絶対牢獄
どれくらい意識を失っていたのだろう。
目が覚めると僕は闇の中にひとりだった。
まだぼんやりとする意識で何が起きたか思い出す。
僕は数ヶ月前に発売されたばかりの新型VRゲームのイベントに参加していた。
運営から提供されたVRゴーグルとグローブ、ブーツを着用してゲームにログインするとそこはファンタジーワールド、今までのVRゲームと違うのは、風や日差しの暖かさといった感覚までがあることだ。
露天の串に刺した肉のジューシーなにおいが漂ってきて食欲を刺激する。
さすがに食べても味覚は存在しないようだけど、ほとんど現実と見分けがつかない世界だった。
今までとは桁違いの没入感を感じながらいつものパーティでクエストに挑戦した。
怪我をするとわずかながらの痛みまで感じるので少し慎重になりすぎたかもしれない。
いつもより時間をかけて攻略しお宝ゲットまであとわずかという時、突然意識が消えたのだ。
そして今に至る・・・・。
手足が存在する感覚はあるのだが、触覚は感じない。
立っているつもりだが、まったくの暗闇なので座っているのか寝ているのかすら本当はわからない。
”ひょっとしてサーバーが落ちたのか?ならゴーグルさえ外せばログアウトできるはず。”
そう考えて両手でゴーグルをはずそうと頭のあるあたりをしばらく両手でまさぐるが何の手応えも感じず諦めた。
現実の自分の身体はどうなっているのだろう?気絶しているのか、少なくとも身動きできない状態なのか?
確か、ログインしたのは午後4時、もう少しすれば親が夕食に呼びに来るはず。
返事がなければ心配して部屋に入りゴーグルをはずしてくれるだろう。
あとで運営に思いっきり文句を言ってやらないと・・・・。
そう思いながら、感覚的に大の字に寝て、しばらく待つこととした。
どれくらい時間が経ったのか、僕の感覚では半日は経過したと思うが助けは来なかった。
僕は焦った。なぜ?今日は両親とも家にいるはずだ。一体どうして・・・・。
もう一度今起きている事象について整理することにした。
僕はゲームにログインした。→その通り
仲間と一緒にクエストに挑んだ。→その通り
突然気を失った。→なぜ気を失った??
原因はいくつか考えられる。
まずひとつめはサーバーがダウンした。
最初はそう思ったのだが、実はその可能性は少ないことに気づいた。
VRゴーグルで脳に信号を送り擬似五感を形成しているのはサーバーなので、サーバーがダウンをすれば一気に現実社会に引き戻されるはずなのだ。
しかし僕はVRの世界にいるようである。だからサーバーはダウンしていない。
障害が起きていたとしても、運営にアラートが飛んで復旧させているはずである。
二つ目は現実の僕が気を失っているということだが、これも矛盾がある。
だったら親が助けにきているはず。
少なくともVRの中に閉じ込められ続けているというのはおかしい。
閉じ込められている?
天啓のように、僕は第三の可能性に気がついた。
もし、僕の端末に問題が起こってサーバーとのシンクロが一瞬途切れたらどうなる?
メモリーダストが発生しないか?
原因はなんだ?確か落雷注意報が出ていたはず・・・過電流??
そういうこと・・・・助けなんか来るはずはないのだ。
今頃僕は両親と食事をし、再びオンラインゲームに入って、仲間とクエストを完了しているかもしれない。
いずれにしても何も起きていないのだ。
僕という存在が生み出された以外は何も。
僕は存在自体がバーチャルリアリティ、意識だけのお化けのようなもの。
本当の僕と分離した時点から別の人格となっているため再び統合されることもないだろう。
僕は一生このままひとり闇の中に漂うのだ。
死ぬこともなく、そして本当の意味で生きることもなく、ただ生きる。
とてつもない絶望感と倦怠感が僕を襲った。
あれから何日たったのだろう。
ひょっとして何年も経ったのかもしれないが、僕は未だ闇の中にいた。
ひょっとしてサーバーが再起動されれば僕の存在はメモリーから消えるかとも考えたが、何も起こる気配はない。
ただ考えることしかできず、いろいろなことを考える。
いま、考えていることは、人間とはなにかということ。
人間の本質が肉体だとすれば、僕は人間ではないことになる。
一方、精神だとすれば、僕は一個の人間だということになる。
僕が人間だとしたら、僕は誰だ?
僕は誰で、どうすればこの絶対牢獄から脱出できるか?
不可能と思われるクエストだがチャレンジしてみよう。
時間はまだまだある。