『A3♯』
world of gray2
『大丈夫かな・・』
『大丈夫だよ、太陽は強い。・・何か一つでも違えば、僕は太陽に負けていたかもしれない。それだけの実力があれば、大抵の事は大丈夫さ。』
不安を口に漏らす「太陽」だったが、「雫」にそう言われると「太陽」は、不思議と『大丈夫』そう思えるのだった。
『総合成績一位の雫さんに、そんな事を言ってもらえるなんて光栄だな!』
『やめてくれよ。・・多分、生徒会長は僕より強いよ。総合成績一位なんて持ち上げられて、道化にでもなった気分だよ。』
『雫は道化なんかじゃないよ。頭もいいし、強い。総合成績一位は雫の実力だ。』
「太陽」は疑問に思った。
「雫」は強い、それは誰もが認めているに違いない。
総合成績一位に相応しいと。
『雫より強いなんて、そんな事あるのか・・』
考え事をしている「太陽」の表情を見て「火憐」は言った。
『太陽の異能は五行のどれにも属さない太陽だけの力。生徒会長がどれだけの力を持っていたとしても、気にする事なんかない。』
「太陽」は、今自身がどんな顔をしているのかと少し気になった。
使った事のない筋肉を初めて使った気がした。
「火憐」が「自身」を励まそうとしている、そう思うと「太陽」の顔は、綻んでゆく様であった。
『って言うか、そんなちっちゃい事を気にしてんじゃないわよ!』
別に不安だったわけじゃない。
だけど、励まされるのって悪くない。
「火憐」からのエールに、「太陽」は小さく笑った。
ーーーーーーーーートン、トン。
『失礼します!』
「太陽」は、「火憐」「雫」に言われるがまま扉を叩き、上擦る何かを抑え、その場で声を張る。
ただ部室に入るだけの話だが、妙な感じがした。
大きな声を出す事への抵抗か、将又別の何かなのか、理由は分からないけれど今迄に無い感覚。
「太陽」は、緊張していた。
後から思えば「雫」か「火憐」が先に部室へと入室して、「自身」を紹介してくれれば良かったのではないかと、そう思った。
が、そう思うと同時に、その時にそう思えていたとしても、そうはならなかっただろうなと、そうも思った。
一生分の「そう」を言った様な気分だが、見慣れない「太陽」のその様子を面白がっている「火憐」と「雫」が「そう」させたのだ。
『どうぞ!』
扉越しに聞こえて来るハキハキとした女性の声。
とても聞き取りやすく、快活。
それまで何処かに持っていた緊張感は、ふと掌から溢れる様。
取手に手を掛け、扉を開く。
部屋に入ると「太陽」は、目だけで辺りをぐるりと見回した。
特に変わった感じは無い。
部室と言えど同じ学舎にある部屋の一つ『まぁ、こんなものだろう』と、落ちる物が落ちる所に落ちるべくして落ちた感じであった。
所謂『腑に落ちた』である。
何かを期待していた訳では無いが、何となくフワッと現実を感じた。
一言添えるなら、ガッカリしたと言う話ではない。
納得したと言うだけの事。
『ここが部室かぁ・・』
あっ、と思った頃には時既に遅し。
心の中で思っていた事が、無意識に言葉として出ていた。
言葉として出したのなら、当然・・かは分からないが其れ相応の何かが起こる。
何処まで声に出していたのかは分からない。
無意識下での事なのだから仕方がない。
焦りは無かったのだが、返って来る言葉に、或いは別の何かに、少し恐怖を感じていた。
『そうだ!ようこそ太陽君!』
「太陽」の吊り上がった肩が落ちる。
『土宮真依理』
この人は倶楽部の中で、唯一一階に教室を持つ生徒。
クラスまでは分からないが、「生徒会長」と同じ学年と言う事になる。
初めましてだけど、そんな感じは全くしない。
ハキハキとしながらも陽気な先輩、とても親しみやすそうな人である。
『お前が太陽か!今日からここのメンバーになるらしいなぁ!聞いてるぜぇ!』
この部屋の扉を開けた時、一番に目に入った人。
部屋の持つ雰囲気から浮いていて、かなり目を惹く見た目をしている。
見た目の特徴については、此処では控えさせて貰いたい。
『白金明希正』
第一印象としてはチャラい人。
そして、なんかギラギラしてる人。
「太陽」の一つ上の学年で、頼れるアニキ感を感じなくもない。
『よろしくお願いします。』
「太陽」は、社交辞令的に挨拶を済ませる。
『あぁ!よろしくな!これからはお前もグレイスの仲間だ!なんか困った事があったらいつでも言ってくれ!力になるぜ!』
『この人、悪い人じゃない!』
と、言葉にはしなかったものの、良い先輩ばかりでホッとしていた。
上手くやっていけそうだと。
「太陽」は、再び辺りに目を凝らす。
『あともう一人、居る筈なのに・・』
ふと、そこまで離れてもいない場所から華奢な声が耳に入る。
『何か困ってる事、あるんですか?』
『いや・・』
『今まで誰も見た事の無い異能を持つ君。そんな君だからこその悩みと言うものがあるのでしょうか?』
『木崎香』
「太陽」と同じ学年でBクラスの生徒。
お隣さんだが、ほぼ面識は無い。
