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【9作目】魔女になりたい魔女×ピエロになりたくないピエロ  作者: あぱ山あぱ太朗
道路交通法によって原則二人乗りは禁止されています
11/24

2-5

「はぁ」

 注文されたハイボールを作りながら、最近の出来事を振り返りため息をつく。

 現在はアルバイト勤務中だった。かれこれ半年くらい働いている地元の焼肉屋。手頃な価格帯ということもあり、学生から大人まで幅広いお客さんに利用されている。

 しかし、今日は比較的にお客さんが少なかった。

 平日の夜であることや、地獄のGW明け(飲食店従業員にとって)が要因になっているのだと思う。そのため幾分か余裕があった。

「どうすたんっす? ため息なんかついてぇ」

 耳ざとい羽衣がそれを聞きつけて声を掛けてくる。

 バイト先の後輩にあたる織羽衣。都内の有名私立大学附属女子校に通う一年生。

 ここで働き出してからまだ一ヶ月しか経っていないのだが、もうホールスタッフの間では馴染みの存在になっていた。

 超高学歴のエリートではあるが、天然で抜けているところがあって親しみやすい。

 謎に訛った喋り方をはじめ非常に個性的で、せっかくの恵まれた容姿や体型も霞んでしまっている。

 最初は、高学歴、高身長、高巨乳(そんな日本語はない)、おまけに可愛らしい顔立ちをしているのでスタッフ一同から注目されていたが、今では皆の妹的な存在だ。

「日部さんのことやから、大した悩みでもなさそーでけど」

「え、なんか俺ディスられたよね!? 年下の女の子に突然!」

「あはっ、そんくらい仲良すってことで! ブイ!」

「『ブイ!』じゃないって……やれやれ」

 羽衣は笑顔でピースをする。あまりにも無邪気な表情に毒気が抜かれてしまう。

「んで、何故ため息なんかついてたんす?」

「ちょっと出費が重なってさー」

 まずは自転車の代金。

 浦さんから見積書が届いたけど、目ん玉が飛び出そうになった。モリモリに改造をしてくれているみたいで、普通のママチャリのレベルではなくなっている。それでも原価ギリギリの割引価格でやってくれているらしいので文句も言いづらい。

 次にジムの会費。

 逃げ場をなくすためにも一年分まとめて払っちゃいなよ、なんて宮さんのセールストークに乗せられて年間契約をしてしまった。その方が月当たりの値段は安くなるし、おまけに大量のプロテインセットも貰ったからお得ではあるはずだけど。

 とにかくそのせいでお金がない。貯金は完全に消し飛んでしまった。


「それってもしかして、例の彼女さん?」


 羽衣に事情を話そうとしていたところ、愛菜さんがニヤニヤと話に割り込んできた。

 バイト先の先輩にあたる河口愛菜さん。都内中堅私大に通う大学二年の女子大生。この店の古株で皆から頼りにされるお母さん的な存在だ。

 年上でありしかも美人。平素の俺ならば、緊張して上手く話せなくなってしまうような相手なのだが、この人はちょっと特別だった。

「もう別れたって何度も言ってるじゃないですか……。あと、この間の電話長すぎです! 次の日、遅刻しましたからね俺!」

 美郷さんと通学路でぶつかることになった原因はこの人にある。

 GW最後の日、地獄の連勤が終わったことを祝して、事務所でささやかな宴が開かれた。そこで覚えたての酒でベロベロになった愛菜さんに絡まれたのだ。会がお開きになった後も「電話するから!」と聞かず、結果として深夜まで電話をすることに。

「あれ、わたし電話なんてしたっけ? あの時、酔ってたからなぁー。別に春くんが嫌だったのなら切ってくれて良かったのにー」

「電話切れる状況じゃなかったんですよ! めっちゃ号泣してたの覚えてないんですか! なんか意中の相手が全然振り向いてくれないとかで!」

「うわ! うわわわわ! ちょ、やめて! 恥ずかしいから! てか、年下の男の子相手に何言ってるんだぁー! わたしぃ!」

 愛菜さんは顔を真っ赤にしながら頭を抱えていた。反応を見るに本気であの時のことを覚えていないようだ。

 こういうポンコツ具合を知っているから、愛菜さんとは緊張せずに話せる。先月二十歳になった華の大学生、しかし年齢イコール彼氏いない歴を継続中だ。俺に彼女ができたことを知り、「日部くん……いや春くん! わたしの恋愛相談に乗って!」と声を掛けられたのが、事務会話以外の話をするようになったきっかけだった。

