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一話 屍還①



 千夏は喉が枯れるまで叫び続けた。やがて疲れてきたのでその場に座り込む。笑いが自然と漏れ、完全に動きを止めた死神を見る。

 しかし残されているのは、黒い装束だけだった。中身は灰の様になり、ハラハラと僅かな空気の流れに乗って飛んでいく。


「疲れた」


 ぽそりと呟いて、自分の手を見た。小さい。自分の、知っている自身の手ではない。大きさからして小学生くらいじゃないか? 何故なのか……そもそもここはどこなのか……視界の端に映る緑色の髪の毛も気になる。


「……ぃ」


 ふと、千夏の耳が何か小さな音を拾った。音がしたと思われる方を見ると、そこには血だらけの男が……ついさっきまで腹をあの死神に鎌で刺されていた男が、震える手を千夏の方へ伸ばしていた。


「え? えっ?」


 完全に死んだと思っていたので、驚く事しか出来ず千夏は狼狽えた。

 今更気づいたが、千夏の口から出るのは随分可愛らしい声だ。声変わり前の自分の声ですらここまで可愛くなかった記憶がある。


 男はずっと、こちらに手を伸ばして何かを言っている。何か……自分に伝えたいことがあるのだろうか? 千夏は恐る恐ると言った様子で男に近づく為に歩き出した。

 ぴちょん、と。千夏の素足が血溜まりを踏んだ。その感触にゾッとして、足が止まりかけるが今にも息絶えそうな様子の男を見て、最後の言葉を聞いてあげるべきなのかもしれない、そんな義務感の様なものを感じてまた一歩踏み出した。


 男の目の前に辿り着き、今にも消え入りそうな彼の声を聞く為に千夏は膝をついた。それを確認して、男は青ざめた顔で優しく微笑んだ。

 千夏は、その予想外の反応に面食らった。呆気に取られていると、男は焦点の合っていない目を千夏に向けて言う。


「す、ごいな。あの、化け物を倒して、しまうなんて……。頼みが、あるんだ」


 震える指が指すのは、彼以外の倒れた人間達。


「俺の仲間の、生きた証を……届け、て欲しい」


 もう一つの手で、彼は自身の胸元を探った。そこから金属の小さな板を取り出す、ネックレスの様になったそれには、何やら文字が刻まれていた。

 千夏はそれを見たことがあった。認識票……いわゆるドッグタグ、と呼ばれるものだ。たとえ、死体が激しく損傷していてもそれさえ無事なら個人を識別できる。

 彼のそれは大きく裂けており、しかし役割は果たせそうであった。


 男からドッグタグを受け取った千夏は、なんとなく彼の意図を悟った。彼は、死体を置いてこの認識票だけでも持ち帰って欲しいと言っているのだ。


「ごめん、俺、でも……ここがどこなのか、どこにいけば良いのか分からないんだ」

「ありがとう、ありがとう。すまない、皆……ぃ、、ぉ」


 千夏は何故か泣きそうになった。必死に、自分の今の状況を伝えるが、もう彼に何の言葉も届きそうになかった。

 声が次第に消えていく。何か、仲間達に最後の言葉を伝えている様だがもう、側にいる千夏にすら何も聞き取れなかった。



 なんとなく、そうした方がいいのかもしれないと思って千夏は四人の死体を横に並べた。それはとても精神的にも物理的にも体力が必要な行為で、並べ終わった後は座り込んで動けなくなってしまった。

 血だらけになって、重い身体で項垂れる。千夏は、そうなってようやく自分のいまの状況について考え始めた。


 まずは、身体だ。どう考えても小さくなっている。視界の端に映る髪の毛は淡い緑色だ。明らかに自分のよく知る男子高校生の四季千夏の肉体ではない。

 自分の身体を、出来る限り全身隈なく見る。そこで気になったのが、服だ。千夏の通っていた高校は黒い学ランが制服だった。そして今、千夏が着ているのは血だらけのワイシャツのみ。

 脱げた学ランの上着とズボンはその辺に落ちていて……ついでに言うとパンツも落ちてしまっていたのでいまはブカブカのワイシャツをワンピースの様にして着ている事になる。

 目覚めた時は、確かフル装備で着込んでいたのだがその後のゴタゴタで脱げていったらしい。


(ノーパンは、ちょっと気になるなぁ……でもサイズが……)


