三十三頁
男がいた。裕福な武家の血筋に生まれ、優しさに溢れた両親の愛を注がれて、何不自由無く健やかに育った男だ。
他と違う点と言えば、武家らしく騎士となるべく鍛錬を課されたこと。家族に向ける親愛よりも、主家に向ける敬愛と忠愛を優先するように、教育されたことだ。
ある時、彼の父が孤児を拾う。
父は、才を見出したのだと言ったが、それはただの言い訳だ。ただ情が湧いただけだと言うのは、家族全員が分かっていた。
されど、その孤児の存在が、彼の在り様に罅を入れる。僅かな僅かな罅。日常を送れたならば、決して、影響はなかっただろう想い。
孤児であるが故に、義務は無く、ただただ、愛情を注がれる義弟を見て、僅かな嫉妬心を燃やしたのは、確かだった。
そして、義弟の才は本物だった。
いつの間にか、男の実力を凌駕して、父の隣にいたのは義弟だった。
男を弁護するならば、彼の才はそもそも文官の才だったのだ。それで、騎士となるだけの実力を得ていたのは、誇れることだ。そして、男もまた、自身の才に気づいて、文官の道を進んでいた。
それでも、親の期待を裏切ることは、子の心にしこりを残す。
父に見る理想があった。だからこそ、男は嫉妬の炎に焼き尽くされず、それどころか、義弟を愛し、気に掛けた。
燻るモノは、仕事にぶつけた。
このまま、穏やかに、安寧と過ごせていたならば、男はただ平凡な幸福の元に天寿を真っ当できただろう。
だが、運命は男に味方しなかった。
男の祖国で叛逆が巻き起こる。
それは用意周到に、狡賢く、執念深く、烏や蛇の如き手腕で為された。
国は斃され、男もまた、その狂気に呑まれた。
……
「グォオオ!!」
『白騎士』が猛りのままに腕を振る。
「ぐっ!?」
ラインハルトがその腕を大剣で受け止める。最凶の魔物の膂力は強く、『最高の騎士』に声を上げさせる。
だが、【光熱剣】に覆われた大剣にいつまでも接触していられるわけもなく、押し込めないまま、『白騎士』が後ろに跳ぶ。
「【穿光】!!」
すかさず、ラインハルトの鋒から、高熱を帯びた光線が放たれる。
『白騎士』は咄嗟に横に跳ぶ。そして、そのまま、ラインハルト目掛けて突進する。
「っ!?」
ラインハルトの目が見開かれる。それは明らかに驚愕のそれ。
そして、その隙は致命的だった。
「しまっ……!?」
『白騎士』の突進への対応が遅れる身体を捻り、どうにか直撃を免れる。なれど、大剣を挟めず、生身で受けたことに変わりはない。
人外の膂力に吹き飛ばされながら、ラインハルトは肋骨の何本かが逝ったのを感じた。
「ガァアア!!」
休む間も無く、『白騎士』がさらなる追撃に迫る。
「【絡みつく茨】!」
艶やかな女声が高らかに告げれば、強靭な茨たちがどこからともなく生え茂り、『白騎士』を拘束した。
「エロイースか、助かった」
「ご無事で、団長」
緑髪の魔女が、ラインハルトの隣に寄り添う。回復の魔法を掛けようとするも、ラインハルトがそれを留める。
「いや、そんな余裕は……」
「大丈夫よ。ここに来たのは、私だけではないわ」
エロイースが告げた時、ちょうど、『白騎士』が拘束を抜け出した。
「【爆炎球】!!」
そこへ炎の塊が放たれる。燃焼と共に、爆発の概念を込められたそれは、『白騎士』に着弾すると同時に爆裂した。
そして、『白騎士』をその場から大きく引き離す。
「団長!ここは任せてくれ!」
元気の良い、戦場には似つかわしくない闊達な声。それを放ったのは、《七つの宝玉》に新たに加わった炎熱の姫君。
『紅玉』アスカ・レッドレイジ。
「ほら、治療の時間くらいはあるから。向き合う時間は多い方が良いでしょう?」
「……そう、だな」
その言葉と状況に、ラインハルトは治療を受けることに決める。
そして、先ほどの驚愕を改めて、確かめる。
『白騎士』の動きの癖に覚えがあった。
……
「【火愚楽】!」
アスカが何らかの魔法を唱える。
彼女の言の葉に魔力が注がれ、事象は顕現する。
それはあたかも鬼火が如く、蒼き焔の球体が四つ、彼女の周囲を旋回した。
「グルル……」
『白騎士』が唸り、姿勢を低くする。
蒼き焔は高温の証。攻防一体のその魔法を、警戒している。
「来ないなら、こちらから行かせてもらうぞ!」
その言葉と共に、アスカは地を蹴った。
軽やかなその疾駆はすぐさまにその身を『白騎士』の元へと運ぶ。
そして、右手に握る剣を振る。
されど、愚直なその剣は、あっさりと避けられて、左手に握るもう一本が『白騎士』の白毛を斬り払う。
「グル……」
苛立たしげに、『白騎士』が短く唸る。
「届かないか」
『白騎士』の横を駆け抜けて、距離を取ったアスカは体勢を立て直しながら、独り言ちる。
その両手には、二振りの剣が握られる。
それは彼女が、敬愛するモルド伯父様から学んだ遊び心を取り入れた姿。
貴族の令嬢らしく舞い踊るための舞台衣装だ。
「ふぅ……さぁ、行きますわよ?」
息を吐いて意識を切り替える。先程までの闊達さはどこへやら、そこにあるのは気品溢れる姫君の姿だった。




