私のこと、覚えています?
何番煎じが分からない婚約破棄モノ。
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「ヴィクトリア!!君との婚約を破棄させてもらう!!」
パーティー会場に響き渡る、衝撃の一言。
自慢げに、そう宣言した男の名はディラン・フリッツ。
そして、婚約破棄された令嬢の名はヴィクトリア・リーヴ。
この二人は、齢六歳の頃から付き合っていた、婚約者であった。
「..........何故、私との婚約を破棄するのですか?」
信じられない。
という顔で、ディランに尋ねるヴィクトリア。
すると、ディランは鼻で笑った後、一人の少女を近くに引き寄せ、こう言った。
「何故も何も、真実の愛を見つけたからだ」
「真実の....愛.....?」
真実の愛。
それを聞いたヴィクトリアは、全てを察した。
自身の婚約者..........いや、元婚約者は、自分以外の女を作ったのだと。
「紹介しよう、彼女こそが私の真実の愛。クリスティーナだ」
クリスティーナと呼ばれた少女は、金髪のヴィクトリアとは違い、可愛らしいふわふわピンク色の髪の毛に加え、その目は、エメラルドのように綺麗であった。
彼女は、ヴィクトリアに気がつくと、ニコリと笑った。
その瞬間、多くの貴族達は眉をひそめ、小声でヒソヒソと話した。
「真実の愛だと?馬鹿馬鹿しい.....アレでは、ただの浮気の正当性を主張しているだけではないか」
「隣にいる女性は...........もしや、カンネクン男爵の...........?」
「ヴィクトリア様がいながら、他の令嬢に手を出すとは.......」
「恥知らずにも程がありますな」
冷たい視線で、ディランを見つめる貴族達。
しかし、当のディランにとって、そのことはどこ吹く風だったのか
「気にするなクリスティーナ。彼らは、お前の美しさに嫉妬しているだけなのだから」
そう言った後、クリスティーナに向けて、微笑んだ。
あの微笑みは、私だけのものだったのに。
その光景を見て、そう思ったヴィクトリアは、何故だか惨めな気持ちになり...........人目も憚らず、ポロポロと涙を流した。
例え、目の前にディランがいたとしても、その涙を止めることは出来なかった。
「見ろ、クリスティーナ。僕達の未来をヴィクトリアが祝ってくれてるぞ」
ヴィクトリアが自分達の未来のために、泣いてるのだと勘違いしたのか、ディランがそう言うと...........さっきまで一言も喋ることなく、ニコニコと笑っていたクリスティーナは、笑顔を崩すことなく、ディランにこう尋ねた。
「ディラン様。私のこと、覚えていますか?」
彼女がそう言うと、ディランは、一瞬ポカーンとするものの..........すぐに我に帰ったのか
「な、何を言ってるんだ?僕と君は真実の愛で結ばれた..........だろう?」
と言うと、クリスティーナの顔から笑顔が消え、ディランの顔を一直線に見つめながら、こう言った。
「.......へぇ、真実の愛?それをあなたが言うのですね」
彼女の口から出たその声は..........重く、冷たく、そして、ナイフのように鋭いものであった。
「く、クリスティーナ?」
今まで、見たことのない様子のクリスティーナを見た、ディランは彼女に対し、少しだけ怯えた表情になっていたのに対し、クリスティーナは.......再びこう言った。
「もう一度聞きます。私のこと.....覚えています?」
「クリスティーナ、さっきから何を言って」
「あぁ...........ひょっとして、私の顔を忘れているのですか?なら.....これならどうでしょうか?」
クリスティーナはディランに対し、ニコッと微笑んだ後、自身の前髪を上げた。
そして、彼女の額が露わになると...........その場にいた貴族達は、全員目を見開き、一部の人間は口を押さえながら、絶句していた。
それもそのはずで、彼女の額には、痛々しい傷が残っており
「酷い.......」
クリスティーナの額の傷を見たヴィクトリアは、思わず、そう呟いた。