 千夏は一般的な羞恥心の持ち主なので今の自分の格好は少し気になる。周囲に人、は居ないためまだ我慢できるが、もし見られると思うともう少しまともな格好をしたいものだ。

 溜息を吐いて、何気なく千夏は『あそこ』も小さくなったのかな? と、シャツを捲り上げて覗き込み……絶句した。

 何度もシャツを戻しては捲り直し、確認する。


「ない」


 可愛らしい声で思わず呟いた。愕然とした表情で千夏はもう一度よく、自分の『股間』を見る。少し触ろうともした。しかし手が血塗れなのもあり、怖くなってやめる。


「えっ? 俺、女の子になってるのこれ?」


 誰ともなく呟いて、千夏は混乱する。確かに、死神の鎌に自分の顔……らしきものが映ったとき、可愛らしい少女には見えた。そして、それが恐らく自分だろうということも気付いてはいた。

 しかし、小さい……まだ性差の少ないサイズのこの肉体だ。可愛らしい男の子だっていくらでも存在する。無意識に、千夏はそういうものだと思っていたのだ。

 そもそも自分の肉体が大きく変容している時点でおかしいのに、何故に性別までは変わっていないだろうと思ったのか……千夏は今更ながら、現状の異常さにどうすればいいか分からなくなった。


 少し放心して、千夏は決める。

 まずは、身体の事は置いておく。何より今この場所がどこなのか、そしてもう命の危険はないのかを調べる。そこからだ。


 決意を胸に千夏は歩き出した。一応、ブカブカの制服だけは拾い上げた。しかしまず足が痛い。靴もすっかり脱げてしまっているので、岩肌が直に足裏に刺さる。

 どうしたものかと、頭を捻るが背中も痛い、死神に引っ掛けられた所だ。大事には至っていないようだが、痛いものは痛い。


 靴に関しては、とりあえず自分が元々履いていたスニーカーが転がっていたのでその靴紐をこれでもかと……締めても足りなかったので、靴底まで回して縛り上げる。

 学校指定の革靴であれば出来ない芸当だ、千夏は履きやすさを重視してスニーカーを履いていた自分を内心で褒める。


 やはり服装から整えるべきだろう。思い直した千夏はボロボロで血塗れのワイシャツを脱ぎ捨てて、ブカブカだが厚手の学ランを着込む。袖をしっかりと折り畳む事で、今の千夏の体格ならそれだけで一枚のワンピースのように膝近くまで隠すことができた。

 その下が真っ裸なので、痴漢の様相ではあるが仕方がない。ズボンはどうしようもないのでベルトだけ腰に巻いて、残りは適当に肩から掛けた。



 いざとばかりにもう一度千夏は歩きだす。まずは、この小部屋のようになっている洞窟から抜け出す事だ。

 周りをよく見渡すと、ぽっかりと一箇所だけ壁に穴が空いていた。出入口の様なものだろうか……何となく、ゲームのダンジョンみたいだなと、千夏は思った。

 その出入口から顔を出すと、そうではないかと考えてはいたがやはり、洞窟は続いていた。出てすぐに、左右に伸びる通路の様になっている、それぞれの先は暗くなっていて良く見えない。


「えぇ……こわっ」


 しかも、千夏が今手を置いている小部屋の出入口には、スライドドアらしき何かが埋まっている。

 ぺたぺたと周囲の壁を触ると、一箇所だけボタンの様になっていて沈み込む。すると、僅かな振動と共に出入口の壁から板が飛び出てきて小部屋を完全に封鎖してしまった。


 スライドドアらしき、という表現は正しかったらしい。千夏は部屋の中で閉まっていく様子をぼんやり見つめていた。


 もう一度、ボタンを押し込む。

 やはりというべきか、扉は開いていく。


「……。行くか」


 自分に言い聞かせる様に呟いて千夏は外へ出る。右か、左か、意味はなく左へ出て歩いていく。

 洞窟内には灯りなんて見当たらないが、何故かほのかに明るく周囲を見るのに支障はない。少し先まで、となるとどんどん薄暗くなって視程は良くないが。

 現実味がない。千夏は寒気の様なものを感じた。何か、まるで異世界に放り込まれた様な異質さがあった。


 通路を歩いていくと、やがて大きな空間に出た。天井は見上げても分からないくらい高く、端の壁すら見えない。先程居た場所を小部屋とするなら、こちらは随分と大きな部屋……なのだろうか、当てもなく千夏は部屋の中を進む。


