三十四頁
無造作に振るった剣撃が、一人また一人と命を斬り捨てる。
愉しげに嗤い、返り血を浴びたその様は正に鬼。
初老の剣士が、国王軍の内を斬り進む。
「あぁ、ようやくようやくだ。ようやく、死合ができようぞ」
「何だ?!コイツは!」「囲め!囲んで、相手にしろ!」「ぐぁあ!?」
国王軍は必死の形相で、その鬼に挑みかかる。されど、その猛勇は意味を為さず、呆気なく鬼が斬り捨てる。
心ここに在らずの様子なれど、その鬼が放つ剣撃は、鮮やかに骨肉を斬り離す。
「何処だ、何処にいる。『剣聖』は何処にいる」
「『剣聖』だと!?」「グラナダ様を探している?」「コイツ『剣鬼』じゃないか?」「何!?あの剣狂いだと!」
鬼の呟きが、その正体を知らしめる。
S級冒険者『剣鬼』アッシュ・ウォーガレイド。
剣の極みに至らんと活動する一人の男。
破った道場、数知れず。
嘘か真か、剣一本で竜を討つ。
女も富も名声も投げ捨てて、邁進するは剣の道。
「ふふ、疾く疾くヤりたいなぁ」
嗤う。そして、斬る。
正体が知れようと、その剣の前には為す術無し。
「うん?」
鬼が視界に何かを捉える。
頂きとの死合を夢想する鬼の、興味を唆る。
「ほう、面白い」
嗤いが深まる。
地を砕かんばかりに踏み込んだ。
「はっ?」「えっ?」「ぐっ!?」
立ち塞がっていた国王軍が、一間に斬り捨てられる。
それを為した鬼は、紅に斬り掛かる。
紅は僅かに目を見開いて、優雅に剣を合わせる。
紅の剣身を滑り落ち、鬼の剣が空を斬る。
「ガァアア!」
側にあった獣が猛る。獲物を奪るな、と。
「良いではないか。オマエさんはあちらと戯れておれ」
獣の一撃を避け、鬼は獣の背後に立つ。そのような言葉を述べながら、蹴りを入れてやる。
たたらを踏んだ獣の先に、白い騎士が大剣を構えていた。
「ガァアアアア!!!」
それへの憎悪が湧き上がる。鬼を忘れて、獣はそれに突き進んだ。
「さて、儂はアッシュ・ウォーガレイドだ。オマエの名前は何だ?」
「名乗られたならば、名乗り返すが礼儀でしょうね。私は、シュバリア王国の武家が一つ、レッドレイジ家が長女にして、王国の象徴《七つの宝玉》が末席、『紅玉』アスカ・レッドレイジにでございます。以後お見知り置きを」
紅が、優雅に上品に、カーテシーで礼を執る。
「師はあるか」
「先代『紅玉』モルド・レッドレイジ」
鬼の問いに、紅が間髪入れず答える。
「故人だったか、残念だ。まぁ、良い。儂は、オマエに決闘を申し込む」
「受けましょう」
言葉は終わり。
両者、剣を構える。
互い同時に、踏み込んだ。
そして、ぶつかる。
アッシュが振るうは、剛の剣。
アスカが振るうは、柔の剣。
なれど、どちらも同じ攻めの剣。
互い守りは無い。攻性の剣撃同士がぶつかり合う。
そこに魅せられるは、荒々しくも美しき剣舞が如く。
互いの剣は高みに届き、故に無駄が無く、故に調和する。
アスカの【火愚楽】が、互いの顔を蒼く浮き上がらせる。
それは酷く幻想的な薄氷舞台で踊る舞踏会。
……
「ガァアアアア!!!」
治療を完了させたラインハルト目掛けて、『白騎士』が突貫する。
「でぇあ!」
その爪撃に合わせ、ラインハルトは大剣を振るう。
「ぐっ!?」「グゥ!?」
ラインハルトは魔物の膂力に呻き、『白騎士』は【光熱剣】の熱気に呻く。
「レオ……なのか?」
大剣と爪で鍔迫り合いながら、ラインハルトがぽつりと呟く。
「!?」
弾かれるように、『白騎士』が背後に跳ぶ。
その表情は、驚愕と憎悪と僅かばかりの怯えがあった。
レオ。レオニダス・プラウドルチェ。
ラインハルトの息子の名だ。
ラインハルトの妻子は、八年前に殺されたはずだった。
ラインハルトが護る王女引き渡しの人質として捕らえられ、国を優先したラインハルトが見捨てた。
しかし、今ここに息子に似た瞳と動きをした魔人がいる。
ラインハルトは知る由もないが、それはオリジン教統一派の作為によるものであり、ここにいるのは紛れも無く、レオニダスが魔化した人狼だった。
「すまない……すまなかった!!」
それを確信したラインハルトのとった行動は、謝罪。
それに対するレオニダスの反応は、怒り、だった。
「アオオォォォォォォォオオオオオオオオン!!!」
今更、謝るな!
信念を貫け!
そんな姿は見たくなかった!
騎士として、父として、ラインハルトに理想を見たレオニダスからすれば、それはラインハルトへの侮辱だった。
理性が飛ぶ。あったはずの残滓さえも魔に呑まれた。
「ガァアア!!!!」
憎悪一色に染まったその瞳が、ラインハルトにもそれを悟らせる。
「クソ親父、か」
もう一人の義息に言われたそれを、ラインハルトは自嘲気味に呟いた。
あぁ、その通りだ。
私は、父親失格だ。
だからこそ、貫くと決めたはず。
ここに未練を断ち斬ろう。
「来い!」
【光熱剣】にさらなる魔力を注ぐ。
熱き輝きが高まり、視界を歪める。
「ッ!!」
レオニダスが踏み込む。
交差は一瞬。
ラインハルトの頬に赤い線が四本。
レオニダスの首が落ちた。
「相変わらず、戦いは苦手、か」