一方、その傷を見たディランの反応は、他の貴族達とは違い...........何故か、顔色が徐々に青くなっていった。
「お、まえは..........」
その言葉を聞いたクリスティーナはニヤリと笑うと、ディランに向けて、こう言った
「ようやく思い出せたみたいですね、ディラン様...........いや、このクズ野郎!!」
そう叫ぶのと同時に、クリスティーナはディランに対し、強烈なビンタをお見舞いした。
「............え?」
この怒涛の展開に、何が何だか分からず、呆然とするヴィクトリア。
それは、他の貴族達も同じだったらしく..........貴族達もまた、今現在、目の前で起こっていることを理解できてはいなかった。
「ど、どういうこと.....?」
「申し訳ございません、ヴィクトリア様。これしか方法がなくて.......」
そう言った後、深々と頭を下げるクリスティーナ。
その言葉に聞き、疑問と違和感を抱いたヴィクトリアは彼女に対し、こう尋ねた。
「クリスティーナ。あなたは..........ディランのことを何か知ってるの?」
ヴィクトリアの問いに対し、クリスティーナは...........しばらく黙った後、ある事実を話した。
「私は......四年前まで、フリッツ家の下働きとして、母と一緒に住み込みで働いていたんです。まぁ...........彼らからは、ボロ雑巾よりも酷い扱いをされましたけどね」
クリスティーナの口から出た、衝撃的な告白を聞き、ヴィクトリアだけではなく、貴族達も言葉を失った。
何せ、男爵令嬢である彼女が、フリッツ家で下働きをしていただけではなく、フリッツ家の人間に虐められていたという、とんでもない事実だったため、無理もなかった。
だが..........その当の本人は、かつて、自分がいじめていた下働きがクリスティーナだと知ると、顔を怒りで歪ませ、彼女に対し、こう叫んだ。
「ふ、ふざけるな!!下働き分際で!!クリスの分際で!!何でそんなドレスを着ているんだ!!」
ディランがそう言った瞬間、クリスティーナは鼻で笑うと
「私、カンネクン家に養子として入ったんです。だから、今の私は下働きのクリスではありません」
と言った。
「それに..........あの頃の私は、母の言いつけで男っぽい格好をしていましたから、あなたが混乱するのも無理もないですしね」
既に顔が真っ赤な状態となっている、ディランを見下すように微笑むクリスティーナ。
「紛らわしい格好をしたお前が悪いのだ!!」
「仕方がないじゃないですか。だって............あなたのお父様が、まだ幼い少女に手を出す変態なのですから、母が警戒して当然ですよ」
再び、クリスティーナの口から放たれた爆弾発言に対し、ディランは口をパクパクしながら、驚いていた。
それは、貴族達も同じだったのか..........
「そういえば.......フリッツ公爵の屋敷で働くメイド達は、他のメイドよりも幼かったような.....?」
「やだ!?それってつまり.......」
と、三度の飯よりゴシップ好きな性質を持っているからか、あちらこちらでヒソヒソ話が飛び交うのだった。
「でも..........結局、母が亡くなり、月のものが初めてきた時に、公爵様に女ということがバレてしまったんです。だから、私はフリッツ家から逃げ、カンネクン家に.....お父様に拾われたんです」
クリスティーナがそう言うと、ギロリとディランの方を睨む貴族達。
ヴィクトリアに至っては、惨めさで溢れていた涙はどこらやら、元婚約者を、ディランを生ゴミを見るような目で見つめていた。
「ディラン............あなたって人は」
「ち、違う!!アレはクリスが.......」
「.....都合が悪くなったら、すぐに責任転換をする。あなたは本当に変わっていませんね」
ディランのことを睨みながら、そう言うクリスティーナ。
「私の額にある傷だって、あなたが皿投げゲームをした時に出来た傷なんですよ。だけど..........あなたは、皿を割った犯人を私に仕立て上げた。おかげで、私は奥方様から酷い暴力を受けたんですよね」
クリスティーナがそう言うと
「酷い!!」
