表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残業マン  作者: 伊賀谷
最終章
35/36

定時退社

 京葉線の暴走事件から数日後――。

 夜十一時半すぎ。

 今夜もシンヤは当然のように残業をして、いつもの公園で課長のおじさんと並んでブランコに座っていた。


「きみはよくやったよ」


 課長のおじさんの優しい声。事件以来、課長のおじさんには会っていなかった。いや、こうして会うのは一ヶ月ぶりくらいだった。


「すいません。最近は修行をさぼっていましたから。ちゃんと課長との修行を続けていればもっとうまくやれたのかもしれません」

「そんなことないよ。きみは『残業獣』を四体倒したんだろ。しかも一体は『第三形態』だった。上出来だよ」

「いや、偶然と運が良かったのが重なっただけですよ」


 シンヤは課長のおじさんにもらった栄養ドリンクを一口飲む。


「しかし、きみが言っていた一度『ZSP』がなくなって変身が解除されてからの金色のボディスーツの話だけど」

「課長も経験ありますか」

「いや、わたしはないよ」

「なんというかぼくの『ZSP』というより、色んな人の『ZSP』を吸収して発動したような感じがするんですよね」

「『ZSP』のオーバーロードなのかもしれないね。やはりきみには特別な才能があるんだよ」

「そうですかねえ」


 シンヤは笑いながら頭を掻いた。


「それで。スマートウォッチはどうする。まだしばらくはわたしが預かっておいた方がいいかな」


 左手首に巻いたスマートウォッチをシンヤは見つめた。


「いえ、ぼくに使わせてください。もう少し『残業マン』をやってみます。守りたい人がいるんです」

「そうか」

「それに、世の中には『残業マン』の力を必要としている人たちがたくさんいると思うので」

「うん。きみは成長したね」


 シンヤはブランコから立ち上がった。


「じゃあ、今日は帰ります」


 歩きはじめようとしたが、シンヤは立ち止って振り向いた。


「課長。そういえば娘さんに会いましたが、やっぱり可愛いですね」

「え。き、きみ。娘に変な考えを」

「いや、まさか。何を言ってるんですか、お父さん」

「お父さんと言うんじゃない!」



 それからさらに数日後――。

 夜六時すぎ。定時時間だ。


〈クロウ。今日は帰るぜ〉

〈え! ぼくも帰りますよ。一緒に脱出させてください〉

〈準備しておけよ〉


 ちょうど北里係長が近づいて来た。

 シンヤは立ち上がる。


「今日の仕事は終わったんで帰ります」


 北里係長は目を丸くしてから、時計を見た。


「お、おう。そうか。でもまだ定時だぞ」

「定時まで働いたら帰るのが普通ですよ」


 北里係長は強羅課長の方に顔を向けた。シンヤも同じように強羅課長に目を向ける。


「強羅課長、お先に失礼します」


 シンヤは大きな声で挨拶した。一瞬フロアが静まり返る。


「おーう。お疲れ」


 強羅課長は作業端末のディスプレイに顔を向けながら笑っていたようだった。

 シンヤは強羅課長に頭を下げた。

 向かいの席にはサヨがいる。京葉線事件のあとも少し休んでいたが、今では復帰して普通に働けるようになっていた。


「紅月さん、仕事は終わった」

「うん」

「じゃあ、駅まで一緒に帰ろうよ」


 サヨは顔を真っ赤にして何度か頷いた。

 携帯端末にメッセージの着信があった。


〈今日の夜会える〉


 ヒナタからだった。


〈今日は予定あり〉

〈えー。遊ぼうよ~、残業マ~ン〉

〈また今度ね〉

〈じゃあいいわよ。ほかの男と会うから〉


 ヒナタのメッセージに微笑んでから、シンヤはクロウの方を見る。クロウは慌てて帰る支度をしている。


「根津、すまんが明日の会議の資料作るの手伝ってくれねえ」

「ぐわー!」


 常本係長の得意技、「人が帰ろうとする時にナチュラルに仕事を頼む」が発動されてしまった。


 ――悪いな、クロウ。


 仕方がないので、クロウは置いて帰ることにした。

 シンヤとサヨはビルを出て、この時間はまばらに人がいるセンターストリートを横に並んで歩いた。


「この前は大切な本をごめん」

「ううん、大丈夫です」

「良かったらまた貸してよ」

「いいんですか」

「うん。本は面白いし、それに紅月さんとはこれからも仲良くしたいしさ」


 サヨが顔を赤くしてうつむく。

 シンヤはスマートウォッチを見た。『ZSP』の円形のゲージは半円にしかなっていない。『残業マン』には変身できない。

 でも今夜は『残業マン』は必要なかった。


「なんか飯でも食って帰ろうか」

「うん」


 サヨが愛しい笑顔をシンヤに向けた。

 いつもは淋し気な街灯の光が、今日は二人の夜道を温かく照らしてくれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