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亡国の騎士道  作者: 龍崎 明
第二部
36/46

三十三頁

 男がいた。裕福な武家の血筋に生まれ、優しさに溢れた両親の愛を注がれて、何不自由無く健やかに育った男だ。


 他と違う点と言えば、武家らしく騎士となるべく鍛錬を課されたこと。家族に向ける親愛よりも、主家に向ける敬愛と忠愛を優先するように、教育されたことだ。


 ある時、彼の父が孤児を拾う。


 父は、才を見出したのだと言ったが、それはただの言い訳だ。ただ情が湧いただけだと言うのは、家族全員が分かっていた。


 されど、その孤児の存在が、彼の在り様に罅を入れる。僅かな僅かな罅。日常を送れたならば、決して、影響はなかっただろう想い。


 孤児であるが故に、義務は無く、ただただ、愛情を注がれる義弟を見て、僅かな嫉妬心を燃やしたのは、確かだった。


 そして、義弟の才は本物だった。


 いつの間にか、男の実力を凌駕して、父の隣にいたのは義弟だった。


 男を弁護するならば、彼の才はそもそも文官の才だったのだ。それで、騎士となるだけの実力を得ていたのは、誇れることだ。そして、男もまた、自身の才に気づいて、文官の道を進んでいた。


 それでも、親の期待を裏切ることは、子の心にしこりを残す。


 父に見る理想があった。だからこそ、男は嫉妬の炎に焼き尽くされず、それどころか、義弟を愛し、気に掛けた。


 燻るモノは、仕事にぶつけた。


 このまま、穏やかに、安寧と過ごせていたならば、男はただ平凡な幸福の元に天寿を真っ当できただろう。


 だが、運命は男に味方しなかった。


 男の祖国で叛逆が巻き起こる。


 それは用意周到に、狡賢く、執念深く、烏や蛇の如き手腕で為された。

 国は斃され、男もまた、その狂気に呑まれた。


 ……


「グォオオ!!」


 『白騎士』が猛りのままに腕を振る。


「ぐっ!?」


 ラインハルトがその腕を大剣で受け止める。最凶(S級)の魔物の膂力は強く、『最高の騎士』に声を上げさせる。


 だが、【光熱剣】に覆われた大剣にいつまでも接触していられるわけもなく、押し込めないまま、『白騎士』が後ろに跳ぶ。


「【穿光(レイザー)】!!」


 すかさず、ラインハルトの鋒から、高熱を帯びた光線が放たれる。


 『白騎士』は咄嗟に横に跳ぶ。そして、そのまま、ラインハルト目掛けて突進する。


「っ!?」


 ラインハルトの目が見開かれる。それは明らかに驚愕のそれ。


 そして、その隙は致命的だった。


「しまっ……!?」


 『白騎士』の突進への対応が遅れる身体を捻り、どうにか直撃を免れる。なれど、大剣を挟めず、生身で受けたことに変わりはない。


 人外の膂力に吹き飛ばされながら、ラインハルトは肋骨の何本かが逝ったのを感じた。


「ガァアア!!」


 休む間も無く、『白騎士』がさらなる追撃に迫る。


「【絡みつく茨(ソーン・バインド)】!」


 艶やかな女声が高らかに告げれば、強靭な茨たちがどこからともなく生え茂り、『白騎士』を拘束した。


「エロイースか、助かった」

「ご無事で、団長」


 緑髪の魔女が、ラインハルトの隣に寄り添う。回復の魔法を掛けようとするも、ラインハルトがそれを留める。


「いや、そんな余裕は……」

「大丈夫よ。ここに来たのは、私だけではないわ」


 エロイースが告げた時、ちょうど、『白騎士』が拘束を抜け出した。


「【爆炎球】!!」


 そこへ炎の塊が放たれる。燃焼と共に、爆発の概念を込められたそれは、『白騎士』に着弾すると同時に爆裂した。

 そして、『白騎士』をその場から大きく引き離す。


「団長!ここは任せてくれ!」


 元気の良い、戦場には似つかわしくない闊達な声。それを放ったのは、《七つの宝玉》に新たに加わった炎熱の姫君。


 『紅玉(ガーネット)』アスカ・レッドレイジ。


「ほら、治療の時間くらいはあるから。向き合う時間は多い方が良いでしょう?」

「……そう、だな」


 その言葉と状況に、ラインハルトは治療を受けることに決める。


 そして、先ほどの驚愕を改めて、確かめる。


 『白騎士』の動きの癖に覚えがあった。


 ……


「【火愚楽】!」


 アスカが何らかの魔法を唱える。


 彼女の言の葉に魔力が注がれ、事象は顕現する。


 それはあたかも鬼火(ウィスプ)が如く、蒼き焔の球体が四つ、彼女の周囲を旋回した。


「グルル……」


 『白騎士』が唸り、姿勢を低くする。


 蒼き焔は高温の証。攻防一体のその魔法を、警戒している。


「来ないなら、こちらから行かせてもらうぞ!」


 その言葉と共に、アスカは地を蹴った。


 軽やかなその疾駆はすぐさまにその身を『白騎士』の元へと運ぶ。


 そして、右手に握る剣を振る。


 されど、愚直なその剣は、あっさりと避けられて、()()()()()()()()()が『白騎士』の白毛を斬り払う。


「グル……」


 苛立たしげに、『白騎士』が短く唸る。


「届かないか」


 『白騎士』の横を駆け抜けて、距離を取ったアスカは体勢を立て直しながら、独り言ちる。


 その両手には、二振りの剣が握られる。


 それは彼女が、敬愛するモルド伯父様から学んだ遊び心を取り入れた姿。


 貴族の令嬢らしく舞い踊るための舞台衣装(戦装束)だ。


「ふぅ……さぁ、行きますわよ?」


 息を吐いて意識を切り替える。先程までの闊達さはどこへやら、そこにあるのは気品溢れる姫君の姿だった。

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