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残業マン  作者: 伊賀谷
第一章
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コスプレ野郎だよ

 シンヤは無事に電車に乗ることができた。

 しかし、ホームで眠りこけて乗り過ごしてしまった一本前の電車ではないと、新木場駅で東京メトロに乗り換えることができない。東京メトロの方が先に終電になってしまうからだ。

 遠回りになるが、東京駅まで出てから山手線に乗らないと帰ることができない。

 面倒なときは贅沢に東京駅からタクシーで帰ることもある。

 だが、今日は課長、いや係長だったおじさんからもらった栄養ドリンクを飲んだおかげか、少し元気があるので電車で帰ることにした。



 この時間だと人がいない車内に座って、おじさんからもらったスマートウォッチをいじってみる。

 脈拍計、ストップウォッチ、タイマーなどありきたりな機能が搭載されている。心を落ち着かせるマインドフルネス機能は面白そうだ。


「なんだ」


 メニューボタンを押し続けると、一見してよく分からない画面が現れた。

『ZSP』のロゴ。

 黒い画面に大きく黄色い円が描かれている。何かのゲージのようだ。ただ、まだ完全な円にはなっていない。視力検査で見る欠けた円だ。

 円の中心では『gain』の黄色い刻印が点滅している。


「あ」


 黄色いゲージが少し伸びた。だんだん円に近づいているのか。円が完成するとゲージが一杯になるということのようだが。そうなると何が起きるのだろうか……。

 スマートウォッチをいじっているうちに、またシンヤのまぶたは重くなってきた。



 電車の振動で目が覚める。

 シンヤが寝ぼけまなこで窓の外を見ると山手線の田町駅。もう一眠りできるな、と下を向いて目を瞑ろうとする。

 数人の足音が近づいて来て、シンヤの目の前で車両を連結する貫通扉を派手な音を立てながら開く。

 シンヤの目が覚めたのはこの一団が近づいてくる気配のせいであったのかもしれない。

 前から二両目の一番前の座席にシンヤは座って壁に寄りかかって寝ていた。

 そしてまた寝ようとしたが、ふと気になって一団が入って行った一番前の車両を覗いてみた。

 見るからにいかつそうな男が二人不自然に立っていた。

 一人はフライトジャケットを肩をはだけて羽織り、黒いタンクトップが見えている。頭はモヒカンだ。

 もう一人は灰色のポロシャツにダボダボのズボン。そしてサンダル。頭はパンチパーマ。近所に買い物に来たチンピラといった感じだ。


 ――あれはヤバそうな奴らだわ。


 シンヤは見なかったことにして、今度こそ本当に寝ることにした。


「あっ」


 その時、シンヤは目にしてしまった。

 いかつい男たちのそばに、一人のサラリーマンが座席に座っていた。

 サラリーマンは完全に寝入っている。

 パンチパーマの男がサラリーマンに近づいたり、離れたりしながら様子を探っている。

 モヒカンは周囲に目を光らせている。

 シンヤは似た光景をテレビで観たことがある。あいつらは窃盗グループだ。

 おそらく、モヒカンが目撃者がいないことを確認し、パンチパーマがサラリーマンの財布などを盗むのだろう。


 ――よし!


 シンヤは狸寝入りを決め込むことにした。触らぬ神に祟りなしだ。

 一瞬で微睡みに入る。

 夢の中でシンヤは走っていた。

 遠くでサッカーボールが転がっている。

 シンヤは全力で駆ける。

 だんだんとボールに近づいて行く。それと同時に相手チームのゴールも近づいて来る。

 あと少しでボールに届きそうな距離で右足を伸ばす。

 足が届けばゴールに蹴り込むことができるんだ!

 その時――。

 左腕のスマートウォッチが振動した。

 現実に引き戻されたシンヤはスマートウォッチを見る。

 謎の画面のゲージが完全な円を描いてオレンジ色に光っている。

 そして『gain』の文字に『Re』がついて『Re・gain』の刻印となり、こちらも黄色からオレンジに変色して光っている。


「『Re()gain(ゲイン)』……」


 シンヤは呟いた。

 その瞬間、シンヤの中で何かが変わったのかもしれない――。


「また思い出しちまったな。小六のサッカー大会のこと……」


 立ち上がっていた。


 ――おいおい、シンヤ。


 車両をつなぐ貫通扉を開ける。


 ――何してんだよ。


 一番前の車両に入っていく。


 ――自分だけが安全ならそれでいい人間だろ、おれは。


 心の中で幼い頃のシンヤが立ってこちらを見つめて言った。


「ぼくは一生懸命やったよね」


 そうだ。

 社会人になる前のおれはそれなりに正義感が強い方だった。

 小さい頃はなんでもできた。勉強もスポーツも。

 それなのに。

 今のおれは何だ。

 残業するだけの社畜じゃないか――。 

 気づけば、シンヤは二人組の前に立っていた。

 二人組はぽかんと口を開けてシンヤを見ている。


「仮面ライダーか」

「いや、マーベルヒーローっすよ」


 パンチパーマの質問にモヒカンが答える。


「うひゃひゃひゃ!」


 モヒカンがシンヤを指さして腹を抱えて笑いだす。


「なんだあ。このコスプレ野郎は」


 シンヤには何のことだか分からない。

 だが、ウケている。

 この普通の二十代男性が歩いただけでウケまくっている。

 ついているかもしれない。

 これなら穏便に事を済ますことができる可能性が見えてきた。


「あのう……」

「なんだよ」


 モヒカンが泣きそうになって笑いながらも応えた。


「その人から何かを盗もうとしているなら止めませんか」


 この状況で平和そうに眠りこけているサラリーマンを指さす。


「ああ?」


 急にモヒカンが笑いを止めて三白眼で睨みをきかす。


「あ、嘘です、いや嘘じゃない。というか、やっぱ嘘、かな」

「……おめえおもしれえな」


 モヒカンとパンチパーマが顔を見合わせて笑い合う。


 ――これは死ぬかもしれないな。


 まあ、死ぬまで行かなくても、大怪我。そうすれば仕事を堂々と休むことができる。

 それも悪くないのでは。

 この危機的な状況にシンヤの思考がイカれ始めたのかもしれない。


「ここはロドリゲスさんにご登場願おうか」


 モヒカンが振り向く。

 そこにグレーの上下のスウェットを着て、パーカーのフードを目深に被った巨体が座席に座っていた。

 ゆっくり立ち上がると、一九〇センチはある。

 シンヤに近づいてくる。大型肉食獣のようにしなやかな動きだ。

 フードの中に輝くゴツいゴールドのネックレス。そして覗く顔は明らかにアフリカ系アメリカ人だ。


「インターハイのボクシングミドル級で準優勝のロドリゲスさんだ」


 ロドリゲスさんがシンヤの目の前に立った。シンヤの頭上から覆いかぶさる格好で覗き込んでいる。黄色がかった白目に燃えるような血走った瞳。

 思わずシンヤは後方に大きく仰け反る。


 ――これ! 絶対死ぬやつじゃんっ!


 ここに来てシンヤは現実を直視した。

 夢は覚めたのだ――。

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