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十二話 天死①



 攻略後

 《死は側に(いる)←ある?》

 《死は自らを知らず、迷い続ける》

 《死は還る場所を取り戻した》


 攻略前

 《迷える魂に還る場所を示せ》

 《死を、あるべき場所へ還せ》


 夜、千夏はメモに今まで自分が聞いた『託宣テキスト』を書き連ねていく。それをじっと見つめて、千夏は何かを探し始めるがどこにもない。


「あっ、そういや燃えたって言ってたっけ」


 探していたのは、最初の迷宮で拾った手帳だ。あそこに、千夏がずっと引っかかっていることが書いてある。


「でもまぁいいか、見間違いじゃなかっただろうし」


 独り言で、千夏は一人溜息をつく。


「この『託宣テキスト』ってのは、割と直接的な攻略方法なんだろうな」


 メモを見つめてそう呟く千夏の声は、どこか寂しそうに……何かを確信していた。


 迷宮、というのは千夏にとってこの『四転命環』しか知らないので他がどうなのかは知らないが、少なくとも……この迷宮の『託宣テキスト』は、迷宮の攻略を分かりやすくどうすればいいのか、挑戦者に教えている。



 *



 三番目の迷宮『迷天』による被害者は三桁近くに及んだ。いや、魔物として現れた『死者』の力を思えば、その程度で済んだと言える。

 街にある教会の前、『迷天』による死者は荼毘に付されている。

 二番目の『還迷』の死者である、探索者達とセリーズスが蘇り猛威を振るった事は街の人間達に強い絶望を与えた。

 仮に彼女達をすぐ灰にしていたとしても結果は変わらなかったかもしれないが、街の人達は疑心暗鬼になっており、碌な追悼も出来ず次々と炎の中に死体を入れていく。そうすれば『迷天』の様な悲劇は起きないだろうと信じて。


 それを遠くから見つめながら、異様な雰囲気で行われる火葬を見て無性に悲しくなった千夏の瞳から涙が溢れる。


「シキちゃん、無理して見なくてもいいのよ?」


 横にいるレベッカが心配してそう言ってくるが、いいんですと断ってその場に留まった。今この場には、千夏とレベッカしかいない。ガラハッドは街中を駆けずり回って被害を確認しており、黒崎とレインもそれに付いている。

 黒崎は大きな隈を目の下に作っており、昨夜も彼女の部屋から嗚咽が聞こえてきた。何度もトイレに駆け込む音がして、心配になって様子を見に行っても気にするなと怒鳴られる始末。


 これは千夏の憶測ではあるが……セリーズスにトドメを刺したのは黒崎だ、恐らくそれが原因で黒崎は……。



「レベッカさんは、この街にずっと住んでいるんですか? レインさんと……幼馴染でしたよね」


 突然、そんな事を聞いてくる千夏に目を丸くさせながらも、レベッカは真剣に答えてくれた。


「ええ、そうなるわね。まぁ、一時期ここよりも大きな街に……そこで探索者になるって言ったレインについて行った事があるけどね。私は、やっぱりここに居ようって戻ってきたの」

「じゃあレインさんは、その大きな街で住んでいるんですか?」

「普段はね、だから私は……アイツの帰る場所になろうかなって」


 遠い目をしながらそう言ったレベッカを見上げ、そのまま街を覆う『四転命環』の壁の隙間から覗く青い空を見る。元いた世界と何も変わらない空、に見える。もしかしたらやはり、異世界なんかではないのかもしれない。いや、呪文なんて力がある時点でそれは違うか、ただ……向こうと同じ空なだけ。


「まぁお陰でしょっちゅう帰ってくるわよ。今回はそのせいで巻き込まれたとも言えるけど……正直、外に居て欲しかったから、後悔してる。一緒に、あっちで住んでいたら……ってね」