「え、え、なんか新情報がてけさんあったんすけど! 日部さんごときに彼女!? 愛菜さんに意中の相手ぇ!?」

「ちょ、ごときって失礼すぎないかな!?」

 俺をなんだと思っているんだ。

「いやだって、日部さんって何だろう『面白いオモチャ』みてえなもんで、それをカレスにするってのは酔狂な人もいたもんやなぁと」

「全然フォローになってない! むしろもっと酷いこと言ってる! 俺は羽衣のオモチャになったつもりはないからね!?」

「え、大人のオモチャ? わたす、下ネタは苦手です」

「ちっがぁぁぁぁぁあうー!!」

 認めたくはないが、完全にオモチャにされていた。どうして俺は年下の女の子にここまで舐められてしまうのか。少しくらいは敬われてみたいものである。

「ま、日部さんは正直どおでもよくて」

 どうでもいいって……。もうちょっと職場の先輩として、興味を持ってくてもいいんじゃないだろうか。

「それよりも愛菜さんの意中の相手とは!?」

「い、言わないからね! 絶対に!」

 顔を赤くしながらも愛菜さんは精一杯の強がりを見せる。

「……言わない? そこはどうせ知らないでしょ、とかじゃないんすか? まるでわたす達が知っとる人物の中にいるような口ぶり!」

「ほ、ほんとに違うから! 邪推はやめてよね!?」

 実は俺も、愛菜さんの意中の相手は知らない。

 もし俺たちに近しい人だとして、バイトメンバーの中で真っ先に浮かぶのは——

 ガチャガチャガシャガシャ!! パキパキパリパリーン!!

『し、失礼しました!』

 大量のお皿が割れる音。ホールスタッフの取り決めとして、食器を落としたり皿が割れて大きな音が出た時は、店内のお客様に謝罪する必要があった。

 俺たち三人は箒とちりとりをもって、音の発生源である流し場の方に向かう。

「ちょ、どうしたのよ! 秀太!」

「すまん! 手が滑って!」

 キッチンスタッフの酒門さんが割れたお皿の破片を拾い集めていた。

「ほら危ないから退いて退いて! 手でも切ったらどうするの!」

「いや、これは僕のミスであって……」

「いいから!」

「…………ぐっ」

 酒門さんは渋々と引き下がる。恋愛絡みではポンコツだけど、愛菜さんは飛び抜けて仕事ができる人だ。お皿の破片を箒とちりとりでテキパキ集めていく。

 そんな愛菜さんの様子を見て、酒門さんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 どうやら二人は幼馴染らしくて、愛菜さんの遠慮がない物言いはその関係が下敷きとなっている。

「酒門さん、でーじょうぶっすか?」

「あぁ、悪い。僕の注意不足で迷惑をかけた」

 酒門秀太さん。愛菜さんと同じ大学二年生。羽衣がエスカレーター式で進学予定の都内有名私立大学に通うエリート。物知りで知識豊富、勉強ができるだけではなく武道の心得もあるらしく、細身ながらも体つきはがっしりとしている。

