朱色と金色の秋
もう、秋があの山々からこの谷間にも降りてきている。僕はそう思いながら、黄金と朱色に彩られた奥武蔵野まで来ていた。もうすぐサナトリウム。
あの船長は、神戸の港からどんな手紙を僕に預けたのだろうか。「また見舞いに行けない」という詫びの手紙? それとも、「外航船の仕事が終わり、久しぶりに見舞いに行けるよ」という知らせなのだろうか。
洋行帰りの白便せんに白色の封筒。赤い斜陽光が金装のリボンに反射しているのに、塩結晶が銀色に煌めいたように見えた。そういえば、船長のひしゃげたマリンキャップの金装も、塩で銀色に色あせていたっけ。
谷間を奥へ、奥へ。キャンバスの谷あいに挟まれて、正面奥の中央に、淡色の高原と山肌が見えてきた。もうすぐサナトリウム。
彼女はカリエスゆえに夕日が照らすこの穏やかな谷間に縛られていた。彼はマドロス故に青く広がるあの波乱の海から離れられなかった。ゆえに、互いに募る思い。僕はそれを繋ぎ繋いで此処と港とを行き交う。
未来がないねって? そうさ、彼ら二人は、昔から未来を見ていない。僕だって未来を見ていない。彼らや僕には、確かに目にいろいろ見える。目の前の風景、目の前の手紙、目の前の筆跡。それらの目の前のことだって、見てるようでいて感じ取っていない。
そのかわり、彼らや僕は見えないものを感じ取っている。僕は未来の代わりに方位を、彼らは未来の代わりに相手を、感じている。それは自ずと進路を決める縁となる。