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残業マン  作者: 伊賀谷
最終章
33/36

全力青年

 相手チームのディフェンスがクリアミスしたサッカーボールがゴールポストの方に転がっている。

 シンヤは全力でボールを追いかける。

 ボールはゴールポストの前を通り過ぎた。そのままだとゴールラインを越えて外に出てしまう。

 触らなければ。

 シンヤは精一杯右足を伸ばす。

 足を当てるだけでボールはゴールに入るはずだ。

 だが、シンヤの足の先をボールは転がってゴールラインを割ってしまった。


「全力でやったのかい」

「え」


 幼い頃のシンヤが目の前に立っている。

 自分は大人のシンヤだ。

 周りを見ると、シンヤのチームメイトたちが落胆してこちらを見ている。

 地区大会の決勝戦。1ー0で負けている。

 シンヤがゴールを決めていれば同点に追いつけた。

 ホイッスルの音。試合が終わった。

 悔しがるチームメイトたち。涙を拭っている子もいる。


「ねえ」


 子供のシンヤに呼ばれて、大人のシンヤは彼を見た。


「ぼくは全力でやったよね」


 小さな自分の目から一筋の涙が零れた。

 これはシンヤの幼い頃の記憶。だが、試合終了後に泣いた記憶はない。ただ悔しがって泣いていたチームメイトたちを呆然と見ていたと思う。いや、本当は泣いてしまいたかった。自分がゴールを決めなかったせいで負けてしまった。一番悔しいのは自分なのだ。

 あの時、周囲の冷めた反応を感じて、自分は全力で走っていたのか、もっとやれたのではないかと考えた。

 そしてずっと悩み続けていた。

 今、ようやく理解した。

 シンヤはしゃがんで子供の自分と目の高さを合わせた。


「おれはあの時、全力で走ったよ」


 子供の自分がシンヤの目を見つめる。


「もちろん全力だった。他人がどう思おうが関係ないんだ。おれが自分を信じてやれないでどうする」


 シンヤの笑顔に子供の自分が頷いた。


「ありがとう」


 子供のシンヤは背を向けてチームメイトたちの元へ走って行った。チームメイトたちが笑顔で振り向いた。

 シンヤは子供たちをいつまでも見つめていたかった。


「なんか、息苦しいな」


 首が圧迫されている気がして手でさすってみた。


「がは!」


 目を開く。

 なぜか『残業獣』を見下ろしている。いや、『残業獣』が右手一本でシンヤの首を持って持ち上げているのだ。


「き、気絶していた」


『残業獣』の手を引きはがそうとしてもびくともしない。両足を振っても何にもぶつからない。


「く、くそ」


 首がさらに締まる。声も出せない。このままだと窒息死してしまう。


 ――諦めるな。


『残業獣』の背中の六本の触手の膨らんだ先端が一斉にシンヤに向く。先端がそれぞれ口のように開く。光線でシンヤを貫こうというのか。


 ――落ち着け。イメージしろ。


 触手の先端が一斉に光を放つ。

 シンヤは『残業獣』の顔の前に右手をかざした。


「ゴフ!」


『残業獣』が首から手を離した。シンヤの体が床に落ちた。咳込みながら転がって距離をとった。

 シンヤは右手を見る。掌から細い突起が出ている。


「はっはー。やりましたよ課長。『武器生成(クリエイト・ウェポン)』で彫刻刀だかカッターナイフが作れましたよ!」


 彫刻刀やカッターナイフと呼ぶには不格好だが、とにかくシンヤは掌に作った突起を『残業獣』の目に刺したのだった。

 ここに来て、シンヤの『ZSP』を操る能力が成長した。

『残業獣』が左目を押さえながらシンヤを睨んでいる。


「さあ、決着をつけようぜ」


 シンヤは『残業獣』めがけて突撃した。

 右ストレートを打つ。

『残業獣』は頭を横に振って避けた。

 左脇腹に強烈な衝撃。『残業獣』の右拳がめり込んでいた。

 今度は左のストレート。届くより先にシンヤの右頬が打ち抜かれていた。

 シンヤが後ろによろめく。

『残業獣』の姿が消えた。


「は、速っ」


 シンヤの体が吹き飛んだ。車両後方の貫通扉を破壊した。上半身が二号車に入っていた。

『残業獣』は右肘を突き出した格好で立っている。どうやら肘打ちを喰らったようだ。


「やっぱ、(つえ)えわ」


 それでもシンヤは立ち上がった。

 一歩近づいて人差し指を立てた右手をあげる。


「でもよお。これでおれの計算通りなんだよ。少し時間を稼ぎたくてな。おまえが偶然にも外に蹴りだしてくれたおかげでひらめいたんだぜ」


『残業獣』が両手を垂らして自然な立ち姿になる。


「スカイツリーの高さってどのくらいだっけか。六百メートルは越えてるよな。そのくらいまでは上がっているんじゃねえかな」


 シンヤは人差し指を下ろして『残業獣』に向けた。


「『武器生成』の球さあ。『ZSP』でつながっているからどんどん持ち上げてみたんだよ。それでも電車の中のおれについて来てくれるんだなあ。そして今落下中なんだよ。どんどんおれに近づいて来ているぜ」


 シンヤは電車の天井を見上げた。


「時速は数百キロになっているよなあ! 『ZSP』の隕石だぜ!」


 爆音と火花とともに『残業獣』の真上の天井がひしゃげた。

『残業獣』の体が折れて床を突き破って姿が消えた。

 車両が大きく弾む。

 何かを踏んだように車体が大きく揺れて、車輪がきしみ音を立てた。

 煙が晴れると、『残業獣』の姿はなかった。床には穴が開いている。

 高度六百メートル以上から落下した『武器生成』の球が『残業獣』に直撃したのだった。その球は先ほど『残業獣』が外に蹴りだしたものだった。しかもシンヤは球に『ZSP』をたっぷりと籠めていた。

 想像以上の破壊力だった。

『残業獣』は床を破って線路上に落ちて後続の車両に踏みつぶされたに違いない。


「おれの勝ちだぜ」


 突然、窓の外の景色が消える。遂に京葉線は地下に入った。

 東京駅到着までの時間が残り少なくなってきていた。

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