と言う声で、会場内は溢れかえった。
「皿を投げて、女性の顔に傷を負わせただけじゃなく、皿を割った罪を押し付けるなんて...........ディラン、あなたは正真正銘のクズですね」
「あ、あの時は暇だったから、つい」
ディランがボソッとそう言うと、ヴィクトリアは目を見開いたかと思えば、今度は、さっきクリスティーナにビンタされていない方の頬を、ビンタするのだった。
「...........あなたって本当に最低」
こんな男が好きだった自分が恥ずかしい。
そう言わんばかりの顔をしながら、そんな言葉を吐き捨てるヴィクトリア。
周りにいる貴族達も、それに同調するように、うんうんと頷いた。
「き、貴様ら!!僕を裏切るのか!!」
「裏切るも何も、この場にいる人間があなたの味方なわけないでしょう?」
「ぐっ.......」
クリスティーナの正論に対し、タジタジになるディラン。
「ぼ、僕に逆らうと言うことは、公爵家を敵に回すと言うことだぞ!!それでもいいのか!!」
「えぇ、構いません」
「え?」
彼女の口から出た予想外な言葉に対し、思わず、キョトンとするディラン。
そんなディランを見たクリスティーナは、これ以上にない笑顔を見せながら、こう言った。
「ですよね?パーシヴァル様」
クリスティーナがそう言うのと同時に、その場に現れたのは...........ヴィクトリア達の住まう国の第一王子こと、パーシヴァルであった。
「あぁ、そうだな。それがフリッツ家の考えならば.......我ら王家は、喜んでお前達の敵になろう」
パーシヴァルがそう言うと、ディランの顔は絶望的な表情になり
「ち、違います!!決して、僕は.....フリッツ家は、王家を裏切りません!!」
パーシヴァルに縋り付くように、そう言った。
しかし.....パーシヴァルとヴィクトリアは、そんなディランを冷たい視線を送っていた。
「あら?ヴィクトリア様を裏切ったくせに、よくもまぁそんなことが言えますね」
「ゔっ..........」
「全く.....ヴィクトリア嬢のように、聡明な女性はいないというのに...........愚かにも程があるな」
クリスティーナとパーシヴァルがそう言うと、貴族達も同じことを思っていたのか
「本当にそうですわよね」
「恥知らずはどっちだか」
という声が、ちらほら出てきた。
だが、ディランはその状況を認めたくないのか
「で、ですが!!悪いのは、僕の目の前であたかもか弱い乙女を演じたクリスティーナで」
と、再びクリスティーナに責任転換しようとしたが..........それがパーシヴァルの怒りを買ったのか、パーシヴァルは、ディランに対し、淡々とこう言った。
「あれは貴様に媚を売っていたわけではない。あれは、ただ単にお前と再会したことで、彼女のトラウマが刺激されただけだ」
「..........え?」
パーシヴァルの口から出た事実に、思わず言葉を失うディラン。
「だが、お前はそれを誘っているのだと勘違いし、我が婚約者、クリスに付き纏った...........この行為が、彼女を苦しめているとも知らずに」
我が婚約者。
パーティー会場の中で発せられた言葉は、しばらくその場を静寂に包み込んだ後、ヴィクトリアを含めた貴族達を驚愕させた。
「パーシヴァル様が婚約されたことは聞いていましたが.................まさか、その婚約者がクリスティーナだったなんて.......」
ディランのことはそっちのけで、衝撃的な事実に驚くヴィクトリア。
「すまないな。本来なら、正式な場で発表するべきだったのだが..........クリスが過去にケリをつけるために、フリッツ家の人間に向き合うのなら、婚約者として、付き合うのは当然のことだろう?」
「パーシヴァル様...........」
この会話を聞いた貴族達は、全員こう思った。
これこそ、本物の真実の愛なのだと。
「それに比べて...........お前はクリスに酷い行いをしただけではなく、ヴィクトリアにこんな薬を盛ろうとしていたとはな」
そう言うと、紫色の液体が入った小瓶を見せるパーシヴァル。
それを見たディランは、顔色を変えたかと思えば...........
