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その後、クロたちは何事も無く、マチャルアに到着した。
商業都市マチャルアは、強国であるランスロ王国の東部やや中央寄りに存在している。東部所領はマチャルアを通じて、中央にある王都に繋がっているため、ランスロ王国の東部経済の中心地として、マチャルアは発展してきた。
道には石畳が敷き詰められ、大通りは馬車四台分の幅と歩道があった。流行に敏感な商売人たちの街らしく、どこか先進的な街並みであることが、それだけで察せられる。
街のどこにいても聞こえるのではないかというほどに、客引きや値切りの声が熱を帯びて響き渡っていた。
東部所領の領主貴族たちも通うために、どこか気品ある様子を見せながらも、商人たちの雑多な活気に満ち溢れた矛盾が不思議と同居して感じられた。
シュパイカー商家の拠点は、そんな街の中央やや西方寄りに存在した。西方は王都に近い、ただそれだけの理由で土地の値段が高騰し、また、そのために上流階級の多くが居を構えている。若しくは、彼らが求める故に、高騰しているのかもしれない。なお、西門周辺は、一般人も利用するので、そこまで洗練された様子はない。
とにかく、シュパイカー商家の拠点がそのような区画にある時点で、クロが助けたキネア・シュパイカーは準貴族のご令嬢と言って差し支えなかろう。
「ただいまー!」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
元気良く帰還を告げるキネアを迎えたのは、愛想の良い老紳士であった。燕尾服にモノクルを掛けている姿は、どこぞの執事のようではあるが、彼はあくまで庶民出身でシュパイカー商家に雇用されている従業員である。
そもそもどうやって、キネアの帰還を知ったのだろうか。彼は、玄関先で静かに待っていたのだ。
「アルネさん、ご苦労様です」
「いえいえ、勿体無いお言葉でございます。それでは、馬車の方は私にお任せいただき、お嬢様は旦那様たちへお早めに帰還の挨拶をするようお願いいたします」
アルネの言葉に従って、馬車を降りるキネア。それを荷台の空きスペースに座って見ていたクロたちも降りてきた。
「お嬢様、この方々は?」
「クロさんとレオパルトさんです。道中の護衛をしてくれていました」
「なるほど。……どうして店の方まで連れて来たのでしょうか?」
「え、えっと……それは……」
「お嬢様?」
基本的に護衛依頼というのは、目的地に到着した時点で終了である。つまり、今回の場合はマチャルアの門を潜った時点で護衛は終了、そこで解散となる。通常、護衛者が依頼者の家まで来たりはしない。
その点を目敏く気づいたアルネの追求に、キネアは先程までの明るさは鳴りを潜めて口籠る。終いには、静かな圧を放ち始めたアルネに、キネアは涙目になっていた。
そこでアルネは矛先をクロたちへと変えた。
「お嬢様の護衛、誠にありがとうございました。それで、何故こちらまでいらっしゃったのでしょうか?」
「それは、嬢ちゃんが正式に俺たちを雇ったわけじゃないからさ」
「ほう、もっと詳しくお願いいたします」
「わぁ!やめてください!自分で言いますからぁ!」
特に口止めされていないクロは、アルネの質問に正直に答えようとする。それを見て、キネアが慌てて止めに入った。なお、口止めされていても、クロはキネアを叱ってもらうため暴露したことだろう。
沈黙しても無駄であることを悟ったキネアが観念して、事の経緯を説明した。もちろん、事実確認にクロの言葉を挟みつつ。
「……と言うわけなんですぅ」
「はぁ……お嬢様、ご無事なようで何よりです。それはともかく、旦那様にお伝えして、お叱りの言葉をいただくように。クロ様、誠にありがとうございました」
事情を聴き終えたアルネは、キネアの無事を喜び、そして、クロに深々と頭を下げた。
「あぁ、どういたしまして」
「それでは、お嬢様。そろそろ旦那様の元へお向かいください。既に連絡は入っていますでしょうから、首を長くして待っておいででしょう。クロ様とレオパルト様もご一緒に」
「わかりました!クロさん、レオパルトさん行きましょう!」
取り敢えず、アルネからのお小言を回避して、意気揚々と店舗兼家屋の玄関を潜るキネア。この様子だと、彼女の両親は娘に甘いのかもしれない。キネアの頭の中では、今回の仕入れの成功を褒め称える両親が想像されているのだろう。
クロはアルネと顔を見合わせて苦笑しつつ、レオパルトと共に、キネアの後に続いた。
店内には、煌びやかなスーツやドレスが数点ほど陳列されている。どうやら上流階級向けの服飾店であるらしい。完成品は少なく、オーダーメイドのための布地の方が多い。
「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」
店内で働いていた従業員たちが雇い主の血縁の帰還に、笑みを浮かべ挨拶する。
「ただいま、みんな!」
元気良くそれに応えるキネアを見る目は暖かく、どうやら職場環境は良好であるらしい。
キネアは関係者以外立ち入り禁止の掲示がされた階段を上がってゆく。
そして、二階の最奥の部屋の扉をノックした。
「入れ」
嗄れた渋い声が入室を促し、それを受けてキネアが扉を開いた。




