『F4』
world of gray 9
『僕達の試合の事、何か聞いてる?」』
『何も聞いてないけど!』
『そりゃそうでしょうね!昨日の今日で日程決めて連絡なんて、そうそうないわよ!一日丸ごと潰しちゃう様な試験なんだから色々大変なんでしょー』
『それもそうだけど、残ってる試合は僕と雫の一戦だけだよ?』
『先生達の都合もあるだろう。それに僕達の試合は皆んなも見たいはず、授業に差し支えが出てしまっては本末転倒。改めて日を決めるのも簡単ではないのかも知れないね。』
『そっかあ。あっ、順番来た!僕はカレーライスで!』
『僕はサバの味噌煮定食を。』
『焼肉定食〜!』
「太陽」「雫」「火憐」は席に着き、手を合わせる。
三人で食事をするのは久しぶり、と言う事もあってか、食べ慣れた学食も何故か、その日は懐かしく感じた。
変わらず美味しい学食は更に美味しく、会話も弾む。
『食べながら話すのは行儀が良くない。』
『あーはいはい!程々にね、程々に!』
そんな中、一人の女生徒が「太陽」の視界に映った。
普段からよく学食を利用している「太陽」だが、ここで見かけた事は一度も無い。
「太陽」は昼食を完食すると、膨らむ腹を摩りながら「雫」と「火憐」にこう言った。
『先、教室戻ってて!』
お盆を返却口に返し、とある場所へと向かう「太陽」。
「雫」と「火憐」は首を傾げ、去り行く「太陽」の背を見つめた。
「太陽」が向かった先は部室。
そこに居たのは「香」だった。
『どうかしましたか?』
『珍しいね。昼休みに食堂にいたの。』
『私だって食堂くらい利用します。』
『木崎さんは、僕の何を知ってるの?』
『何も知りません。』
『僕が記憶喪失だって事、知ってた。』
『私が知っている事はそれだけです。』
『・・そうなんだ。』
『自分の過去が気になりますか?』
『そりゃあ、気になるよ。』
『姉さんは何か知っていると思いますよ。』
『えっ?』
『姉さんだけじゃない。母さんも。』
『生徒会長と校長が?』
『母さんと姉さんは、何か隠してる。』
『何かって?』
『分からない。でもあなたの事と関係してる、と思う。』
『何でそう思うの?』
『ただの当てずっぽです。』
スッキリとしない気持ちを残し、その場を後にする「太陽」。
チャイムが鳴り、放課後。
「火憐」に部活に誘われるも、この日は断った。
「先輩達」にも謝っておいて欲しいと、そう伝えて。
「太陽」は、気持ち半分上の空で受けていた授業中に、決めていた事があった。
「太陽」は、一抹の心苦しさを其処に残し、歩いて行く。
『明日は来なさいよー!』
昼休みが終わってから様子がおかしい、これには「雫」も「火憐」も気が付いていた。
でも、どうせ明日にはいつも通り。
「太陽」は、生徒会室へとやって来ていた。
「生徒会」室とは言っても、この部屋を使っているのは、今は「生徒会長」だけである。
「生徒会」の「長」と言うよりは「生徒」の「長」、こちらの方が正しい表現なのかも知れない。
少し前には、それなりに人の出入りがあった様だが「太陽」にとっては入室した事の無い部屋だと言う事は勿論の事、部屋の前に立った事も無い、初めて来る御部屋。
『本当にあったのか』とまでは思わない。
「生徒会長の秘密の部屋」などと言う、七不思議の様な謂れ(いわれ)も無い。
ただ単に用が無かったので、寄る事が無かっただけの話。皆がそうだろう。
だが、いざ扉の前に立つと不思議な緊張感は有る。
『失礼します!』
二回、扉を叩き入室する。
忘れていたけれど『どうぞ』とも何とも言われていない。
一瞬『やってしまった』とも思ったが、其処には誰も居ない様であった。
恐る恐る中へと入り、辺りをぐるりと見て回る。
『なんだこれ?この学舎に通う生徒のランクデーターの一覧かな・・SS二名、S四名、AAA五名・・・BBBランク以下の生徒は随分と多いんだな。
