八頁
「どうして貴方がここにいるのでしょう?」
「それはこちらのセリフだな」
レヴィアの言葉は事務的だ。表情は動かず、声に抑揚は無い。ただ、小首を傾げる仕草だけが人間的で、だからこそ、人間らしくない。
「十年前、私と団長は、王女殿下の視察の護衛任務についておりました」
「そうだったな」
レヴィアは会話をする気があまり無いらしい。自分の言うべきことを語る。
それに慣れているクロは、特に何を思うでもなく、相槌を打った。
「ですから、私たちは王女殿下を保護しております。貴方も、協力してください、サースロウス卿」
「それは、〔暁の騎士団〕のことか?」
「はい、その通りです」
やはり、レヴィアは無表情だった。
「断る」
「何故でしょうか?」
「あんたは、末端が犯罪行為をしていることを知っているか?」
「なるほど、相変わらずの理想家ということですか。はい、把握しております。しかし、国家にせよ、組織にせよ、光があれば、影があるものです」
なるほど、とは言うが、相変わらず、とも言うのだから、レヴィアにとってクロの返答は予測できていたことだろう。それを示すように、やはり、無表情。まるで、感情が凍りついているかのように、平坦だった。
「突破します。【激流剣】」
レヴィアが右手に構えたのは、刀身の無い剣、すなわち、柄である。そして、彼女が魔法を唱えれば、その柄に水で象られた刃が顕現する。
それは一見して、ただの水に見えるかもしれない。だが、それは間違いである。水の刀身は、激流を閉じ込めた代物であり、刃を交わせば、鉄の刀身を削り斬り飛ばす程の威力を備えている。さらに
「っ危ね!?」
レヴィアがその場を動くことなく、縦に剣を振るった。そして、クロが直前までいた場所を破壊した。
水で象った刀身の形状は自由自在。振りに合わせて刀身を伸ばすのは序の口、鞭のような撓りを生むこともできる。
先に述べた通り、クロの剣は鉄を超える強度を誇り、異常な重量を備えている。そのため、レヴィアの【激流剣】を迎え撃つことは容易であり、しかし、水の刀身であるが故にそれだけでは意味が無かった。
だからこそ、レヴィアは【激流剣】を選択した。
また、レヴィアがクロを脳天から断つように、剣を振る。
防ぐことはできない。受け止めれば、鞭のような撓りでクロを撃つことも、そのまま、クロの剣を通過して、再び、水の刀身を伸ばすことでクロの身体を貫くこともできるからだ。クロは避ける他にない。
「大人しくする気はねぇ、みたいだな」
「祖国のためです」
「それを言い訳にすることは赦されねぇ!」
レヴィアの猛攻を、クロは掻い潜る。徐々に、クロとレヴィアの間合いが縮まる。
レヴィアには致命的な隙があった。薙ぎ払いの動作を取り入れることができなかったのだ。
クロの魔法、【重圧】を警戒してのことである。
重力を増幅して、凡ゆるモノを地に平伏させるその魔法は、縦の攻撃であれば、威力を増幅するだけだが、横の攻撃の悉くが無効化されてしまうのだ。
遂に、レヴィアがクロの間合いへと入る。
クロの構えは剣を両手で握った大上段。それは、クロが騎士時代に多用した十八番。
「【重撃】」
「【凍てつく刃】」
クロの魔法がただでさえ重い剣撃をさらに重くする。
レヴィアが咄嗟に選んだのは、水の刀身を鉄よりも硬く凍てつかせての防御。
果たして、結果は
「うっ……」
氷の刀身は砕かれ、レヴィアの左肩が骨折する。
「流石は、『黒玉』。最強の騎士です。腕は衰えていないようです」
「今はしがないD級冒険者だ」
決着はついた。その判断の元、クロが拘束魔法を行使しようとした時、隙をつかれた。
「甘い」
レヴィアの左腕がクロの腹に撃ち込まれる。
「ぐっ!?」
レヴィアの左肩は何事もなかったかのように、再生していた。
「また会いましょう、サースロウス卿」
そう言い残して、レヴィアが、嘔吐くクロの横をすり抜けて行く。
「待っ……!」
予測し得なかった奇襲に、クロのダメージは深くはないがキツかった。
言葉も中途半端にしか出てこない。
「【黒道】」
瞬間移動を強行する。しかし
「【氷床】【氷柱乱舞】」
「おわっ!?」
床が凍てつき足を滑らせ、クロは体勢を崩す。そこへ容赦の無い氷柱の矢衾が襲い来る。
「ちっ!」
クロは不恰好ながらもどうにか対応する。擦り傷ができたものの、行動に支障は無い。だが
「いねぇ」
見れば、【氷床】が道のように続いている。おそらく、氷上を滑走して速度を上げたのだ。
背後から複数の足音。どうやらレオパルトらが来たようだ。
「クロ!レヴィアは?」
「逃しちまった」
「そうか……いや、お前が無事で良かったよ。しかし、参ったな。証拠品は全て凍らせて砕かれていた。残っていた者もどうやら下っ端のようだった」
どうやら、どこからか情報が漏れていたらしい。〔暁の騎士団〕の拠点はもぬけの殻だった。
「仕方ない。一旦、戻ろう」
レオパルトのその言葉に応じて、冒険者たちは来た道を戻っていった。
……
「ふむ、レヴィアの魔力が遠ざかったわね?でも、ハルトくんとレオパルトくんはいるみたいだし、そちらに会えば、良いわよね?」
商業都市に程近い森の中。
年齢不詳の美女が独り言ちる。
腰まで伸びた艶やかなストレートヘアとどこか蠱惑的なタレ目の瞳の色は、樹属性を示す豊かな深い濃緑色。
左の目元には、チャームポイントの泣き黒子。
長身で豊満な肉体を浮かび上がらせるが、露出の無い淡い青のドレスに身を包み、その上に明るい茶系のケープを羽織っている。
右手に握るのは未だ生きた木の如き長杖。そして、頭に被るのは、鍔付きのとんがり帽子とくれば、誰もが魔女を連想するだろう。
「さてと、まずは街に辿り着かなくちゃ」
クロたちの元へ、新たな再会が齎されようとしていた。
その再会の名は、エロイース・ラストアーン。
《七つの宝玉》が一人、『翠玉』。
謎多き女である。