「……やっぱり、二人は恋人なんですか?」


 千夏が聞くと、レベッカは少し頬を赤くして首を振る。


「そんなんじゃないけど、そうなれる様頑張れば良かったって話。ここで、いつ死ぬか分からない事になるくらいなら……と思ってしまったの」

「あと、一つですよ」

「それを、誰が攻略するの? 私はもう……シキちゃん、貴方にも無理はしてほしくない」


 空から視線を下ろすと真剣な瞳のレベッカと目が合ってしまい、千夏は思わず逸らしてしまった。地面を見つめ、一度瞠目し、顔を上げる。


「レベッカさん、どこか、レインさんとの思い出の場所とかってありますか?」


 突然の質問に、またレベッカは目を丸くする。少し考えて……教えてくれた。そして千夏は礼を言って歩き出す。


「レベッカさんは、休んでいて下さい。僕は……少し用事を済ませてきます」



 *



「ここで何をしているんだ、シキちゃん」


 レベッカから教えてもらったのは、街で一番広い公園だった。遊具に座り空を見て呆けていると、偶然近くを通りかかったレインが千夏を見つけて近付いてくる。


「……レインさんは、この街が好きですか?」


 千夏は近くに来たレインをチラリと見て、また空を見る。その質問に、レインは不思議そうな顔をしながらも答えた。


「好きだよ。生まれ、育った街だ。この公園なんかも……よくレベッカと遊んだな、探索者ごっこさ。どうして? いきなり」

「いえ、ただ聞きたくて」

「……そう。まぁ前にも言ったけど、好きだからこそ、大事だからこそ、この街を救いたいんだ。……小さな、けれど勇敢な君達に頼り切りの現状に、自分自身が嫌になるけどね」


 千夏の小さな身体を見て、申し訳なさそうにレインは言う。並べば、胸の下くらいに頭の頂点が来るほど身長に差があり、腕も握れば折れてしまう程細い。

 幼いながらも整った容姿に、艶めく緑の髪を見下ろす。『屍還』攻略後の、今にも死にそうだったボロボロの姿を思い出して、レインは眉を顰めた。

 こんな、小さな背中に寄り掛かっている自分を恥じる。彼女も、決して心が強い人間ではない。何度も悲痛な顔を浮かべていた、それでも……何の関係もない、この街の為に何度も命をかけてくれた。


「君には、感謝してもしきれない」


 自然と口をついたその言葉に、千夏は何も反応は示さず空を見上げたままだ。


 レインは公園を見渡した。懐かしい、大きくなってから来る機会は滅多になく。思い出といえばレベッカをはじめとする当時の友人達と遊んだ記憶。


「懐かしいな。僕が君くらいの頃、ここで夢を語った。当時の皆の中で、未だに夢を見ているのは僕だけだけど」

「……まだ、夢を見ている途中なんですか?」

「そうだね、憧れた英雄の背中には、まだまだ届いていない。僕には無理かもね」


 千夏が空から顔を下ろすと、残念そうにしていながらもどこか満足した様な顔のレインがいた。


「限界は見えてきた。御伽噺の彼らには及ばない、その他大勢の一人なんだろう。だけど、この街の為に力になれた……もっと力があれば失われずに済んだものもあったけど」

「御伽噺?」

「例えば、山の様な大きさの竜の首を一振りで斬り落としたとか、太陽の様な炎を自在に操るだとか……他にも、誰も攻略出来ていない迷宮に何百年も挑み続けているとか言う話もあるよ、とりあえずスケールが違うんだ、まぁよくある創作話だよ」


 でも、とレインは目を輝かせて続ける。


「そういうさ、物語の英雄達は大体探索者なんだ。国や人種なんて関係がない、ただ迷宮とそれに挑む探索者という関係性しか存在しない……そこに、夢物語があるんだ。しがらみなんてない、ただただ高みへ至る為の場所……それが迷宮。何故だか僕は、そこに魅入ってしまった」


