三十八頁
お久しぶりです。ちょっと、休んでました。
澄み切った金属音が響く。
それは、清浄を感じさせ、どこか魔除けの音色に聞こえた。
その音を拾った全てのモノが、無心を得るような一音。
「!?……くは!」
その音を奏でた片割れは、自身の発したそれに惚け、嗤った。
もう一方の片割れは、なんの感慨もなさそうに、薄く笑っている。
「「疾!」」
寸分違わず同じ軌道を描き、同じ音を奏でた。
それはあたかも、剣のカタチをした楽器を演奏しているだけであるかのような楽しげな一撃の応酬。
だが、それは、紛うことなき死合。殺し合いなのである。
「「疾!」」
またも、寸分違わず同じ軌道。ただ、結果だけが異なる。
無音。まるで触れ合わなかったかのように、無音。
なれど、互いの剣は触れており、火花を散らしながら、片割れの剣が、もう一方の刀身を滑り落ちた。
「は……?」
これに惚けたのは、またも『剣鬼』の方であった。
「どうされたか?」
『剣聖』が静かに問う。
「……はは、くはははは!!まさかこれほどとは、なるほど、なるほど。儂とは真逆の柔の剣だ。そして、儂と同じ、剛の剣だ」
柔よく剛を制し、剛よく柔を断つ。
それは、剣の道を志したモノならば、どこかで気づく理屈だ。
なんのことはない当たり前のこと。
柔剛共に修めるのが、最も強い。
柔には剛で、剛には柔であたるべし。
されど、それは理想論。双方同時に修めるは、至難の道。一つのみを極めることが効率的であり、人の寿命が短いことを思えば、それこそが最適解。
理想と最善は、異なるのである。
効率的に一つを極めたモノが、双方を極めんとした半端者を破るは、必定。
そのはずである。
なれど、グラナダは、その無情を覆すそれだけの才があった。
剛に寄るには足りず、柔に寄るには余る体格。
故に、自然と柔には剛で、剛には柔であたり、天賦の才は開花した。
故にこそ、『剣聖』の異名を得た。
と、アッシュは思う。
「ふむ。だから、何だ?剣の技などおまけにすぎん。このような鉄の塊、急所に振るだけで人は殺せよう。なぁ、『剣鬼』」
「ぬぅ、それだけの技をもって、おまけというか。では、何をして『剣聖』を自負するか?」
なれど、『剣聖』自身が、『剣鬼』の思考を否定する。
「これだ」
その声は、『剣鬼』の眼前で聞こえた。
「ぬお!?」
それに気づかなかったアッシュが、驚き飛び退る。
「ほれ、どうした」
「っ!?」
今度は、背後。
間合いを取る。
今度は、右隣。
間合いを取る。
今度は、左隣。
間合いを取る。
また、眼前。
「わかるな」
「歩法……」
「然り」
歩法。それは、剣のみならず、武闘の基礎。
間合いの取り方であり、威力の乗せ方であり、躱し方である。
『剣聖』が見せたのは、間合いの取り方。
その技の名を、【縮地】と呼ぶ。
大地を操作することで予備動作無しに動く地属性の魔法であり、相手の意識の空白に滑り込む武術である。
「しかしな、『剣聖』。オマエはそれを、何故、俺に見せた?」
「……」
グラナダは答えず、否、行動で示した。
澄み切った金属音が響く。
「俺が対応できるから、か」
グラナダは、確かにアッシュの意識の空白を突き、故に、アッシュは、グラナダを捉えてはいない。
なれど、殺気は理解る。
己がよく発するモノだ。己が何度も受けたモノだ。
本能の警鐘に、理性では間に合うまい。
されど、無意識にて身体は動く。何千、何万と繰り返したやり取りだ。
才で及ばぬなら、努で応じるしかあるまい。
それができる。故にこそ、『剣鬼』などという物騒な異名を取ったのだ。
「くは!」
嗤う。
「……」
薄く笑う。
「「疾!」」
音色が響く。火花が弾ける。殺意が燃ゆる。
何度も何度もぶつかり合う。
一振りが必殺であり、一振りが次に転ずる布石となる。
油断はない。警戒がある。
苦慮はない。愉悦がある。
楽観はない。悲観もない。
ただ、勝つ。それだけを観る。
その撃ち合いが、百を数えたところか、はたまた、千を数えたところか。
決着する。
代わり映えの無い必殺の一振り。
相手の剣を断つ。
「見事」
グラナダの称賛。
「こふっ……」
吐血するは、アッシュ。
剣を断たれたも、アッシュ。
されど、刃折れの剣は、グラナダのトドメを逸らした。
負けたのは、アッシュ・ウォーガレイド。
されど、斬られたのは、利き腕のみ。
「次は、防御も研ぐことだな」
敗因は、『剣聖』の助言の通りに、アッシュの剣が攻性の剣一辺倒であったから。
「はてさて、次があるものか。オマエに断首されずとも、この身は既に老骨よ。利き腕も失ったのでは、到底、間に合わぬ」
先程、吐血したはそのためか。
グラナダは、胴に撃ち込まぬまま吐血したことを訝しんでいたが、それを悟る。
「斬れ」
「……『剣鬼』アッシュ・ウォーガレイド。その名を心に刻もう。願わくば、信心足らず、来世に再びまみえることを」
「ふん、剣狂いめ」
それが最期の言葉となった。
……
「負けたな。まぁ、わかっていたことだ」
美貌の公爵が、嗤う。
「遊び仕舞いだ。派手にいこう」
浮き上がる。
「【厄災呪祭】」
その魔法は、瘴気をばら撒いた。
魔物図鑑の改訂版を書きました。元のよりかは、より洗練?されたのでは無いでしょうか。
まぁ、設定集のようなモノなので、別に、人気が出る必要はないのですが、ちょっと覗いてみてください。
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