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三話 屍還③



 骨の山が崩れてその音が反響する。微かに地面からも振動を感じながら、千夏は視線の先で動くものに釘付けになっていた。


 そのまま言葉にするなら、歩く骸骨。

 王冠とマント、そして両手に構えた無骨な二つの剣。骨だけでしかないというのに、何故か今までに見た……肉のあるゾンビ達との格の違いを皮膚で感じた。

 平和な日本で生きてきた千夏にとって、当然の事だが『殺気』と呼ばれるその感覚は初めての経験だった。

 巨大なゾンビと比べてサイズがあまりにも違うというのに、感じる威圧感は遜色がない。いや、それどころか……。



 叛逆剣リベリオン 残一回



 千夏は頭の隅で自身の手札を並べる。

 とはいっても千夏が頼りにできるのは『叛逆剣』だけ。それも、もう後一回しか使えない。使い切ったらどうなるのか、そこは未知数だが……新たな力に目覚めるとかそんな都合の良い展開はなさそうだ。


 いや、自分にそう言い聞かせないと、次の瞬間には『死ぬ』予感があった。希望的観測は油断を招き、今この状況においてそれは致命的な隙となる。


 しかし、記憶の限りでは十数時間前まで平和な日本で暮らしていた千夏に、いつまでも緊張感を保てというのは難しい話だった。

 ふと、瞬きをした。一瞬、心の中で「まだ敵がいるのか」と、思ってしまった。致命的な隙というやつだ。


「っ!」


 バクン、と千夏の心臓が跳ねる。瞼を閉じた一瞬、その間に王冠骸骨は足を前に出して強く地面を踏み締めていた。

 床に大きな亀裂が走り、それだけで尋常ではない膂力を感じさせる。そこからは反射だった。王冠骸骨の膝が少し曲がる、重心が前に寄るのを見て、千夏は咄嗟に右手を前に出す。

 脳裏によぎったのは、最初に見た『死神』だ。あれの移動速度は千夏の目で追えなかった、そして王冠骸骨は『死神』以上の存在だと本能が警鐘を鳴らす。


叛逆剣リベリオンっ!』


 叫ぶ。千夏の手の先で弾けた光の衝撃波が、凄まじいスピードで飛び込んできていた王冠骸骨の身体を弾き


 飛ばすことなどなく、そのまま千夏の手の中に大剣が作られる。


「はっ?」


 唖然とした千夏が視線を向けると、王冠骸骨は踏み込んだ姿勢のまま停止していた。大剣を出し終わった千夏を見て、眼球など無いのに……千夏を見ていると感じさせる暗い眼窩と剥き出しの顎が、ニヤリと笑みを浮かべた様な気がした。


 やられた。背に冷たいものが流れる。

 王冠骸骨……と千夏が心中にて呼称する『ボス』には、知性がある。とはいえ想定しておくべきだったフェイントに、あっさり引っかかってしまったのは単純に経験不足だろう。

 王冠骸骨は知っていた。千夏の『呪文スペル』の力を。恐らく見ていたのだろう、あの巨大なゾンビの内側で。


 しかしもう、手遅れだった。次に打てる手と言えば『死神』の時の様に大剣を加速させて斬る技だが、アレは外せば大剣が消えて終わりだ。千夏は『刃』を消費するべきか否か咄嗟に考える。


 そう、悩んだ時点で千夏の負けだった。


 今度は確実に地面を蹴った王冠骸骨の身体が加速する。命の危機に対する緊張かそれとも少ないながらも死地を二度抜けた経験か、辛うじて千夏の目は自分に迫る髑髏の顔を捕捉した。

 だが、そこまでだ。振るわれた二つの凶刃を、躱す術はもうない。今更『刃』を消費しても、それよりも前に王冠骸骨の剣は千夏を切り裂くだろう。


『雷弾!』


 その時だった。王冠骸骨が剣を振るうとほぼ同時、鋭く響いた男の声。直後に、宙を駆け抜ける紫電が千夏に迫る剣に当たって爆ぜ、その衝撃で王冠骸骨は大きく身体を退け反らせる。


 千夏の横を風が通り抜けた、暗い中でも目を引く金糸の様な髪が視界に写る。いつの間にか横に立っていた金髪の少女が、強気な吊り目を獰猛に輝かせて千夏の頭に優しく手を置いた。