この学舎にはBランク以上の生徒のみが在校していて、CCCランク以下の生徒は別の学舎に居ると・・通ってる生徒の人数は、そっちの方が断然多いのか・・・』
生徒会室、其処にある机の上に置かれた書類に釘付けになっていると、突然誰かに声を掛けられた。
『何をしているの?』
顔を上げ振り返ると、其処には「生徒会長」が立っていた。
顔は一瞬で青ざめ、返す言葉も無い。
言葉を詰まらせながら探す。
言うべき言葉を。
『何の用ですか?まさか、そんなものが見たかった訳じゃないんでしょう?』
「生徒会長」の方から話を振ってくれた。
先程とは違い、かなり返し易い話題。
少し救われた様な気持ちになった。
息を整え「太陽」は言う。
『生徒会長に聞きたいことが・・』
『なんですか?』
『僕の事、何か知りませんか?』
「生徒会長」は小さく笑った。
『ええ、知ってますよ。』
『教えてください!』
『3ーA組の天野太陽君でしょ?』
『はい!』
『グレイ・レイスに選ばれたのでしたね。頑張って下さい。』
『はい!』
『まだ何か用ですか?』
『えっ、そうじゃなくて僕の記憶のこと!』
『記憶?』
『はい。僕、昔の事をあまり覚えてなくて・・生徒会長なら何か知ってるんじゃないかなって。』
『誰かにそう聞きましたか?』
『いえ、僕が勝手にそう思っただけです。』
『そうですか。あなたに記憶が無い事は知っています。転入の際、学舎側は入院されていた病院の方から話は聞いていますから。あの事件からずっと眠っていたらしいですね。
学舎側はあなたが能力者なのは分かっていたので、目が覚め次第この学舎に通っていただく手続きを済ませていました。私が知っている事は、それだけです。』
『そうですか・・』
場面は変わり、「火憐」は部室の扉を開く。
「明希正」は「火憐」に言った。
『太陽はどうした?』
『何か用事があるらしくって!』
サボりじゃないかと熱くなる「火憐」を宥める「真依理」。
続けて「真依理」は、その熱を上回る勢いで元気良くこう言った。
『この間の試験、皆んなお疲れ様!』
皆は、試合の振り返り話に花を咲かせる。
しかし、自身の成長について考えた時、神妙な顔付きになる者も居る。
試験は三ヶ月に一回、この三ヶ月でどれだけの事が出来て、どれだけのものが出せるのか。
当たり前だが自身が成長する様に、周りも成長している、努力している、モノの優劣は簡単には変わらない。
人と言うのはどこまでも、人と戦い比べる事で、上下をハッキリ分けたがる。
そう言う風に出来ている。
同じ道に居るのなら尚の事、一番でないと気持ちが良くない、一番にしか拘れない(こだわれない)。
「雫」は言った。
『まだ、僕と太陽の試合が残っています。』
場面は戻り、「太陽」は校長室へと向かい歩いていた。
「生徒会長」からは特に何も得られなかった、だけど「校長先生」ならと。
「太陽」は、扉の前に立つ。
この部屋にも訪れた事は無い。だけど此処は、全く緊張しなかった。
何故かは分からないけど、要は職員室と同じ様なものだと思っているのかも知れない。
職員室なら行き慣れている。
何故かは分からないけど。
扉を叩き、声を待つ。
『どうぞ!』
『失礼します!』
『はい!』
『あの、少し聞きたい事が・・』
『あら、太陽君!何かしら?』
『僕の思い出せない記憶について、何か知りませんか?』
『うちの生徒なのだから、知っている事は知っていますけど・・プライベートな事については、力になれないかも知れません。』
『そうですか・・』
『気を落とさないでね!思い出せる時は、きっと来ると思います!』
『はい。失礼します。』
下校、空を眺めながら一人で歩いていた。
この道を一人で帰るのも、久しぶりの事。
まるで声でも掛けられているのではないかと言う程に、その空は暖かく寄り添ってくれる様であった。
「太陽」は、黙々と足を進めた。
一番近く、一番強く輝きを放つ「それ」を見つめながら。