『A3』
world of gray 1
今から約一年前、この都は大きな輝きに包み込まれた。
原因については調査中の様だけど、あまり進展は無い様であった。
が、この現象が齎した(もたらした)変化、影響については幾つか分かっている事が有る。
この現象以前には無かった『力』を、都の者達が身に付けたと言う事。
そして、目覚めた其の力『異能』には、幾つかの種類があると言う事。
其れは大きく分けて五つ『木、火、土、金、水』が有り、此れ等の異能を総じて『五行』と呼んでいる。
『異能力』に目覚めた者は五行のいずれかの力を扱い、その者達を『異能力者』と呼んだ。
異能力者を生んだこの現象は『n.s.w』と呼ばれている。
『天野太陽』
彼もまた、異能力に目醒めた者の一人。
彼は異能力者の集まる学舎に通い、普通とは言えないけれど、それなりに楽しい学生生活を送っている。
『普通』と言ったけれど、そもそも彼は普通の学生生活を知らない。
この学舎に通うより以前の記憶が無いのだから。
記憶に残っているのは、薄く目を開いた時に眼前に広がった病院の一室、その風景。
その部屋には彼しか居らず、ベッドも彼が横になっている其れしかなかった。
小さな木製のテーブル、その上に置かれた細く背の高い玻璃の花瓶、紫色の実を咲かせる花が数輪生けられていた。
その視界の中に同じくして映り込んでいるカーテン、其れは心を映し出すかの様に、穏やかに揺れていた。
優しく吹ける風、薄く開く窓から見透す景色は『見慣れたいつもの都』と言う訳では無かった。
そんなに長くは眠っていない筈なのだけれど『随分と街並みが変わったな』と言う訳でも無い。
真新しさに揺れる瞳。
自然と身体が、その場に馴染みゆく様であった。
「太陽」は、月明かり照らす学舎への路を歩いていた。
其れなりに時間を掛けて作った学舎までの最短ルート、その足取りは軽く、何処か誇らしげである。
この学舎に通って数ヶ月、随分とこの学舎にも慣れ、友達も何人か出来たとある日の事。
『おはよう。』
後方から誰かに声を掛けられた。
登校時に、誰かに声を掛けられた事なんて一度も無い。
聞き慣れている筈の其の声も、全く知らない人の声の様に感じてしまう。
その声は不安定に揺れながらも、快活で元気が貰える様であった。
『赤羽火憐』
何時も明るく前向きで、努力家。
サバサバとした印象で、クラスの皆んなからも慕われている。
この学舎に入って間も無い頃から、その印象は変わらない。
当初は『絶対に仲良くは、なれないだろうな』と思っていたが、何故か不思議と気が合い、仲良く出来ている。
「火憐」とは同じ「3ーA」クラスで、彼女と仲良くなってからクラスの皆んなとも仲良くなれた様な気がする。
『急がないと遅刻しちゃうわよ。』
「火憐」は「太陽」を追い越し、走り去って行く。
今日は、いつもより早く家を出ている『まさか遅刻なんて』そう思いつつも「太陽」は、時計を取り出し時間を確認する。
『この時計、壊れてる。』
そんな筈は無い。
頭では分かっているのだが、心が其れを強く否定する。
この時計は、この都の者達皆が持っている絶対の基準。
何を基準としているのかは分からないが、とにかく絶対なのだ。
時間とお金は知らないうちに無くなるものだと、つくづく思い耽りたい(ふけりたい)所だが『今じゃない』と、理性を奮い立たせ「火憐」を追いかける。
『異能が使えたら楽なのに。』
校外での異能力の使用は禁止されている。
もっと言うと、「太陽」は今月から『あそこ』のメンバーになる。
異能力者として、模範的な行動を取らなければならない。
授業に遅れそうだから異能力を使うなど、以ての外。
「太陽」は息を切らし、そこそこ頑張って走った。
『おはよう。今日は珍しく間に合ったんだね。困っているお年寄りに合わなかった、って事かな。』
「太陽」が教室へと入るや否や、何とも皮肉の効いた挨拶が飛んで来る。
『水嶋雫』
彼の言う事は、もっとであるからして返す言葉も無い。
すました・・その爽やかに皮肉を言う様、顔を見ずとも表情が思い浮かぶ。
表情どころか、体勢から何から何まで分かる気がする。
本人は、皮肉を言っているつもりなど全くない事も。
「雫」は「太陽」と同時期に、この学舎へと転入して来た生徒で、何かと色々凄い友。
頭が良く見た目も良い、何でも出来るイメージ。
イメージと言うのは少し間違いかも知れない、今となっては。
少し痛い所を突かれた「太陽」は、苦笑しながら『まあね』と答えた。
『今日の朝は珍しい事のオンパレードだよ。太陽は遅刻じゃないし、反対に火憐はギリギリの登校だし、模範生のあの火憐がね。』
確かに「雫」の言う通りだった。
「火憐」が、こんなにもギリギリに登校するのは初めて見た。
