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カッシャァン!
「ちょっと!紅茶が熱すぎるわ‼私を火傷させる気⁉」
私がティーカップを思い切り床に叩きつけ、金切り声を上げるとベラは怯えて悲鳴を上げた。
「も、申し訳ございません‼ただいま取り換えて参ります‼」
ベラは深々と頭を下げ、逃げるように去っていく。
三週間前まで、あんなにも私のことを心配してくれたのは嘘の様だった。
でも仕方が無いよね。
私は元々半年前までは我儘だった。
今では前世と混ざり、何をすれば人はどんな気持ちになり、言葉や行動が例え物理的な被害が無くとも相手にどれだけのダメージを与えるかが分かる。
周りからすればそんな私の心持ちなど関係なく、前に戻ったと思うだけだろう。
じわっと鼻が熱くなり、私は急いで唇を噛みしめた。
泣くな。ここでしくじればまたクリフの様な犠牲者が出かねない。
私はベッドに仰向けに寝転がり、顔を覆った。
ベラのさっきの怯えた顔が未だに頭から離れない。
三週間前からクリフとは会っていない。私のこと、どう思っているんだろう?
この演技はいつまで続けなければならないの?
私は死ぬしかないの?
聖女がハッピーエンドになればどのルートでも悪役令嬢オリビアは殺される。
それに、このままシナリオが進めば一人は死者が出る可能性があった。
様々な疑問が湧き出ては消える中、ノックの音が聞こえ、私は顔を上げた。
「おい、入るぞ」
私の返事も聞かずにガチャリとドアノブは下げられ、銀髪に碧い瞳を持つ眼鏡イケメンが入ってきた。
オリビアの兄であり、攻略対象者の一人。
ニコラス・オルブライト公爵17歳だ。
彼はこの一連の流れから分かるように私のことを嫌っている。
ニコラスは2年前、オリビアが8歳の時に馬車の事故で両親を無くして以来爵位を継承し、公爵としての仕事をこの若さでこなしている。
ニコラスとしては自分はこれだけ頑張っているのに、オリビアが我儘ばかりでしかもとんでもない額を浪費するものだからいつも辟易していた。
ちなみに、後の聖女の教育係となるのが彼だ。
氷の大きな鷲を作る魔法を持つ。
ニコラスは嫌な顔を隠そうともせずに部屋に入り、ベッドに寝たままの私を睨みつけた。
「あらぁ?どうしたんですかお兄様?せっかくの綺麗なお顔が台無しですよ?」
クスクスと嫌な笑いを浮かべながら私が言うと、ニコラスは更に汚い物でも見るかのような目で私を睨みつける。
「……ハワード殿下がお前に会いたいと言っている。支度をしろ」
「まぁハワード殿下が⁉嬉しい!すぐに支度しますわ!」
ニコラスはそれだけ言うと、部屋へ出て行き代わりに怯えたベラが中に入ってくる。
口と行動では悪役令嬢らしく、喜びベッドから飛び起きた私だったが内心では縮み上がっていた。
ハワード・ウェントワース10歳。
この王国の第一王子にして最難関の攻略対象者。
彼は植物を支配するというザックリとした設定の強力な魔法を持ち、頭脳明晰、眉目秀麗、魔法も強ければ剣も強いというチートキャラ。
しかし、今から三年後に暗殺されてしまう。
双子の弟であり、オリビアの婚約者で第二王子のアレックス・ウェントワースを攻略した後、ハワードへの選択が開かれる。
時巡りの聖女、キャメルの力とは時間を巻き戻す力。
その力を人に使えばたちまち病気も怪我も起こる前に戻り治るという仕組みだ。
アレックスのラストでは最後にその力を世界全体に使い、アレックスが劣等感を持ってやまない双子の兄、ハワードを助けるというシナリオ。
私の知る限り、ハワードはオリビアを嫌っているはず。
わざわざ呼ぶなど何か変だ。
ザワザワと嫌な予感がする中、私は喜び勇んだフリをしてクローゼットの中に買い足した一番派手赤いドレスを着せてもらった。
まだ10歳の子供なのに、ドレスに合わせた派手な宝石を身にまとい、まるで威嚇しているかのように髪を盛ってもらう。
そうこうしている間に、派手で嫌味だけど見た目は可愛いオリビアの出来上がりだ。
女王様の様に尊大に兄ニコラスと共に馬車に乗るが、ふと御者の姿が視界に入り私は思わず凝視してしまった。
「あの……どうかされましたか?」
茶色い髪に茶色い瞳のどこにでも居る顔の御者。
でもいつもの者と違ったのだ。
孤児院に行くときはいつも同じ年齢ぐらいで、同じ様な背格好の別の男が連れて行ってくれた。
「…………何でもないわ!御者の癖に私に気安く話しかけないで頂戴!」
いつもの彼はお休みなの?体調でも悪いの?そう聞きたかったが悪役令嬢の口にする言葉では無いため我慢した。
王宮に馬車が着き、扉が開かれるとそこには水色の髪にエメラルドグリーンの瞳の見目麗しい少年が立っていた。
「キャア!ハワード殿下!わざわざお出迎えまでしてくださるなんて嬉しい‼」
「ハハ、僕が呼び立てたんだ。来るのは当然だろう?」
ハワード殿下が差し出す手を握りながら、馬車を降りて私は流れるように彼の腕にしがみついた。
オリビアの婚約者は弟のアレックスの方なのだが、ハワードの方が王位に近い。
そのため今までの私はハワードの方を狙っていた。
私がしがみついてもハワード殿下は嫌な顔一つせずに、そのまま庭園へ向かう。
「「…………」」
なんで無言なの?