「すげえよ、『四季シキ』。お前はよ」


 初めて会ったはずの少女は、何故か千夏の名を呼んだ。その事を千夏が追求するより前に、疑問に思うより前に、彼女は拳を振るう。


巨攻ギガント


 それはまるで巨人の籠手。虚空に生まれた、鎧に包まれた半透明の大きな拳が少女のテレフォンパンチと連動して動き、強く王冠骸骨の全身を叩いた。

 目の前で交通事故を思わせる衝突音。メキ、やらゴキやらと骨が砕ける音がする。


 振り抜いた拳に吹き飛ばされ、王冠骸骨は背中で地面を滑った。だがすぐに体勢を整えて数メートルほどで停止する。起き上がり両足でしっかりと地面を掴み、王冠骸骨はもう一度剣を構えた。

 そこに少女の追撃が襲う。


巨攻ギガントォ!』


 少女の叫びに応える様に、半透明な腕がまた現れる。今度は上から手刀の形で叩き落とされた。二つの剣で王冠骸骨はそれを受け止めて、しかしあまりの威力に足を地面にめり込ませる。

 巨人の腕が消えた。その時すでに少女は王冠骸骨の懐に潜り込み、拳を腰に構えて力を貯めている。


巨攻ギガントッ!』


 そして振り抜かれる拳。現れた巨人の腕が王冠骸骨の身体をまた叩く。拳を受けても王冠骸骨は倒れない。だが余りの衝撃に足を地面に埋めたまま身体が飛ばされる。

 地面を削る不協和音。埋まった足が二本の線を地面に刻み、やがてそれがブレーキとなり王冠骸骨の動きが止まる。肉がないのに五体満足というのも変な表現ではあるが、王冠骸骨は一切の欠損なく衝撃を受け切った。

 しかし、連続して叩き込まれる巨大な拳撃はその身に多大なダメージを与えていた様だ。三発目を受けて後ろに吹っ飛んだものの、何とか耐えてみせた王冠骸骨が停止した所で地面から足を抜いたかと思えば……その後すぐに、意図せずといった様子で膝をついた。


『雷槍!』


 そこに、また響いた男の声。千夏の後方より紫電の槍が宙を走り、王冠骸骨の無防備な胸を貫く。

 爆音と共に胸骨を破り貫通した雷が消えると、王冠骸骨の胸にはポッカリと穴が空いていた。

 ガクリと髑髏を俯かせ、王冠骸骨の身体から力が抜ける。しばらくその場を沈黙が支配した。王冠骸骨は、動く気配がない。


 そこに来て、ようやく事態を把握した千夏がハッとして後ろを振り返る。面識のない、若い男がこちらに手をかざして大きく息を吐いていた。

 次に千夏は少女を見る。歳の頃は十代初めといったところか、印象的な長い金髪は美しく腰にまで伸びている。バッチリとした長い睫毛を瞬かせ、少女は蒼い瞳で千夏をジロリと見る。大きな吊り目の眼力は凄まじく、千夏は少し怖気ついてしまう。

 目を逸らして初めて、彼女の服装に気付いた千夏はギョッとした。


 黒い服だ。詰襟で、金のボタンがいくつも付いた……千夏が今、ワンピースの様に着込んでいる『学ラン』を、金髪の少女も同じように上着だけ羽織っていた。その下から覗くワイシャツも、千夏が持っていた物と同様のものだろう。

 パンツは履いているのか履いていないのか分からないが、太もものほとんどを露出して覗く白い健康的な脚は見惚れてしまう程に綺麗だった。


「……『四季』、で良いんだよな?」


 金髪の少女は、戸惑いがちにそう言った。驚いて千夏は顔を上げる。


「え? え、う、うん。そうだけど、なんで……あっ、んん?」


 名前を呼ばれたので咄嗟にそう答えて、しかし自分の高い声に自分でハッとする。それは自分の容姿の変容を思い出してのことだが、だからこそ目の前の少女が千夏の名を何故呼べたのかが、分からなかった。この姿になった自分を四季千夏だと認識している人間はいないはずだった、少なくとも千夏の記憶の限りでは。


 金髪の少女がポケットを弄る。中から取り出したものを千夏に向けて投げた。それを受け取り、見てみると……それは小さなプラスチック板のような……『四季』と刻まれた、いわゆる名札と呼ばれるものだった。


