三十頁
「【岩壁】!」
少女の高らかな宣言と共に、その目前に岩でできた分厚い壁が迫り上がる。
「せい!」
しかし、頑強なはずのその壁は、老爺の剣撃一つに粉砕されてしまう。
「っ!?【砂散弾】!」
その様に目を見開きながらも、少女はさらなる魔法を発動させる。岩の壁が粉砕されたことで、老爺の周囲には砂煙が舞い上がっている。それを操り、老爺の顔面に容赦無く、叩きつけた。
「ぬん!」
されど、老爺の繰り出した斬り上げによって、その砂煙は霧散してしまう。そして、老爺は剣を戻すと同時に、踏み込んだ。
「【地棘】!」
そこへ発動させた少女の魔法は、大地より極太の棘を、老爺に向かって突き出した。
「なんの」
老爺は、その棘を躱すでもなく、砕くでもなく、足場にして、少女に接近する。
「えっ!?」
その人間離れした動きに、少女の思考に空白が生まれる。そして、その隙を逃すほど老爺は甘くない。
少女の首元に、老爺の剣が添えられるのだった。
「参りました……」
「だいぶ、熟れてきましたな、キネア殿」
「そう、なのでしょうか。グラナダ様がお強いので、実感はないのですが」
この戦闘もとい鍛錬を行っていたのは、なんの因果かアナスタシア王女付きの侍女となったキネア・シュパイカーと、シュバリア王国元騎士団長であるグラナダ・ヴァニティアルメであった。
これは、王女が言い出したことであり、王女のそばに仕えるのは危険が伴うから、いざという時の護身の戦闘くらいはこなせるように、とグラナダに願ったのである。
「ははは、私も未だ実戦を経験していない貴女に負けたのでは、立つ瀬がありませんよ。なに、実戦でも今のようにできれば、D級の魔物までなら逃げおおせるくらいはできると、この老骨が保証致しましょう」
「はい、ありがとうございます。では、私は王女殿下のそばに戻らせていただきます」
グラナダの言葉をしても、実感の無いことを納得することはできないだろうが、キネアはその表情に笑みを浮かべる。一礼をしてから、王女の元に歩いていった。
「いやはや、あのお嬢さんは素質がある。あと、いくらか実戦を積めば、騎士として十分になるでしょうな。優秀な若者というのは、良いものだ」
そんな呟きを残して、グラナダも自らの仕える主の元へと向かった。
……
「ふぁ〜あ」
大欠伸をした男が一人。木陰に寝そべるこの男の名は、ガンダ・スクツオフと言う。
国王存命の報を受けて、王国貴族の対応は三つ。まずは、趨勢を決めあぐねた日和見主義で動きを見せない中立派。次に、忠誠心に富んだ、若しくは、《宝玉》の存在に勝機を見出し我先にとレッドレイジ領に集結もしくは使者を送り自領で戦備を整える王統派。そして、十年前に王都を攻めた叛徒たちによる叛逆派である。
このガンダという男。見た目には、どこにでもいる中年冒険者ではあるが、そこそこ名の知れた傭兵団の団長であった。
今回のことで、叛逆派の一貴族に雇い入れられたのである。
「ガンダ様」
「うん?」
そのガンダに声を掛けるのは、彼を雇い入れた貴族に仕える者だった。
「旦那様がお呼びで御座います」
「んん?既に仕事内容は決めたはずだが?そちらだって、礼儀のなってない俺たちの顔なんざ好んで見たくないはずだろ」
「どうやら、ジョンドゥーア公爵閣下から新たな指示を受けたようにございます」
「ふーん……」
仕事内容の変更とは、また、面倒な、と内心で思いながら、ガンダは身軽に跳ね起きる。
「まぁ、いいか。報酬分は働かねぇとな」
そして、ガンダは貴族の屋敷の元へと向かった。
……
ジョンドゥーア公爵。それが叛逆派の首魁であった。
シュバリア王国建国の時より仕える古き一族だ。領地では善政を敷き、社交界では浮名を流し、歴代の宰相を輩出してきた名門中の名門。
その忠義に疑いは無く、故にその叛逆は晴天の霹靂だった。
晴れやかな地位にありながら、何の不満があったのか。当代であるデオン・ジョンドゥーアについての噂は絶えない。
その公爵家の屋敷の庭で、剣の素振りの音が響く。
鋭いその斬撃は、この世の全てを斬り裂けてしまえそうな鬼気が宿る。洗練されていながらも、荒々しい様相を持つそれはまさに修羅の剣。
それを振るう男の名は、アッシュ・ウォーガレイド。十年前の叛逆の折にも公爵に雇われていたS級冒険者だった。
「精が出るね、アッシュ」
「ようやくようやくだ。十年前は全く満たされなかったが、今度ばかりはあの男も出るのだろう?」
「あぁ、そう聞いているよ。これで、契約違反によって、私の首が君に斬られることもないわけだ」
「ククッ、そうだな。この滾りを抱えたままにして、今ばかりは正しい選択だった。我が剣は果たして、あの男に届くかどうか。ようやくようやく、試すことができるのだ」
既に、四十を過ぎた頃であろうに未だ若々しい美貌を保つ公爵に声を掛けられながら、アッシュに畏まった様子はない。
アッシュ・ウォーガレイドは、既に初老と呼べる齢であり、その容貌も鍛えられた肉体は凄まじいが、顔の皺や白髪が年相応に目立っている。ギラギラとしたその眼光だけが異様だった。
この男は容貌通りの戦闘狂。剣の研鑽にしか興味は無く、故にこそ、此度のことに雇われることを了承した。
その有り様から、『剣鬼』の異名を得た彼の望みはただ一つ。
「『剣聖』グラナダ。かの『王国の守護神』を相手取ってくれることを期待しているよ」
「あぁ、勿論だ」
アッシュの口元に、愉しげな笑みが浮かんだ。
今回の投稿はここまで。またしばらく、期間が空きます。
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