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残業マン  作者: 伊賀谷
第四章
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シルバーウイーク突入寸前

 衝撃の『残業獣』との遭遇から一ヶ月。


「あと三時間」


 金曜日の夜八時半。当然仕事中であるシンヤはしきりに時間を気にしていた。

 それもそのはず。今日が終わればシルバーウィークに突入するからだ。

 今年は九月下旬の同じ週に祝日が集中している。来週は営業日が三日しかないので、うまく有給休暇を使えば丸々一週間を休みにすることが可能だ。

 シンヤの会社も有給休暇の取得を奨励している。もちろんシンヤも来週は全て休みにするつもりだ。

 いつも通り夜十一時過ぎまで働けば、明日からは夢の一週間が待っている。

 そのためにシンヤはこの一ヶ月間を頑張ってきた。

 だが、シンヤは年に数度ある仕事の山場を迎えていた。というのも、現在開発中のシステムの顧客による中間検査が近づいているからだ。

 開発チーム一丸となって週に数度の徹夜作業も含めて、なんとか検査に耐えうる品質まで上げることができたと思っている。

 いや、実はこの作業には終わりはないのだった。

 中間検査は不合格になることが前提になっている出来レースだという噂がある。その結果をもって、顧客はさらなる品質向上に向けた重労働をシンヤの会社に求めてくる。

 それはつまり「もっと働け」と発破をかける口実ということだ。

 実際、シンヤの会社が中間検査に合格したという例を過去に聞いたことがない。

 正直に言えば、シンヤの心の中にも「やることはやった。あとはなるようになれ」という諦めに近い気持ちはある。

 そして、決まって中間検査は大型連休明けに実施される日程で組まれている。今回もシルバーウィーク明けから検査が始まる。

 つまり、顧客からしたら「連休返上で働け」という無言の圧力(プレッシャー)なのだ。

 だけどシルバーウィークは死守したい。そのためにシンヤたちはこの一ヶ月の地獄に耐えてきたのだ。


〈先輩はお休みは何するんですか〉

〈おれはひたすら寝るよ〉

〈ですよねー。限界まで寝たいですよね〉


 クロウとのチャット会話もすっかり休みモードに突入だ。

 見慣れないチャネルに通知が来た。サヨだ。


〈夜神くん。連休は予定ありますか〉


 近頃、サヨからはBL本を借りたりと交流が増えてきていた。


 ――まさか、これはデートの誘いか。


 特にシンヤの心が弾んだりすることはなかった。サヨには同期の女子以上に特別な感情は抱いていないと思っている。職場でも陰キャ扱いされているサヨだ。デートなんかしたことがバレたら職場の仲間に何を言われるのか分かったものじゃない。

 ただ気になるのは推定Fカップの胸だ。それだけはシンヤにとって魅力なのだ。

 しばらく返答に迷っていると、唸り声が近づいて来た。強羅課長だ。北里係長も金魚のフンみたいについて来る。


「おい、集まれ」


 シンヤのチームメンバーが椅子から立ち上がって強羅課長を囲むように近づいた。


「おまえら来週休むんだってなあ」


 強羅の地の底から凄む声。みんな固唾を飲み込んでいるのが分かる。


「中間検査の準備は終わったのか」


 シンヤは思わず北里係長を見た。北里はシンヤたちに目を向けないようにうつむいている。

 北里は約束した。シンヤたちがこの一ヶ月を耐え抜いたらシルバーウィークは休んでいい、と。


 ――裏切ったな!


 ここで北里は得意技の「(てのひら)返し」を使ってきた。


「おまえらさあ。連休を休んで検査に不合格になるのと、連休も頑張って仕事して不合格になるの、どっちがいいんだ。どっちがやりきったと胸を張って自分に言えるんだよ」


 強羅課長はメンバーの顔をゆっくりと見渡す。

 答える者はいない。みんなうつむいている。当然だ。みんな今まで明日からの休みを夢見て頑張ってきたのだから。


「どうなんだ。連休返上で仕事をするのか、しないのか」


 強羅がさらに凄む。


 ――みんな耐えるんだ。頑張れ。


 シンヤは心の中で願った。

 目の前のサヨは顔を真っ赤にして下を向いている。

 不意にクロウの顔が視界に入った。

 クロウの丸い童顔の唇が震えていた。今にも何かを言わんとしている。


 ――ダメだ、クロウ。


 クロウが泣きそうな顔をあげた。


「……やります」


 クロウは言ってしまった。

 強羅はにやりと笑ってうなずいた。他のメンバーの顔を見つめる。


「他の奴らはどうなんだ」


 シンヤは意地でも耐えるつもりだった。

 ここで負けてはダメだ。


「……やります」


 シンヤは呆然と顔をあげた。


 ――え。


 誰かが声をあげたのだ。


「やります」

「やります!」


 周囲から次々と声が上がった。


 ――おい、みんな待てよ。


 シンヤの心がシャットダウンした。


「やります――」


 自然とシンヤ自身の口が動いていた。

 長いものには巻かれろ。右へならえ。集団心理。

 チームメンバーにつられてシンヤも同じ返事をしてしまった。いや、シンヤ自身が強羅の圧力に屈服したのだ。それよりも自分だけが拒否して除け者にされたくなかった。

 シンヤにしみついた社畜根性だった。


「よし。じゃあ、頼んだぞ」


 強羅課長は満足した顔でうなずいて席に戻って行った。

 シンヤは放心状態になった。

 あと三時間で突入というところで、シンヤたちのシルバーウィークは消滅した。

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