「それ、落としていったんだよお前。俺と……あそこの、おっさんはお前が来るより前にこの部屋で隠れてたんだが、そしたらお前……ぶっ飛されてよ……いや、もう、びびったよ。走って戻ってくるし……」


 名札を受け取り困惑する千夏に金髪の少女は説明をし始める。そこに、少女からおっさんと呼ばれたまだ二十代なりたてくらいの男が慌てて駆け寄ってくる。


「二人とも! ヤツを見ろ!」


 千夏と少女が、彼のその様子に驚いて言われた通りに王冠骸骨を見る。胸に風穴を開け沈黙していた王冠骸骨が小刻みに振動している。


「ま、まだ変身を残してるって、ことかな?」


 千夏は震える声で言って、出したままの大剣を強く握りしめる。金髪の少女と若い男も眼光を鋭くさせ、身体を緊張させた。

 三人の視線の先、俯いていた髑髏の頭が跳ね上がる。ガッポリと開けた顎がカタカタと笑う。眼窩に宿る妖しい光が強さを増した。


「くるぞっ!」


 男が鋭く叫ぶ。

 骸骨の胸に空いた風穴から、腐った肉が溢れ出す。一瞬で全身を包み込み、それは人型を形成した。王冠は砕け、代わりに肉の王冠が頭部に鎮座する。

 持っていた双剣にも、肉がまとわりつく。穴の空いていた場所に生まれた『心臓』が脈動する度、全身と剣も連鎖して脈動する。


 ぞろりと、眼球と歯が生えた。皮膚を剥いだ人間のような、人体模型のような化け物がマントを羽織る。

 そのマントは、まるで本来肉を包むべき皮膚に見えた。もしくは悪趣味な人皮のマントと言うべきか。


「俺は『黒崎クロサキ』だ」


 拳を構えて金髪の少女がそう言った。

 黒崎。千夏の記憶では、それに該当する人間が一人居る。同じクラスの……男子生徒。


『雷槍!』


 だが、それについて考えている暇はない。

 味方だと思われる男が『呪文』を叫ぶ。先程胸を撃ち抜いてみせた雷が、未だ身体から腐肉を生み出す『人皮マントの肉人形』に向かって飛ぶ。

 肉人形はそれを微動だにせず受けた。爆ぜるような音を立て、肉が飛び散る。


 しかし、焦げて抉れた部分は骨にすら達しておらず、またそれもすぐに腐肉で埋まる。


 ヒュッと、男の喉が干上がった音が千夏の耳に聞こえた。


「くそがっ!」


 金髪の少女『黒崎』が見た目にそぐわぬ粗暴な口振りで走り出す。それを、肉人形はゆっくりとした動作で見た。拳を振りかぶり、もう少し踏み込めば『巨攻ギガント』の射程範囲だ。


ライ!』


 しかしそんな黒崎の身体を火花が貫いた。


「ぎゃっ!」


 可愛い悲鳴をあげて、腹に電撃を受けた黒崎の身体が宙に跳ね上がる。そしてすぐに、彼女が元々居た場所を肉人形の剣が風を切って通り過ぎた。

 火花を撃ったのは、千夏の前にいる男だ。焦った様子で、顔を強張らせている。撃たれてすぐは怒りを顔に浮かべた黒崎だが、すぐにその意図に気付いて顔を青ざめさせた。


 肉人形は、標的を変えた。最も厄介な敵を認識したのだ。


 ギョロリと眼球が動く。自身を見つめる無機質な瞳に怖気ついて一歩後退った男に、即座に距離を詰めた肉人形が双剣を振るう。

 だがその剣は途中で軌道を変え、横から振るわれていた千夏の剣を受け止めた。鍔迫り合うも体重の軽い千夏はすぐに飛ばされて地面を転がるが、その一瞬の猶予が男の命を救った。



