第一話
歌が、聞こえる――
凛として、強いようで儚く、どこか寂しさを感じさせる。
ほのかに香る雨上がりのコンクリートと、冷たい風が肌に心地いい。
あぁ、なんて悲しい気持ちになるんだろう。
そう思いながら、暗闇にぼんやり光る屋上の扉を開けた。
もう生きていたくない。何度思ったことだろうか。
学校には友達がおらず、ただひたすらに教室の端で小説を読んでいる。話しかけてくるクラスメイトは数名、アニメや小説の情報交換程度だ。
人によっては、それを「友達」と言うのかもしれないが、俺はそうは思わない。
自宅へ帰れば、尽きる事のない母親からの言葉。
「どうして部活に入らないの」
「○○さん家の息子さんはこういうことをしてくれたって」
「成績だって普通」
「学校へ行かせている意味がない」
「ただのオタクじゃない」
「恥ずかしい」
母親はたまにヒステリックを起こすので、平和のために反論することは辞めた。自分自身、至って普通の地味な高校生だと思っているのだが、母親はそう思っていないらしい。
他に行きたい高校はあったが、親の世間体のために自称進学校を受験させられ、無事受かったので親指定の高校へ通学してはいるものの、大学への進学は許されず、家から出て働けとのことだった。
一方、父親は家庭には無関心で、単身赴任や出張が多く家庭の事を母親に丸投げしている。
所謂、「毒親」なのであろう。
そんな日々に嫌気が差し、高層ビルの屋上に侵入してきたのだ。
案外、すんなりと入れてしまったのでそのまま飛び降りてやろうかと思ったのだが、今日という日を選んだことが間違いだったらしい。夕食時にいつもの母親からの言葉に耐えられなくなり、そのまま家を飛び出してきた
屋上の扉を開けようとしたところ、歌声が聞こえたため、向こう側に他人がいる事が分かった。いつもの俺なら間違いなくそのまま引き返すのだが、こんなに切なく、綺麗で、筋の通った声は聞いたことがない。
吸い寄せられるように開いた扉の先には、セーラー服の少女が人混みを眺めながら、屋上の手摺の上に立っていた。
「・・・ヒト、だ。」
少し離れたところにいた少女は歌うことを止め、こちらを振り向き小さく呟いた。
手摺に立つなんて、きっと体育の成績は優秀なのだろう。
薄暗いビルの光に照らされている、整った唇が艶かしい。
「あの、こんな所で何してるんですか」
「君こそ」
「俺は・・・」
飛び降りようと思って、なんて言えるわけもなく、言葉に詰まる。
もごもごしていると、手摺から降りた少女がこちら側に近づいてくる。
整った前髪に、深い黒で腰まで長いサラサラロングヘアー。猫のようなぱっちりとした目が、赤い。泣いていたような赤さではなく、瞳の色が鮮血のように赤いのだ。肌は暗闇でも分かるほど白い。そう、吸血鬼みたいな――・・・
「君さ」
「・・・はい」
「私がヒトを喰わない鬼で、良かったね」
「・・・はい?」
「だってすっごくいい匂いがする」
この少女は、何を言っているんだろうか。
いい匂いがするのはあなたの方ですよ、と思ったものの、口には出せずに思わず息をする。街中のコンクリートの匂いよりも強く、清潔感のあるシャンプーの香りが鼻のまわりを漂う。
「君、早く家に帰った方がいいよ。」
「いや、あの・・・」
「もうすぐ、現れるから」
「何が、ですか・・・」
「何って、鬼だよ」
さっきから全く分からない。
鬼?喰われる?いい匂い?
「ほら、来た。」
少し強めの風が吹く。
思わず腕で風を避けると、音もなく目の前に男性が現れた。