記憶の限りでは全く無いのだが、流石にお隣さんと言う事もあり、何かしらはあったのかも知れないと言う意味を込めて『ほぼ』と言いたい。
袖振り合うも多生の縁である。
この場合に限って言えば、多生と言うよりかは、多少と言う方が正しいのかも知れないが・・それは兎も角として、彼女はこの部屋ととてもよく馴染んでいる。
それは良くも悪くもである。
この先の事は何となくで感じ取って貰いたい。
『珍しくよく話すじゃあねぇかぁ?』
『白金先輩っ!』と、心で叫ぶ。
何時間にも感じる数秒の沈黙。
『不安なんてないです!頑張ります!』
「太陽」は、その場の空気を切り裂くかの様に返事をした。
特に変な空気が漂っていたと言う訳は無い。
「太陽」からすると間違いなく漂っていたのだが、そこに居る皆の顔色を見て、それは勘違いだったのだと思い知らされたのだ。
『よし!じゃあ、見回り行くか!』
「明希正」は、唐突に立ち上がり言った。
この唐突と言うのも「太陽」の勘違いである。
『太陽はどうするんですか?今日は初日だし・・』
心配そうな顔をしている「火憐」に「明希正」は言った。
『なんだぁ?心配してんのかぁ?』
『別に心配なんか・・』
『大丈夫!こいつも男だ!・・そもそも、そんな物騒な世の中でもねーしな。』
『そう、ですね・・』
「太陽」「雫」「火憐」「明希正」の四人は見回りに行く事になり、「真依理」と「香」は部室に残る事となった。
校内での活動も、もちろんと言うべきか無い訳では無い。
「香」は静かに作業に取り掛かる。
「真依理」は『いってらっしゃい』と、笑顔で四人を送り出した。
『みんな行ってしまったね。』
『そうですね。』
『申し訳ない、香くんにはいつも面倒な仕事をさせてしまって。」
『いえ。』
校舎を出る四人。
「明希正」の言った通り学舎近辺は勿論の事、この都は平和そのもの。
異能なんて力に目醒め様ものなら、誰かしらは派手に暴れ出しそうなものだけど、特にそう言った話も聞かない。
異能に目醒めた、とは言っても大抵の人はCランク。
Cランクくらいであれば、力としての実用性はかなり低い。
だけど、悪用すれば厄介なのは間違いない力。
『しっかりと警戒はしなければ。』
「太陽」はそう、心に言い聞かせた。
どれくらいの時間が経ったのであろうか。
それなりに辺りを練り歩いたかと思う。
疲労感が体にそう教えてくれている。
何事も無く見回りを終え、皆は部室へと帰って来た。
『どうだった?』
『平和でした。』
『それは良かった!』
そう言うと「真依理」は大きく笑った。
「香」は徐に立ち上がり、机の上に広がる書類を束ね、側面を二回程打つ。
綺麗に纏められた書類を引き出しへと仕舞うと『お疲れ様でした』と、そう一言言い残し部室を去って行く。
『俺達も帰るか!』
『はい!』
「太陽」の、今日一番のガッツが見て取れる良い返事。
「雫」は小さく笑い、「火憐」は呆れた様に表情を崩した。
『今日は、まあまあ・・結構・・・かなり疲れた。』
「雫」が『お疲れ様』と言ってくれた。
「火憐」は『だらしないわね』と言ってくれた。
二人は、あまり疲れている様には見えない。
慣れたらしい。
『僕もいつかは慣れるのかな。にしても、今日は本当に長い一日だったなーーーーーーーーー。』
天を仰ぎ、思い耽る「太陽」。
『明日は三ヶ月ぶりの異能力試験。』
「火憐」がふと言葉を言い放つ。
「太陽」は思い出した。
明日は月の下旬、試験の日。
異能力者が異能で戦い、思う存分異能力を使える日。
『明日も長い一日になりそうだな・・』
そう思うと「太陽」の疲労は加速した。
『気合い入れなさいよ!』
「太陽」は気持ち半分上の空で言葉を返す。
『本気で来ないと軽い火傷じゃすまないわよ。』
「太陽」は何も言い返さなかった、言い返せなかった。
「太陽」は少し、気合いが入った様な気がした。
『明日は頑張ろう。じゃあ、また明日。』
「雫」は「太陽」や「火憐」が歩いている方向とは別の方向へと足を向けた。
『うん、また明日。』
少しの間、自分の家へと帰って行く「雫」の後ろ姿を眺めていた。
再び歩く。
特に会話をする事も無く、ただ歩いた。
「火憐」と道が別れる其の時、「火憐」から何かを渡された。
『これ、御守りだよな?なんで御守りなんだ?』
『太陽が、異能力総合試験で二位が取れる様に。』
『二位?なんで二位なんだよ?普通一位だろ、こういうのって。』
『一位はダメよ、私に決まってるんだから。』
「太陽」は、込み上げる感情を吐息と飲み込み、感謝の言葉を口にした。
『どういたしまして。』
「火憐」と道を別れ、足取り重く一人来た道を行く。
歩きながら「火憐」から貰った御守りに視線を送る。
紅色の生地に、金色の糸で刺繍がされている。
なにが刺繍されているのかは、正しくは分からない。が、鳥の様な物なのだろうか。
見た事の無い御守り、手作り感満載の代物である。
「太陽」は思い出した。
今日は珍しく遅刻しかけていた事、その原因が昨日の徹夜だと言う事を。