  『雷弾!』


 肉人形の腹で雷が爆ぜる。衝撃に大きく身体をよろめかせ、更にそこへ追撃。


『雷槍!』


 顔面。


『雷槍!』


 右足。


『雷槍!』


 左足。


 眼球が焼けて、動作が鈍くなった肉人形の両足を雷が灼く。膝辺りを狙ったおかげか、立っていられなくなった肉人形が体勢を崩した。


『雷弾!』


 そこへ更に『呪文スペル』をぶつける男。『雷槍』は貫通力に長けているが、衝撃でいえば『雷弾』の方が上の様で、肉人形は強く弾かれて仰け反りながら後ろへ飛ばされた。


巨攻ギガントォ!』


 そこに巨人の蹴りが突き刺さった。

 横合いから強く蹴られた肉人形は弾丸の様に吹き飛んで地面を転がる。


 それで倒したと思えず、起き上がった千夏、金髪の少女黒崎、若い男の三人はすぐに駆け寄り集まった。


「あとは、『雷弾』一発しか打てない、『ライ』なんて、アレには足止めにすらならんだろ」

「俺の巨攻ギガントはあと六回だ」


 男から現状を報告し合う。口早く伝え合うのは打ち合わせするまでもなく、『呪文スペル』の残数……千夏は、自身の握る光の大剣を見て自信なさげに言う。


「俺は、これが最後……」


 黒崎が頭をガシガシと掻き、既に起き上がらんとしている肉人形を見て、溜息を吐く。


「『巨攻』を使ってみたが、あのキモいのには決定打にならねぇだろう……四季、お前の剣って爆発するよな?」


 黒崎の大きな瞳に真剣に見つめられ、コクリと頷く千夏。


「多分それを使ったらこの剣は消える。そこで弾切れだ」

「けど、このメンツの中ではおそらく一番威力がある。四季……頼むぞ」


 黒崎はそれだけ言って、肉人形の方を向く。頼むぞ、とは恐らくお前がトドメをさせと言う意味だろうが、それにしても説明が無さすぎた。

 肉人形は既に立ち上がり、首の調子を確かめている。まるで人間の様なその様子からは、大してダメージを受けている様には見えない。


「シキ……ちゃん? 僕は……いや、もう今はおっさんでいいか、僕とクロサキで何とか隙を作る。だから君に、ということだろ? クロサキ!」

「あ? あぁ、そうそう。来るぞおっさん!」


 黒崎の鋭い声が響く。

 肉人形が、遠くで剣を振りかぶった。その距離で? 千夏が疑問を感じた直後、肉人形は手に持った剣を一本投擲する。矛先は……千夏。


『雷弾!』


 視認は出来ても躱せそうにない千夏の目の前で肉人形の剣が雷に弾かれる。衝撃で思わず手を前に目を瞑ってしまい、靡く自分の髪を自覚して戦闘中に目を瞑るという失態に気付き慌てて目を開く。


 その時には既に、肉人形は黒崎の位置まで肉薄していた。黒崎が迎撃する様にアッパー気味に拳を振るう。


『雷!』


 バチィッ! と火花が肉人形の顔辺りを襲うが、まるで意に介する事なく肉人形は剣を振るう。


ギガッ』


 間に合わない。黒崎の顔が引き攣った。上段から振り下ろされる肉を帯びたおぞましい剣が、黒崎の端正な顔に迫る。


 閃光が走る。

 耳をつんざく金属音が響き、まさに斬り裂かれようとしていた黒崎が目を見開く。


 刃から光の尾を引く大剣が一際強く輝いて、それを受け止めた肉人形の剣を粉砕する。千夏が舌打ちをした、横合いからの不意打ちを防がれたからだ。しかしまだ光の剣は消えていない。後、一振り。一振りだけならば、出来る確信があった。

 振り終わった大剣をもう一度、強く握る。刃を翻し、もう一度……。肉人形の、ギョロリとした瞳が赤く充血した。怒り、純粋なる殺意を見せて、肉人形は千夏の小さな頭を掴む。ミシ……と、痛みを感じる間もなく骨が軋む音を千夏は聞いた。死。考えられたのはその一文字。


 黒崎が拍手をする様に正面で手を叩いた


巨攻ギガント!』


 甲高い音と共に、生まれた巨人の両手が肉人形を挟む。その瞬間、千夏の頭を掴む手が僅かに緩む。見つけた好機に力が宿る。


 大剣の刃が爆発する。加速した刃が下から斬りあげる様に肉人形を両断した。切断面が淡く輝き、やがて膨らむ様に光を放つ。


 まるで炎のように。

叛逆剣リベリオン』の光は肉人形を灼き尽くす。




 千夏は目の前で散りゆく肉人形を確認して、緊張が解けたのか疲労がドッときて意識が薄れていく。誰かに支えられる感覚の後、脳裏に響いた『言葉こえ』を最後に気を失った。




『四転命環《屍還》』 《攻略》


 《死は、側にある》






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