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「フフフ!ぐふ‼ウフフ!」
私が奇妙な笑いをしている中、同じ馬車に座っているベラは可哀そうなものを見る目で見てくる。
いやいやいや‼だって‼‼
これから会えるのは初恋のあの人何だもの!!
正直私は乙女ゲームを今までしたことが無かった。
でも‼CMでクリフのスチルを見てからときめいてしまい、時巡りの聖女はクリフのためにしたと言っても過言ではない‼
彼は騎士というイメージからは珍しく、陰鬱で粘着質な嫉妬キャラだ。
言葉遣いはいつも丁寧だが、王子や公爵が聖女を口説こうとしているとき訓練の合間にその様子をじっと見つめて、後で聖女に詰め寄るというちょっと面倒くさい性格をしている。
でもそこが良い‼
クリフとしては騎士の仕事を重んじて自分の立場も理解しているため、あえて表立っては行動しない‼そこが大人っぽくて最っ高にかっこいいのだ‼
『また殿下の所に行っていたんですか?俺とは視線も合わせてくれないのに?』
『クリフ……』
キャメルの頬にかかった髪を優しく触るクリフのスチル。
暗い表情で赤い瞳を鈍く光らせて、それでも頬には触れない様な微妙な距離感。
そして月明りをバックに角度ばっちりのローアングル。
キャーーーーー‼もう最っ高‼‼
私が思い出のクリフのスチルに浸っていると馬車はガコンと一回揺れて止まった。
御者が外から扉を開けてくれる。
「ついたわね‼」
オリビアと前世高校生の時の記憶や性格が混ざってきているらしく、私は徐々にお嬢様言葉になっている。
でも今はそんなことどうでもよくて、行儀が悪いことは分かりつつ馬車からご機嫌に飛び降りた。
「オリビア様‼‼」
「今日だけ、今日だけ‼」
叱る口調のベラをいなし、私は目の前の建物に向き直った。
目の前にそびえたつのはかなり古びた大きな孤児院、レクアルド孤児院だ。
大昔、レクアルド侯爵という人間が建てたらしい。
ここに!愛しのクリフが居
ベシャッ‼
「え?」
「キャア!オリビア様‼」
ベラの声と共に軽い衝撃が走ったところを見ると、泥がぐっしょりとついて薄い水色のワンピースを汚していた。
気に入っていた背中についた大きなリボンまで汚れている。
は?
「うは!命中~‼お貴族様が何しに来たんだよ、バ~カ‼」
声のした方向を見れば、10歳くらいの赤髪赤目の少年が塀の上から次の泥団子をかまえている。
「誰?」
「こらー‼クリフ‼‼今すぐそこから降りて来なさい‼‼」
「クリフ?」
塀の中から野太い声が聞こえ、私は復唱した。
確かにクリフは赤髪赤目だ。幼くしたらあんな感じの顔かもしれない。
だがゲームの中で見た丁寧な口調と陰鬱な雰囲気からはかけ離れている。
クリフ少年は泥団子を塀の上に置き、こちら側にひらりと降りると私の方に歩き出してきた。流石は攻略対象者、大人が手を伸ばしてギリギリ届くほどに高い塀なのに難なく降りる。
クリフは私の前まで来るとニヤッと笑った。
「ブ~ス」
パァン‼
気がつけば私は思わずクリフに平手打ちをしていた。
まさか貴族の令嬢から平手打ちを食らうとは思っていなかったのか、クリフの方も呆けてしまっている。
一方私はというと、こんなの小学生のからかい、そう思う高校生の自分とやられたら倍返しにしろという我儘令嬢オリビアの性格が正面衝突している。
「オ、オリビア様⁉」
「な、何すんだよこのブス‼」
パァン‼
またしてもクリフがブスと言った瞬間、私は今度は自分の意思でクリフを叩いた。
一秒にも満たない今の時間で前世私と今世私の間で結論が出たのだ。
悪い子にはお仕置きが必要。
それに何より……。
「こんなに可愛いオリビアに向かって何てこと言うの‼このガキィ‼‼」
オリビアは確かに悪役令嬢ではあるが神絵師によって銀色の髪は美しい緩やかなウェーブがかかり、薄紫の瞳はくりくり、肌艶も最高だ。
「な、なんだよ‼ブスにブスって言って何が悪いんだよ‼……じ、自分で自分の事可愛いとか気持ちわり~‼」
「うるさい‼この馬鹿‼馬鹿‼‼馬鹿‼」
オリビアと同調してきているからか私の方も語彙力が乏しくなり、数分の間私たちはベラや御者が呆気にとられるなか互いを罵り合った。
「本っ当に申しわけございません‼‼」
数分後、急いで孤児院の中から出てきた院長と担当職員らしき男性がクリフを捕獲し、謝らせた。
客室に着いた今でもクリフが必死で抵抗する中、彼に無理やり頭を下げさせる。
正直なところ、このクソガキクリフはむかつく。
だがここで心のままに振舞ってしまえばそれこそ悪役令嬢の処刑エンドまっしぐらである。
それに私がここへ来たのはクリフに会うだけでなく、彼の悲しい過去を変えるためだ。
私はにっこりと先ほどまでのクリフとのやりとりが嘘の様に淑女の笑みを浮かべた。
「いえいえ、私もムキになってしまいましたが所詮は子供の喧嘩。それよりも私、孤児院の生活に興味があって来ましたの。中を拝見してもよろしくて?」
笑い皺がくっきりとついた老人院長はほっとした様に笑みを浮かべた。
「えぇえぇ!もちろんですお嬢様。ではアラン、お嬢様を」
「そこのクリフに案内をお願いするわ」
クリフの頭を押さえていた男性職員を指名しようとした瞬間、間髪を容れずに私は答えた。
指名されたクリフもアランと呼ばれた職員も目をパチクリさせている。
「お、お嬢様、恐れながらクリフはまだ子供です。お嬢様にこれ以上の粗相は……」
「そうですね、でも大人相手だとどうしても私、緊張しちゃうんです!クリフだったら私とも年が近そうだし、彼と仲直りもしたいし……」
精一杯健気な表情を作り、手を組み合わせてお願いのポーズを取りながら健全なキラキラビームをおくる。
前世の高校生時代では決してできないが、今世の私は悪役令嬢とは言え美少女だ‼
何とかなるはず‼‼
「「「…………」」」
キラキラキラキラキラ‼‼
「「「………」」」
な、長い‼‼
若干表情筋が強張ってきた頃、院長は溜め息を吐いて担当職員、アランに目で合図を出した。
アランは頷き、クリフの頭から手を離し私の方へ促す様に背中を押す。
「クリフ!オリビア様は公爵家のご令嬢だ‼これ以上粗相が無いようにしっかりとご案内するんだぞ!あと敬語を使いなさい」
「ハァ⁉何で俺が……」
「よろしくね!クリフ!」
彼の抗議を長引かせないために、私は彼の手を握ると勢いよく扉を出た。
てっきり嫌がるかと思っていたが、クリフは真っ赤な顔をして繋いだ手を凝視していた。
少年の反応としては可愛いが、あの陰鬱な肉食キャラのクリフと比べて私は溜め息を吐いた。
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