『昨日ちょっと徹夜しちゃって・・』
「火憐」は答える。
それから一拍程置いて、怒号にも似た声を出す「火憐」。
『別にどうでもいいでしょ。』
勿論どうでもいい。
授業に間に合っているのだから何の問題も無い。
然しながら、その一拍の間で『一体何があったんだ』と、其れは少し気になった。
それはさておき、徹夜しても遅刻しないのは『えらいな』と、自身の素行にふと目が泳ぎ、悟った様に遠くの方を見つめる「太陽」。
『って言うか、模範生って私の事馬鹿にしてるでしょ?総合成績一位の雫さんに言われても、皮肉にしか聞こえませ〜ん!』
続けて聞こえて来る「火憐」の陽気な声で、心が教室へと帰って来る「太陽」であった。
『馬鹿になんてしてないよ。異能力に関してだけで言えば、火憐が火に対して僕は水、水は火に強い。つまり僕が有利、それだけの事さ。』
余裕を感じさせる「雫」の其の態度を受けて、「火憐」は何かのスイッチが入ってしまった。
しかし「太陽」は焦らない、二人の言い争いは何時もの事だからだ。
つまり二人は仲良しだ。
「太陽」は、小慣れた口捌きでその場を宥める(なだめる)。
内容と言うよりはトーンと表情、身振り手振りが大切なのだ。
『変な力を身に付けてしまったな。』
昼休み、疲れ切っている「太陽」を見て「火憐」は揶揄う(からかう)。
「雫」は言う、午前の授業が終わっただけだと、まだ午後があると・・悲しい現実だ。
しかし「太陽」も自覚はしている、自分はまぁまぁだらしないやつだと。
お昼休みのお楽しみと言えば食堂で食べるお昼ご飯。
この学舎は結構いや、かなり食堂のレベルが高いのではないかと思う。
ここ以外の食堂を知らない「太陽」だが、これだけは声を大にして言いたいと予てより胸に秘めている思いがあった。
それは「安い」「早い」「多い」「美味い」この四つの「い」がこの食堂にはある。
そして、この四つの「い」こそが食の至高であると。
こうして「太陽」は、この四つの「い」にガッチリと胃袋を掴まれているのだ。
この日は「雫」と二人で食堂に来ていた。
「太陽」も「雫」もメニューは決まっている。
スムーズにオーダーを終え席に着く。
そして、食べ慣れた美味しいご飯を食べながら思うのだった。
『勉強、頑張ろ。』
やっと授業が終わった。が、今月から、とある倶楽部に入る事になったので帰る事は出来ない。
正直に言うと少し億劫にも感じたが、この倶楽部は誰でも入部出来る、と言うものではない。
聞くところによると『理事長』が「太陽」の事を、この倶楽部に推薦したとか、していないとか。
そうあっては断るに断れない。
事実はともかく「雫」や「火憐」も、この倶楽部のメンバーとして活動を行っている。
一緒に居る事が多い三人、その中で「自分」だけが違うと言うのも、何処か気持ちが良くない。
何とか圧力みたいな話ではなく、声を掛けて貰ったのだから気持ち良く引き受けよう、そう言う話だ。
「 水の異能一位 水嶋雫 」
「 火の異能一位 赤羽火憐 」
「 土の異能一位 土宮真依理 」
「 金の異能一位 白金明希正 」
「 木の異能一位 木崎香 」
この倶楽部は、各異能力のトップ成績者だけで構成されている。
主な活動内容は、異能力を校外で使用している者を取り締まる、言わば異能力者に依る校外風紀委員。
校内では「理事長」を始め『校長』や『生徒会長』が恐くて、可笑しな事をする者は先ずいない。
「生徒会長」は『木崎彩』、「木崎香」の姉である。
「生徒会長」も木の異能力者、その事に間違いは無いのだが、最近は試験を取り仕切るばかりで参加はしていない。
此処で力を使わないのなら、他の生徒が力を見られる機会なんてほぼ無いと言って良い。
学年が違えば『ほぼ』も無い。
学年が違うと言う事は、階が違うと言う事。
学年は、この学舎に入校した順番で決まっていて「生徒会長」は「1ーG」クラス。
つまり、此の学舎の一階に教室があるファーストワンの生徒。
やたらと部屋の多い三階建の此の学舎、大体の事は自身の居る階で事足りる。
多くの生徒にとって、かなりミステリアスな人物であると言える。
因みに、倶楽部は生徒会から派生して出来たもの。
主に行う活動が、内か外かで分けられているのだとか。
こうなると『生徒会』の『長』と言う言い方も多少の違和感を感じるが、それは棚に上げ置く事にする。
「校長」は「木崎姉妹」の母親。
とても大らかで優しそうな人、異能は不明。
「理事長」、この学舎を創設者、異能は不明。
透き通る様な白い髪に黒い眼、その瞳の輝きは、何とも言えない不思議な気持ちにさせられる。
何はともあれ「太陽」は、一抹の不安を胸に切れ味悪く肩を揺らし、部室へと歩を進めた。