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残業マン  作者: 伊賀谷
最終章
29/36

復活

 紅月サヨはこの三日間、会社を休んでいた。

 三週間ほど前にも一日休んだ。

 体がどうしても職場に向かわなかったのだ。

 係長に休みの連絡もできなかった。電話をすると休みの理由を聞かれる。特に体調が悪いわけではない。理由もないのに休みたいとは言えなかった。

 その時は一日休んで、次の日には出社できた。でも無断で休んでしまった罪悪感が重くのしかかった。

 そんな時に夜神シンヤが明るく声をかけてくれた。それが唯一の救いだった。

 今回は二回目の無断欠勤だ。さらに罪悪感が増した。それに休む前日の帰り際、元気がなさそうなシンヤを励まそうと思ったとはいえ、嫌がるシンヤに無理やりBL本を押し付けてしまった。

 サヨは自分勝手な振る舞いを悔いた。

 もうシンヤも優しい言葉をかけてくれないだろう。

 そう思うと、一日休んだ次の日も職場に行くことができなかった。

 そして今日も休んだわけだが、少し頭の中が整理できてきた。

 もっと自分はしっかりしないといけない。強くならなければならない。これからはシンヤにも頼らない。

 二日間は家の中に引きこもっていたけれど、今日は気分転換を兼ねて買い物にでも出かけようと決めた。

 出かける準備をしている時に桜花ヒナタが家を訪ねて来た。強羅課長の指示で事故などにあっていないか確認に来たという。

 サヨの様子だけ確認すると、ヒナタは帰って行った。

 モデルみたいにおしゃれでスタイル抜群のヒナタに、サヨだって少なからず憧れる。

 シンヤもヒナタのような女性が好みなのだろう。

 今日は普段よりおめかしをした。

 白いブラウスに黒のロングスカート。髪もきれいにまとめた。いつもよりメイクもしっかりとした。とはいうものの、普段はほぼノーメイクなのだが。

 最寄りの稲毛海岸駅から京葉線に乗って東京に向かう。ドアに近い端っこの座席に座った。しばらくお気に入りのBL本に夢中になった。

 ふと、周りが騒がしいことに気が付く。

 それでも気にせず本を読もうとしたら、後ろの車両に足早に移動する人の足が視界に入った。本のページが影で黒くなる。

 サヨが顔をあげると天井まで背丈がある大きな赤い塊が移動していた。

 驚きで喉が詰まって声が出なかった。

 サヨの思考は固まったが、反射的に座席を降りてドアから入って左にある角の部分にすっぽり身を隠すようにしてしゃがみ込んだ。そして耳を塞いで目を瞑って、非現実的な外界との繋がりを遮断した。



 桜花ヒナタは後ろから二両目の車両まで逃げてきた。

 さらに奥に逃げようにも、他にも逃げて来た人たちが車両の半分までひしめいていて無理だった。

 ヒナタは前の車両に近い貫通扉より少し下がった通路に立っていた。

 海浜幕張駅を過ぎたあたりから電車はいくつかの駅を停車せずに通り過ぎている。


「なんなのよ、あれ」


 ヒナタは逃げる最中に垣間見た光景を思い出した。

 天井まで背丈がある巨大な異形。全身が赤く濡れ光っていて、異様に上半身が膨らんでいた。


「ドアを閉めろ、閉めろ!」

「なんで非常ボタンに車掌が応答しないんだよ!」


 周りでは騒然としている。

 男たちが数人で前方の車両との連結部の貫通扉を閉めている。


「く、来るぞ!」


 貫通扉を閉めた男たちが絶叫しながら後ずさる。

 強い衝撃が貫通扉に激突した。


「きゃあ!」


 周りの人と一緒にヒナタも悲鳴をあげた。

 少し前の方を覗き込むと、あの赤い異形が隣の車両側から貫通扉に張り付いている。

 ヒナタは堪らずに携帯端末でシンヤに通話をかけた。

 呼び出しているがシンヤは出ない。


「助けてよ。わたしの『残業マン』」


 異形が前の車両の貫通扉を横にスライドして開けた。異形とヒナタたちの車両を隔てているものは残るもう一枚のこちらの車両の貫通扉だけだ。

 依然、シンヤは通話に出ない。ヒナタの胸中にだんだんと苛立ちが募ってきた。


「てゆーか、早く『残業マン』になって来なさいよ! 夜神シンヤ。あの社畜野郎!」


 涙とともに絶叫した。


「……()さん」


 ヒナタの携帯端末から声がした。シンヤだ。


「夜神さん!」

「見つけた。桜花さん、今すぐ後ろの窓を開けて」

「え、なに!」


 ヒナタは振り向いた。窓がある。


「いいから、早く!」

「なんなのよ! もう!」


 ヒナタは座席に膝をついて乗り、窓の上部の取っ手に手をかけて、力一杯引き下げた。

 瞬間――。

 一陣の黒いつむじ風が車内に入って来た。


「きゃあ!」


 ヒナタは両手を頭にあてて屈んだ。

 恐る恐るヒナタは目を開けて振り返る。

 車両を縦に貫く通路と左右のドアを結ぶ通路が交わる空間に、黒地に稲妻のような黄色のカラーリングが強靭な肉体を際立たせたボディスーツを着た男が敢然と立っていた。

 異形が張り付いている扉を見つめている。

 その男は言った――。


「『残業マン』――。参上」

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