「か、返せ!!」
と、パーシヴァルに飛びかかった。
しかし、パーシヴァルが躱したことにより、派手に転んでしまったディランは、そのまま誰かが呼んだ兵士に拘束されるのだった。
「この薬は、人体には害は無いが........人を傀儡に変えてしまう恐ろしい効果を秘めた、違法薬物だ。もちろん、我が国でも使うことはもちろん、作ることすら禁止されている」
「そんな薬物を持っていたということは............十中八九、最近自分に構ってもらえない腹いせに、盛ろうとした......ということですよね?」
違法薬物という単語が出てきたことにより、騒然となる会場。
それもそのはずで..........何せ、違法薬物が公爵令嬢に盛られかけたのはともかく、その犯人が公爵令息、しかも、自身の婚約者だった男ということがあってか、ヴィクトリアの顔は真っ青になっていた。
「う、嘘..........」
「お気持ちは分かります。ですが、これがこの男の本性なのです」
ディランをキッと睨みながら、そう言うクリスティーナ。
そんなクリスティーナを見たディランは、体をビクッとさせるのだった。
「ゆ、許してください!!アレはただの気の迷いで.......」
「そんな言い訳が通用するとでも?」
「ヒィッ!?」
クリスティーナとヴィクトリアの方を向かずに、パーシヴァルに向けて、必死に言い訳をするディラン。
だが、それがヴィクトリアの怒りを買ったのか...........
「この下衆が!!」
ヴィクトリアは、ディランの股間をハイヒールで蹴るのだった。
「ぐあああああああ!?」
自身の大事なところが攻撃されたからか、ディランは、すぐにでもそこを押さえようとするが、兵士達に拘束されていることにより、それも叶うことなく、ただただ体をモジモジさせていた。
しかし、その光景が滑稽で仕方なかったのか..........貴族達は、クスクスと笑い始めた。
「流石はヴィクトリア嬢。いい蹴りだ」
「ありがとうございます」
パーシヴァルに対し、ニコッと笑うヴィクトリア。
その顔には、ディランに対する情など無かった。
「さてと。とりあえず、この男には退場してもらおうか」
「えぇ、それがいいですわね」
パーシヴァルとクリスティーナは、ディランに対して笑顔でそう言うと、ディランは兵士に引きずられ、パーティー会場の外に追いやられるのだった。
「..........私、悪い夢でも見ていたのですね」
ディランの後ろ姿を見つめながら、そう呟くヴィクトリア。
しかし..........その顔は、どこか晴れやかであった。
「そう、アレは悪い夢。悪い夢は、楽しいことをして忘れることに限ります!!」
ヴィクトリアの手を握り、目と目を合わせながら、そう言うクリスティーナ。
そして、クリスティーナの言葉に続くように、パーシヴァルは会場にいる貴族達に向けて、こう言った。
「それでは、パーティーを再開しましょう」
パーシヴァルがそう言った瞬間、会場には溢れんばかりの拍手で溢れかえり、皆、パーシヴァルとクリスティーナの婚約と、ヴィクトリアの新たな門出を祝った。
「そういうわけで..........踊るぞ、クリス」
「はい!!」
パーティーが再開すると、その主役はパーシヴァルとクリスティーナに変わり、貴族達は、二人のダンスに見惚れていた。
それを見ていたヴィクトリアは、しばらくは恋をしないと誓ったが..........
「あ、あの.......ヴィクトリア様、僕と踊っていただけますか?」
大人しそうな青年に話しかけられたことによって、その誓いは、すぐに破られることになったのは、言うまでもない。
☆☆☆
その後、あのパーティーでの出来事は、あっという間に広まり...............フリッツ家に捜査のメスが入った結果、彼らが行ってきた数々の悪行が明るみになり、公爵とその妻は牢へと入れられ、その生涯を冷たい鉄格子の中で終えた。
一方、ディランの方はというと...........牢入れられることは無かったものの、二度と子供を作れない体になったのが原因なのか、今現在は、夜の街で体を売っているという噂があるが、真偽の程は定かではない。
対して、そんなディランに苦しめられていた、ヴィクトリアとクリスティーナの人生は、幸せそのものであった。
結局.........ヴィクトリアは、あのパーティーで出会った大人しい青年と恋に落ち、何回かの逢瀬を繰り返した。
そして、親を説得して婚約し、結婚。
その青年が画家だったことがあってか、彼女は、度々絵のモデルになり、後に、その絵は国宝に認定された。
クリスティーナはクリスティーナで、自身を引き取ってくれた男爵家の人々や、ヴィクトリア、国中の人々に祝福されながらパーシヴァルと結婚し、三男三女の子宝にも恵まれ、その生涯を恵まれない子供達の支援へと費やした。
やがて、あのパーティーでの出来事は、人々に語り継がれていくのだが...........それはまた、別の話である。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!!