 カツン、と。足で何か硬いものを蹴った。咄嗟に足元を見て、転がっていくソレを目で追っていく。

 骸骨だ。人の頭部の骨が、転がって何かに当たって止まる。山だ。何かの骨が積み重なって出来た山がそこにはあった。

 よく見ると周辺には大量の骨と、骸骨が散らばっている。千夏がそれに気付いた瞬間、カタカタと全ての骨がその場で振動し始めた。


 骨が擦れる音が大きな部屋の中を反響し、まるで360度骨に囲まれている様な錯覚を覚える。

 冷や汗を流してキョロキョロと忙しなく首を動かす千夏の前、骨の山が『動き出す』。吸い上げられる様に、周囲の骨が、骨の山に向けて滑り込んでいく。


 山はまるで生き物の様に蠢き、何かの形を為していく。人の上半身だ、巨大な人間の上半身を形取った骨の集合体に、内側から腐肉が湧き出した。異臭と共に千夏の目の前に現れたのは、巨大な……まるでゾンビの様な化け物だった。


 地面から上半身だけを出した巨大なゾンビが拳を振り上げる。

 咄嗟に、千夏は自身の手を目の前に広げた。唸りを上げて迫る巨大な拳に、千夏は半ば無意識に叫ぶ。


叛逆剣リベリオン!』


 残三回。千夏の脳裏に《呪文スペル》の使用回数がよぎる。それに疑問を持っている暇などなく、溢れ出した光が巨大ゾンビの拳と衝突する。一瞬拮抗し、やがて大剣の形を為した光に巨大ゾンビの拳が押し込まれる。

 大剣を盾の様に構えていた千夏の足が浮く。そして文字通り千夏の身体は吹っ飛んだ。目玉が飛び出そうなGを身に感じ、もはやそれに抗う事も出来ず千夏はなすがまま後方へ飛んでいく。


(っべ、ぇ。いし、きが、飛……っ!?)


 人の身に受けるには余りにも強過ぎる力に、千夏の意識が朦朧としていく。そんな状態でも、今の勢いで何処か壁にでもぶつかれば自分の身体がタダでは済まない事は分かる。

 途切れ途切れの思考の中、千夏は何とか手に持つ《呪文》の剣を使って事態を解決する策を……だが、途中で千夏の身体は何か柔らかいものに当たって止まる。


 掠れた視界の中で何かが散らばる。それにぶつかったお陰で勢いは完全に殺され、地面を転がった千夏は目を見開いてすぐに姿勢を整える。

 今、千夏が居るのは最初の小部屋から出てすぐの通路。どうやら巨大ゾンビに殴られてそのまま通路まで吹っ飛んだらしい。

 そして、目の前には砕けた『肉』。しかも複数だ。辛うじて形を保っている『ソレ』を見るに、どうやら先程の巨大ゾンビを小さくした……つまり、人間サイズのゾンビだった。


 千夏がぶつかった衝撃で数体が破壊されていた。しかし二体、身体の一部を欠損しながらも生きているゾンビが千夏の方をギロリと睨む。


「う、オォぉっ!」


 咄嗟に手に持った大剣を振るう。その一撃で近くに居たゾンビを一体、上下に分断しもう一体は片腕を斬り落とす。

 片腕の残ったゾンビが、全く怯む事なく千夏に襲いかかる。振り上げた腕は余裕で躱せる速度だが、足が絡れて千夏は尻餅をついてしまった。

 いや、足を掴まれていたのだ。先程斬った上半身だけになったゾンビの一体が食い込むほどに千夏の足を掴んでいた。


「あ、ああああァァ!」


 そのまま覆い被さる様にゾンビが迫る。咄嗟に、千夏は握る大剣の刃を爆ぜさせる。そして無茶苦茶に振り回した。

 残光を残して加速する大剣、刃が膨張しまるで爆弾の様に千夏の周囲を吹き飛ばす。その威力は凄まじく、壁や天井に渡って破壊の波を生み出した。

 お陰で、千夏を襲おうとしていたゾンビは上半身だけのものを含めて遠くへ吹き飛びバラバラになった。

 足を掴んだまま残されたゾンビの手を無理に引き剥がし、通路の向こうへぶん投げる。立ち上がった千夏は何処へともなく走り出す。

 やがて、最初に居た隠し部屋の前に着くと、扉の仕掛けを連打する。扉が空いたと同時に中へ滑り込み、閉める為にまた仕掛けを叩く。



 大きな音を立てて、扉が閉まった。それを確認して、糸が切れたように千夏はその場に座り込んだ。

 身体中を様々な痛みが襲う。わけもわからず涙が溢れ出し、嗚咽が漏れた。


「何なんだよ、これはぁ……!」


 千夏の悲痛の叫びが部屋に響く。

 此処にあるのは、四人の人間の死体のみ、千夏の言葉に答えてくれる存在はいなかった。


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