 子供の様な、レインの熱の入った言葉を千夏は無言で聞く。それを頭の中でしっかりと噛み砕いて、千夏は当たり前の事実を認識した。彼は、この街で生きていた。


「レインさん、この街を救いたいですよね」


 千夏の質問は、レインにとって言うまでもなく……当然の事だった。その後、差し出された千夏の小さな手……握手を求めるその手を不思議に思いながらもレインは握る。


「? ああ、当然さ。この街には、大事な人もいる」


 千夏は、握る力を強くした。自分のものより大きなレインの手は暖かく、生気に溢れている。千夏の方からその手を離して、レインの体温が残る手の平を見つめる。


「はい、よく……分かりました。そして、覚悟はもう、決めてるんです」


 グッと拳を作り、強い瞳で言った千夏にレインは首を傾げた。目が合って、千夏はまた口を開く。


「戦う、覚悟です。僕には、ずっとそれが足りなかった。きっと、二番目も俺が行っていれば、もしくは俺と黒崎で行けばセリーズスさんは死なずにすんでいた」


 後になるほど千夏の語気は強くなっていく。

 二番目の『還迷』。入った者の、関わってきた死が襲いくる迷宮。千夏や黒崎なら……平和な日本で育ってきた二人なら、あるいは無傷で出られただろう。


「最初から、この『四転命環』は僕達が攻略する為にあったんじゃないかって思うんです」


 その千夏の言葉は、レインからすれば意味がわからなかった。


「でも、俺が弱いから……結果的に、犠牲が増えた」

「何を、言っているんだ、君のせいなんかじゃない……むしろ僕達大人の責任だろう」


 レインの言葉が、普通に考えて正しい。『外』から来た千夏や黒崎に責任を求める方がおかしい。レインは思った、千夏は正義感が強い……良い子なのだろう。だから、必要以上に背負い込んでいる。


「いえ、黒崎でもない、僕だけがそれを知り得たんです。僕だけが、いや……僕のせいで、未だにこの街は囚われている」

「シキちゃん、君は、何を言っているんだ」


 突然、千夏はレインの胸に手を置いた。ちょうど心臓の上だ。硬い胸板の向こうに、微かにドクン、ドクンと命の脈動を感じる。


「覚悟は、決めた。俺が、この街を……貴方の為に、救う」


 千夏はそう言いながら冷や汗を流し、顔を白くさせ、唇を真っ青にして呼吸を荒くする。胸を触ってくるやいなや、いきなり様子がおかしくなった千夏に、レインは心配そうな顔を浮かべて肩に手を置こうとする。


叛逆剣リベリオン


 だがその瞬間、千夏の手から光が溢れた。

 レインは、状況を全く理解できなかった。困惑して頭は完全に真っ白になっている。


『雷弾』


 なのにレインの口は勝手に呪文を紡ぎ、生まれた雷は自らに当たって自身の身体を吹き飛ばす。その直後に『叛逆剣リベリオン』の発動波がレインの身体を叩いた。



 *



「手帳には、僕があの迷宮で出会った四人の他に生き残りはいないと書いてあった。掠れた文字で、とてもじゃないけど読めない文字で何人もの名前が書いてあって、謝罪の言葉が共にあった……理由は、それだけです。今となっては、その手帳すら失われた」


 光の大剣を握り、深く息を吐いてそれを構えた千夏が「けれど」と繋ぐ。


「初めて会った時……レインさん、貴方はあまりにも綺麗だった。まるで、『迷天』の『死者』が再生した時の様に」


 離れた位置にレインは膝をついていた。『叛逆剣リベリオン』を至近距離で発動されたレインは、しかし自らの呪文で後退することにより致命の一撃を避けていた。

 自傷による傷が、みるみると修復されていく。レインはそんな自分に驚きつつも……全てを悟り、自嘲気味に笑った。


「なるほど、僕は、いや僕が最初の『死者』であり、『四転命環』最後の敵というわけだ。しかもどうやらもう、自分の意志では動けないらしい」


 そう言って、レインは、彼の身体は立ち上がり低く構えた。千夏は剣を下段に構え、片足を後ろへ下げる。


「迷惑を、かけるよシキちゃん」

『雷弾』


 レインは悲しそうな顔でそう言って、すぐに顔と合わない声色で呪文を放つ。剣を盾の様に構えて雷弾を防ぐとすぐ腕に決して弱くない衝撃が走る。後退り、すぐにまた剣を構えた。


「僕を、殺してくれ」


 彼の瞳は懇願する、しかしその身体は千夏の命を奪う為に戦闘態勢を取っていた。殺気……ともいうべき悪寒が千夏の背を撫でて、自然と目尻の端に涙が浮かんだ。やはり、小さなこの体は泣き虫になっている。

 だが、それを拭い取り千夏は強い決意を胸に抱く。眼差しはその覚悟をレインに見せ、彼は微かに笑みを浮かべた。


「はい。俺は……貴方を殺します」


 千夏の顔にはもう恐れも躊躇いもない。



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