー、春哉が下手くそだから下半身が痛いんですけどー」

「誤解が生じるような言い方はやめてくれる!?」

 聞く人が聞いたら絶対に誤解する。そして、俺の評価が地に落ちる。

「結局、二人乗りがなんで青春っぽいのか、私にはさっぱり分からなかった」

「なんでだろうね。やっぱ物理的な距離が近づくのがいいのかね?」

「こうやって自転車を押しながら一緒に歩いてる方がなんか——」

「なんか?」

 肝心な部分が尻すぼみになって聞き取れなかった。

「うるさい! ほら遅いよ、春哉!」

「ちょっと待ってよ! こっちは自転車を押してるんだから!」

 駆け足になった美郷さんの後に続く。ジム通いの成果で代謝が良くなったのか、じんわりと汗が滲んでくる。最近になって気温がどんどん高くなってきた。

 そろそろ衣替えの季節だな。そんなことをぼんやりと考えてしまう。この数日間はあっという間過ぎて、時間の流れを意識する暇もなかった。

 きっと明日も明後日も明明後日も、美郷さんに振り回されているんだろうけど。

 それも存外悪くない。そんな風に思う自分がいた。

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