 一見すると完璧超人なのだが、仕事においては抜けている部分が多くてミスも多い。

 それをいつも愛菜さんに叱られている。この構図を半年の間に何度も見てきた。

「俺、袋持ってきますね」

「ありがとー! 二重三重にしたいから何枚か持ってきてもらえると助かる! ほんと、春くんは気がきくのに、秀太もそれくらい自分で率先して動きなさいよ」

「いえいえ、そんな!」

 俺をダシにしないでほしい。酒門さんの恨めしい目が怖くて仕方ない。原因はよく分からないのだが、酒門さんとは微妙に相性が悪くて気まずい関係なのだ。

 事務所に戻ってゴミ袋の束を掴む。

 ……愛菜さんの好きな人、最初は酒門さんの事だと思っていた。

 しかし、ここで働いているとそれが勘違いであることに気が付く。だって、好きな人にあんな厳しくは接しないだろうし普通は。酒門さんの方はもしかしたら……だけど。

 ゴミ袋を持って再び三人のところに合流した。


「ほらほら、酒門さん〜。ちとは元気出してくんさいよ」

「GW中にも一回やってるからな……」

「本当よ! 忙しい時はまだ百歩譲って理解できるけど、今日はわりと暇だったでしょ」

 割れたお皿を片付け終え、副店長に事の次第を報告することに。続けてのミスということもあり、酒門さんはしっかり目に怒られていた。

 今はそんな酒門さんを慰めようの会だけど、愛菜さんは相変わらず厳しい。

「ちょっと考え事をしていてな」

「考え事ですか?」

 酒門さんの言葉をそのまま繰り返して質問をする。

「ッ! た、大したことじゃない……! そ、それより日部はなんだ。どうして、出費がかさんでいるんだ?」

「え、あぁ、それはちょっと自転車を買ったり、ジムに通うようになりまして」

 あれ、これってさっきまで俺と羽衣、愛菜さんで話していた内容だよな。それをなんで酒門さんが知っているのだろうか。

「なになにー、春くんってば彼女と別れた影響から肉体美に目覚めたの〜?」

「違いますって!」

 ある意味ではその目的の方がまだ健全だったというか。

「そういえば、日部って彼女いたんだな」

「そ、そうっすね。三月末くらいには別れることになったんですが」

「いや、僕なんて彼女がいたことすら……じゃなくて、なんでそんなパーソナル部分を日部と愛菜は共有してるんだ」

 酒門さんは落ち着いた声音でそう問いかけてくるが、他人の機微に敏感すぎる俺には、その裏に隠れている「不満」や「妬心」のようなものが感じ取れてしまう。

 おそらく、俺と愛菜さんの関係のことで大きな誤解が生じているんだと思われる。

 たぶん、さっきまでの会話を完全に聞かれていたな。愛菜さんが俺に彼女がいることを知っているみたいな流れも、さっきの話を聞いていないと分からないはずだし。

「それはあれですよ。愛菜さんから恋愛——むぐっ!」

 誤解を解こうと経緯を説明しようとしたところ、手のひらで口元が覆われる。抗議をしようと首を横に向けると、恐ろしい笑みを浮かべる愛菜さんの顔が見えた。

「春くーん。ちょーっとお喋りがすぎるかなぁ?」

「れつにへんやことはにゃにも!(別に変なことは何も!)」

 何、どういうこと。酒門さんには言うなってことか。厳しく接している幼馴染相手に弱みを見せたくないみたいな。

 でもこの事実を伝えないと、酒門さんからは誤解されたままなんだよな。

「お前ら距離が近すぎるだろ……!」

「そ、そんなことないよねー? ねー春くん?」

 余計なことを言うなよ、なんて愛菜さんの視線が怖い。

 一方で俺の幼馴染に粉をかけてんじゃねぇよ、なんて酒門さんの視線も恐ろしい。

「そ、そういえば! 食パンの袋を止めてるアレの正式名称って知ってます!?」

 こういう時は話を逸らしてしまえばいいのだ。お得意の技を使わせてもらう。

「あからさまに話を逸らすな。あとそれ、バッグ・クロージャーのことだろ」

 ダメだ、博識の酒門さんには通じなかった。

「まーまーいいじゃないすっかー。こまけーこたぁー」

 思わぬところで助け舟を出してもらえた。

 羽衣はこういう時にいい意味で空気を読まない。短い付き合いではあるが、彼女のこういう平和主義な一面には何度か助けられていた。

「……ん、まぁそうだな。困らせてしまってスマンな、日部」

「なんか板挟みみたいになってたね。年上二人が揃いも揃ってごめんねー」

「あぁ、いえいえ! そんな気にしてないので謝らないでください!」

 とりあえず場は収められた。火種はまだ残っているので、また燃え上がらないことを祈るばかりである。

「日部さん、日部さん。わたす一個気になってんっすけど」

「どうしたの?」

 助けてもらった恩義がある。可能な限り真摯に応えよう。

「結局のところ、自転車とか筋トレを始めた理由って何なんすか?」

 どうしたものか。正直に答えたらそれはそれで変な空気になりそうだけど、この流れで嘘をつくのも羽衣に申し訳ないからな。

「いや、その……二人乗りをするためと言うか……」

『は?』

 羽衣だけではなく、愛菜さん酒門さんも同じ反応だった。はい、その反応はよく分かりますよ。言っている本人もそう思ってますからね。

 近頃の出費を補うため、シフトを増やしたバイト先での一幕だった。

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