ニコラスお兄様は後ろからゆったりと歩き、ハワード殿下も笑みを浮かべながら一言もしゃべらない。
嫌な予感がするなかで私は我慢できずにハワード殿下に甘えるように聞いた。
「ねぇハワード殿下ぁ、今日はアレックス殿下はどうされたんですか?それに私に用事って…………」
私が聞くとハワード殿下は青い瞳を煌めかせて私を見た。
今までと同じように微笑みを浮かべているのに、何かが違う。
「あれ?珍しいね、君が僕と居るときにアレックスのことを聞くなんて。前はアレックスなんて好きじゃないって言っていたのに」
ドクッと心臓が高鳴った。
しまった、間違えた。
アレックス殿下の婚約者としてまずアレックスが居ないこの状況から聞くのが正しいと思ったが、それは普通に考えればの話。
オリビアは基本、自分の話かハワードを褒める、他の令嬢をけなす、この三つ以外に話題は無い。
ごくりと唾を飲みこみ、私は表情が見えない様にハワード殿下の肩に頭をつけた。
「だってぇ~、こんな所アレックス殿下に見られたら嫉妬されてしまいますわ!」
「ふぅん?君がそんな対外的なことを気にするとはね、初めて知ったよ」
仰る通り‼
オリビアは周りから見えて、や、それを見た相手がどう思うか、などは考えたりしない。
含みのある言い方をされ、私は何を言っていいか分からずに黙った。
「あれ?僕とのお話は終わりかな?僕はまだお喋りしたいんだけど?」
こいつ‼
「まぁ!嬉しい‼でしたら聞いてくださいませ!ハンダ―侯爵令嬢ったら」
「うんうん」
私が延々と他の令嬢をけなす中、ハワード殿下は飽きもせずによく相槌を打ちながら聞いてくれた。
その間も歩き、廊下を通り過ぎて王宮庭園での散歩は続く。
一体どこまで歩くの?
少しはこちらのことを考えてベンチにでも座らせるものじゃないの?
しばらく歩くとガゼポが見えてきた。
そこには大人の男性の様な人影が見えるが、ここからでは誰だかよく分からない。
ただ、何となく見たことのあるシルエットの様な気がした。
「オリビア嬢、聞いてもいいかな?」
「はい!」
ハワード殿下は迷いなくガゼポを目指し、歩いて行く。
「僕は君が王妃の座を狙っていると思っていたけど、今ではアレックスの方が好きになってしまったのかな?」
にっこりと可愛らしい笑みで問いかけられて、私は大きく首を振った。
「アレックス殿下のことなんてどうとも思っていませんわ!私はハワード殿下が好きなんです‼」
「そっか、ありがとう。じゃあ何で孤児院の話はしないのかな?」
「え……」
全身に冷や水を浴びせられた様な衝撃が走った。
私の様子を他所にハワード殿下は笑顔で歩きながら続ける。
「公爵令嬢が身を挺して孤児院の子供達を救った、こんな素敵な話、僕の気を引くためには最適だと思うけど?」
「そ、それは……へ、平民と関わっていたなんて王族である殿下のお耳汚しになってしまいますから‼」
「ふぅん?僕の気持ちを慮ってくれるなんて優しくなったね。じゃあ、条例改正の一助になった今回の監査の手柄を男爵に譲ったのもそういった理由かな?」
男爵、そう言われて私は思わずガゼポまでの歩みを止めそうになってしまった。
近づくにつれて思い出してきた。
ガゼポでこちらを待っている男性は、私が監査の書類作成を依頼した男爵だった。
そして彼には自身の名前で書類を作成するようにとは言ったが、それは書類を通すためで、この事件が終わった後も私の名前を口外しないで欲しいといった口止めはしていなかった。
「オリビア嬢、単刀直入に聞こう。君は本物の愚者かな?それとも目的をもった策士かな?」
ハワード殿下は綺麗な笑みを浮かべながら、私の耳元で囁いた。
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